第94話 ガルデンからの返事③
読めるかはわからない――そう告げながら渡されたガルデン王の封蝋が押された返書を、リーンハルトは急いで開いて、中味を取り出した。
「なっ」
その瞬間、短い言葉があがる。
「リーンハルト、どうしたの!?」
まさか、なにか悪い知らせでも書かれていたのだろうか。ヴィリの挑発にガルデン王が怒って、イーリスの家族になにか危害を加えるというものだったらどうしようと、不安に駆られながら叫ぶと、リーンハルトは目の前の机にばらりとその返書を広げた。
「えっ!?」
広げられたその紙に書かれている文字に、思わず目を見開く。
「これは、いったい……」
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もたらされた返書に書かれていたのは、一面の数字だ。意味がわからなくて、ただジッと見入った。
「これが、返書なの……?」
「はい。ガルデン王は、イーリス様なら読めるかもしれないとおっしゃっていましたが」
しれっとヴィリは答えているが、こんな数字の羅列をどう受け止めればいいというのか。
「暗号で書かれているということ……?」
そう書面を見て呟けば、前にいたリーンハルトが、同じく紙に綴られた数字を眺めて考え込みながら言葉をもらす。
「パッと見た感じだと――軍で使っている暗号と、どことなく似ているな」
「軍の!?」
その言葉に急いで顔を上げた。だが、目の前でリーンハルトは渋い顔をしている。
「ああ。軍で使っているのは、数字ではなく文字だが。リエンラインの文字を表記順に縦と横に書いて、その二文字の組み合わせによって、暗号として使う別の文字を示す一覧表を作るんだ。その暗号に、変換用の鍵となる文字羅列を決めて使えば、元の字が解読できて、指令内容がわかるようになっている」
「なるほど、前世にあったヴィジュネル暗号のようなものね」
ヴィジュネル暗号は、アルファベットの文字が少しずつずらして繰り返し一覧表にされているものだ。ずらされているため、暗号とキーワードを組み合わせて読み解けば、違う文字が示されるようになっている。そのため、鍵になる言葉が長いほど本来の文章が解読されにくかった。敵に知られてはいけない指令などには向いているだろう。
だが、今回は他国への返書だ。この数字の羅列の片方が鍵で片方が暗号だとしても、そもそもの一覧表がわからない。
それだけに、ジッと数字の羅列を見つめた。
「もしその方法なら、ひょっとして、文字の表記音順を数字で表しているのかしら……」
リーンハルトが言った方法を文字ではなく数字に置き換えて、単純にリエンラインの暗号を知っているぞという警告かとも考えてみる。試しにリエンラインの軍の暗号を、両方の数字に置き換えて何度か組み合わせてやってみたが、やはり意味が通じない。
「意味のある文章にならないわね……」
それに組み合わせてみてわかったが、書かれている数字の数が奇数だ。組み合わせではなく、別の意味があるということなのか。
「ひょっしたら、これらの数字は、こちらの表記法に従って、その分だけ文字をずらして読めということなのかもしれません。大昔ですが、決められた数の分だけ文字を表記法からずらして読み、暗号にしていた時代があったそうです」
「グリゴア」
その言葉にシーザー暗号が浮かぶ。
「たしかにそれならば、他国でも解読が可能だわ」
だが、現在のリエンラインの言葉やガルデン語の表記法に基づいて、数字の分だけ文字をずらしてみても、意味のある言葉にはならない。
リーンハルトもガルデン王からの謎かけが解けないのが悔しいみたいで、眉根を寄せている。
「ヴィリ、ほかにはなにも伝えられてはいないの?」
「さあ。私はこれと先ほどの言葉を預かっただけですので」
しれっと答えているが、だとしたら、これだけで解いてみろということなのだろう。
大量の数字の羅列。もしもこれが、組み合わせだとしたら、ひとつだけ不明な数字。そして先ほどのヴィリの「ガルデン王は、イーリス様なら読めるかもしれないとおっしゃっていましたが」という言葉――。
それらが、脳裏に甦った瞬間、ハッとイーリスはその返書を見つめた。
「まさか!」
だが、きっとそうに違いないと机の上にあった白いメモ用紙に1から7までを縦横に書いた正方形の表を作っていく。
そして、そこにかつて使っていた文字を埋め、組み合わせた数字の最初の部分を言葉に出してみた。
「つしそぬを」
そして、最後の7の数字分頭の中でずらしてみる。
をてるはほ。
「違うわ、だとしたら――」
もう一度、今度は最初の数字をとってやってみた。
「えもむたて」
再度呟いたイーリスの言葉に、周囲が首を捻っている。
「えもむたて? なんだそれは?」
「待って、リーンハルト。これをさらに最初にあった3の数字の分だけ、文字をずらしてみたら――」
今度は、先ほどの紙の横にざっと『いろはにほへと ちりぬるをわかよ』と続けながら四十八文字を記していく。そして、先ほどの文字を読み直してみた。
「さんのつき」
バッと全員の目が、そのイーリスの文字を辿っている指へと集中する。
「三の月! わかったわ、これは異世界で使われていた上杉暗号と文字をずらすシーザー暗号を組み合わせたものだったのよ!」
だから、イーリスならば読めるかもしれないとガルデン王が言っていたのだ。異世界で使われていた暗号と言語を使用したものだったから!
上杉暗号は、1から7までを縦横に書いた正方形の表を作り、1の1には『いろはに』の『い』を。1の2には『ろ』というように、順に四十八文字を入れて、その数字の組み合わせで文字を指定するものだ。
そして、その組み合わせからあまる最初か最後の数字の分だけ、本来の『いろはにほへと』の表記順から文字がずらされているということだったのだろう。最初に3と書いたのは、本来の伝えたい文字から三字分だけ前方へずらした文字が、この暗号になっているという意味だったのだ。
「なぜ、ガルデン王が異世界の言語を知っているのかはわからないけれど……」
「詳しくは残っていないが、大昔、まだリエンラインが今ほど大きくなかった頃は、戦いで聖女を奪われることもあったそうだ。それに降臨した場所がリエンライン以外の聖女もいただろうから、おそらくリエンラインが王妃に迎えるまでの記録をなんらかの方法で、ガルデンが手に入れたのだろう」
「なるほど、それなら話がわかるわね」
ひとつ頷くと、側でグリゴアが、かちゃりと片眼鏡を持ち上げながら返書を見ている。
「それで、これはなんて書いてあるのでしょうか?」
「ちょっと待ってね。えっと『さんのつき にににち』これは、三月の二十二日ということかしら?」
「おそらくそうだろう」
「だとしたら――」
急いで、数字が指定する言葉を書きだしてみた。そして、それを『いろは』にあてはめながら、三文字だけずらして読み上げていく。
『さんのつき にににち とろめんのしろにて りえんらいんおうと いいりすひめをまつ』
はっきりと出てきた会談を指定する言葉に、背筋が粟立っていく。
(やっと――ガルデン王と交渉ができる……!)
これで、長く離れていた家族に会えるかもしれない。嬉しさと武者震いにも似た感覚が、イーリスの体を襲っていく。
だが、最後の区切られた文を読もうとした時、ふと指が止まった。
(え、ちょっと待って! これって!)
まさか、わざわざ区切られた数字にこんなことが書かれていようとは――。
現れたとんでもない文章に、イーリスの体は硬直してしまった。