第85話 交渉
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「グリゴア――イーリスを、ガルデンにいる家族となんとか会わせてやることはできないだろうか?」
人気のない静かな廊下に立ち、リーンハルトはジッと目の前に立つグリゴアを見つめ続けた。
「イーリス様の……ですか?」
あまりにも突然なリーンハルトの言葉に、さすがにこの腹心の部下といえる男でも驚いたようだ。
パチパチと二、三度瞬いた紫の瞳を見つめ、リーンハルトはゆっくりと頷いた。
「ああ。トリルデン村でのことは手紙で伝えたが、マーリンが異世界へ扉を繋げさせた時、イーリスはそれを身動くことすら忘れて見つめていた」
「――それは」
「きっと……あの扉の向こうで、今も生きているかもしれない前世の家族のことを思い出していたからだと思う……」
静かに目を伏せ話す。
思い返せば、イーリスは、陽菜を向こうの世界に帰してやるのだと、ずっと頑張っていた。それは、きっと無理やり故郷から違う世界に連れてこられた陽菜を思ってのことだったのだろうが、そう願うのは、イーリス自身が、別れてしまった家族に会いたいからではないのだろうか。
ずっと側で見ながら考えていた思いが、リーンハルトの中でひとつの確信に変わっていく。
「イーリスは、俺のことを考えて、今まで家族に会いたいとは言い出さなかった。だけど、あの姿を実際に見ると――、やはりずっと家族に会いたかったのだと思う」
前世では自身の早世という形で別れを告げ、今世では政略結婚した直後に、故国ルフニルツがガルデンに滅ぼされて家族全員が捕らわれたために会えなくなった。幼い頃から自分を慈しんでくれた家族が生きていて、どうしてもう一度会いたいと願わずにいられるだろうか。
リーンハルトとは違い、家族は今でもこの世にいるというのに。
「イーリスを異世界に帰してやるわけにはいかない……。それは、俺が耐えられない。だが、こちらの世界での家族になら――手を尽くせば、なんとか会わせてやることができるのではないだろうか」
トリルデン村でのイーリスの姿を見てから、ずっと考えていたことを打ち明けていく。
考えて結論を出したろうリーンハルトの姿を見て、グリゴアは少しだけ視線を動かし、やがて思慮深く口を開いた。
「そうなると――、今イーリス様のご家族が捕らわれているガルデンとの交渉ということになりますが……」
かちゃりと片眼鏡を持ち上げる音がする。
「そうだ。そして、叶うならイーリスの家族を解放してやりたい」
強い瞳でそう告げると、グリゴアはその眼差しを見つめ、やがて恭しく体を折った。
「承りました。それでは、リーンハルト様のご意向に応えられるように、すぐにガルデンへ交渉を求める使者を送りましょう」