第95話 ガルデンからの返事④
返書を見ながら、固まったように動かないイーリスの姿に、リーンハルトが不思議そうに声をかける。
「イーリス、どうした? まだ返書の内容は途中だろう?」
「え、あ、いや。その――」
困った。いくらなんでも、ここで最後の文を読み上げるわけにはいかない。
なにかの間違いではないかと思うが、目視で読み直してみても、最後に書かれている数字の意味は一緒だ。
(どうしよう、解き方が間違っていたの!?)
だが、ここまでは明らかにガルデン王との会談場所と日時を伝えてくるものだった。だとしたら、最後だけ解読方法が違うということはないはずだが――。
(だったら、どうしてこんな文を送ってきたのよ!)
相手の真意が見えなくて、額に脂汗が滲んでくる。
その様子に、目の前で見ていたリーンハルトの眉が、わずかにだけ寄せられた。
「イーリス?」
「あ、そのね。なんか最後の部分だけ解読方法が違っているような気がして――。そこだけ、読み方を考え直してみるから」
怪訝そうなリーンハルトに慌てて答えたが、焦っているのが伝わったのだろう。アイスブルーの瞳が、はっきりと鋭くなった。
「そんなはずはないだろう。君がさっき解読して、こちらの世界の言葉に直して伝えてくれた内容からすると、この数字の74741672の部分は、イイリスと読むはずだ。だとしたら、これは君に関するなにかが書かれているということになるが」
(うっ、鋭い!)
なんとか誤魔化そうと思ったのに、前半の数字と重なる部分をはっきりと指摘されてしまった。
「それは……。あの、でも、なんかおかしくて意味が通じない文章な気がして」
本音を見抜こうとするように見つめてくるアイスブルーの視線から顔を逸らす。
「なにか、怪しいな……」
そう呟くと、リーンハルトは先ほどイーリスが書きだした数字を組み合わせてできた文章で、最後の伝えていない部分を、『いろはに』の表記に当てはめながら、三文字だけずらして、横に書いてみる。
そして、グリゴアへと顔を向けた。
「このままでは、異世界の言語で読めないな。グリゴア、陽菜を読んできてくれ」
「ちょっと、待って!」
まさか、陽菜をこの場に呼ぶとは――。
思いもしなかっただけに焦るが、リーンハルトはそのイーリスの様子に、ますますジッと見つめてくる。
「なんだ? まさか俺に知らせたら、家族の命がないという内容でも書かれているのか?」
「そうではないけれど……」
だが、あんな文をリーンハルトに知られれば――。
どうしようと焦っている間に、王妃宮のすぐ外の庭園にいたらしい陽菜は、花を持ったまま侍従に連れてこられた。
「陛下、なにかお呼びですか?」
相変わらずフランクな挨拶だ。それでも昔よりは、貴族のマナーも身につけてきたし、礼の仕方も様になってきた。
そして、頭を上げ、ヴィリが室内にいるのに気がつくと、ひどく戸惑った顔をしている。
「え、あの、私がどうしてここに……」
きっとヴィリの関係で呼ばれたと思っているのだろう。帰ってきた姿を無事かどうか確かめるように見ているが、その陽菜の顔は、どんな表情を浮かべたらいいのか悩んでいるようだ。
その姿に、リーンハルトが先ほど書いた文章を見せた。
「ああ、陽菜すまない。突然ここに呼びつけて悪いが、この文章を読んで、意味をこちらの言葉に直してくれないだろうか」
「ちょっ……!」
イーリスが思わず止めようとしたが、リーンハルトは素早く隣に立つグリゴアを通じて、陽菜へと紙を渡していく。
「この文をですか?」
ヴィリのことで呼ばれたのではないとわかって、ホッとしたのだろう。視線を逃がすように紙面へと落とすと、陽菜は急に「あら」と明るい表情を浮かべた。
「陛下、向こうの世界の言葉を練習されていたんですか? 上手に書けていますよ!」
「そうか? 意味はどうだ?」
「えっと『われ いいりすひめを したいこう』見事にアイラブユーと伝えている恋文になっていますね!」
「恋文!?」
陽菜のその異世界語を変換した言葉を聞いた瞬間、室内にいる誰もが驚愕を隠しもせずにイーリスへと視線を向けた。