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第79話 雨が止んだあとに①

「う……ん」


 静かになった空間に、次第に陽の光が戻ってくる。


 見上げれば、空に浮かんでいた鏡は消え去り、ミュラー神の金の髪が房のように揺れながら、静かに消えていこうとしているではないか。


『聖姫イーリス。また聖誕祭で会えるのを楽しみにしています』


 ふわりと声が響いてくる。


『私が渡したその力は、民が聖女に感謝すれば、またあなたが望んだように使えるようになります。どうか、私の世界の者たちをよろしくお願いしますね』


 降ってくる声さえもがきらきらと輝いているかのようだ。


 まるで雨がやむ間際の差し込んできた光に輝いているかのように――。


 周囲を見回せば、あれだけ降っていた雨は次第に収まり、木の枝などに美しい水滴を宝石のように輝かせているだけになっていく。


「終わったの……?」


 事件のショックでまだ少しぼんやりとしている頭を振ると、今も自分の体が二本の腕に抱き締められているのに気がついた。


「リーンハルト!?」


 ハッと前を見れば、リーンハルトが今もイーリスを守った姿勢のまま立っているではないか。


(あの風の中で、ずっと私を守っていてくれたの!?)


 どうやってと見ると、いつのまに刺していたのだろう。山岳地帯用に履いていたブーツの上から剣で足を地面に縫い留め、簡単には飛ばされないようにして、イーリスを抱き締めているではないか。


「リーンハルト、その足……」


 見た瞬間、顔から血の気が引いた。


「ああ」


 しかし、その言葉で気がついたリーンハルトは、右手でさくっと靴から剣を抜くと、なんでもないような顔をしている。


「心配するな。足には突き刺していない。穴があいたから、ちょっと足が濡れただけだ」


 そう言うと、空いた穴の間から、傷のない足の先をぴょこぴょこと動かしてみせている。どうやら、どの指も濡れているだけのようだ。


 そして、改めてイーリスを見つめてきた。


「君こそ髪がぼさぼさだ。どこも怪我をしてはいないか?」


「うん……。私は飛ばされかけただけだから」


 心配してそっと頬に伸ばしてきてくれる手が優しい。


 この手が自分を守ってくれた――。


 考えてみれば、なんて大きくなったのだろう。今見上げているリーンハルトの背も、自分に触れている手も、昔では考えられなかったぐらい、いつの間にか大きくなっている。


「そうか、それならばよかった」


 昔からよく聞いてきた口調なはずなのに、なぜかひどく優しい。同じ声、よく聞いた言葉なのに――。


 思わずじっと見つめてしまった。


 その視線の先で、イーリスに怪我がないことがわかって安心したのだろう。リーンハルトは、少しだけ微笑むと、後ろに残っていた者たちへと振り返る。


「急いで、避難した住民の安否を確かめろ。それとこの村の被害の確認を」


「はっ」


 急いで、兵たちが走っていく。


「陛下!」


 その時、下の道から駆け上がってくる馬の蹄の音が聞こえた。


 険しい道をよほど急がされたのか。馬は荒い息を繰り返して、ぬかるんだ地面で引かれた手綱にぶるると足と首を振っている。


 しかし、その蹄が止まるや否や、リーンハルトと顔なじみらしい騎士は、急いで馬を飛び下りた。


「陛下、なにかあったのでございますか!? 先ほど途中の道で、突然渓谷を凄まじい水が下っていきましたが……」


「それによる被害が、なにかありそうだったか?」


「いえ、少なくとも、海岸線からここまでの間の渓谷の斜面には人家がありませんので、あのまま海へ流れ下っていったと思われます」


「そうか、それならばよかった」


 騎士の報告に、リーンハルトも心からほっとしているようだ。


 あれだけの水の量だ。それが一気に下っていったのだから、かなり心配だったのだろう。


 わずかに顔を緩めたリーンハルトの様子を確かめ、騎士は腰につけていた鞄を開けて、黒く塗られたひとつの文箱を取り出した。


「これを陛下にと。瑞命宮の管理官より預かってまいりました!」


 その言葉にはっと目を見開く。


 一見シンプルな箱だが、きっと長い道中を急ぐことを考えて選ばれたのだろう。控えめな箱が、逆に中に入っている書簡の重要性をさりげなくイーリスに伝えてくる。


 受け取ったリーンハルトも、それに気がついてバッと箱を開いた。


 そして、中に入っていた紙を一読し、再度兵たちに取り押さえられたポルネット大臣に向かって掲げていく。


「ポルネット大臣、お前を処罰する根拠が見つかった」


 高く持ち上げられていくのは、端が少し黄ばんだ羊皮紙だ。


 だが、押されている玉璽、そしてそこに書かれている内容と署名にポルネット大臣が目を開く。


「第二十六代ジキワルド国王の正式なサイン入りの命令書だ。聖女を異世界より召喚する術を使った者は、誰であれ厳罰に処すべしと――」


 高らかな声と共に告げられた内容に、イーリスも瞬きすら忘れて、その命令書に見入る。


「並びにマーリンが聖女を騙っていたことも確定した。こちらは、神殿の司る教義法の違反だ。どちらにしても、これでお前たちの野望は潰えた。直ちに二人を捕らえて、牢へと引き立てろ!」


「はっ!」


 後ろにいた兵のうち四人が駆け寄って、ポルネット大臣とマーリンの体に左右から縄をかけていく。


 伯爵令嬢として生まれ、人々にかしずかれて育ったマーリンには、自分の体に縄が巻かれているという事態が信じられないのだろう。


「離しなさい! 私を誰だと思っているの!?」


 しかし、王の命令によってはっきりと罪人だと確定したマーリンに躊躇う兵は誰もいない。


 悔しげにリーンハルトを一瞬見つめたポルネット大臣も、体を押さえつけられて腕を縛られるにつれ、観念したような表情に変わり、そのまま兵たちに引き立てていかれた。


 きっと、すぐに馬車に乗せられ、今度はギルニッテイにある牢屋の中へと押し込まれていくのだろう。


 まだ叫んでいるマーリンが、連れていかれるのを横目で確かめてから、イーリスはリーンハルトへと向き直った。


「リーンハルト……その命令書、見つかったのね」


「ああ、ジキワルド王は、よほど聖女を召喚できるという事実自体を消し去ってしまいたかったようだ。瑞命宮にある国王の書斎に、さらに隠し扉まで作ってしまわれていたらしい」


 ジキワルド王は、聖女が召喚されたために離婚され、王室を追われた母の嘆きをいったいどれだけ見続けていたのか――。


 新しく義母となった聖女を憎み、そして神の力による聖女の降臨以外を認めなくした国王。


 遠い歴史の中であっただろうことに思いを馳せながら紙を見ているイーリスの前で、リーンハルトが命令書から横へと視線を流した。


「そして、オデル。お前も今回の事件の関係者だ」


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― 新着の感想 ―
[一言] とうとう、ポルネットが…!長かった~! ジキワルド王の話、簡易な文章の中に、無念さが滲んでます…。酷い…。 リーンハルトとイーリス、久々のほっとするシーンにほっこりしてしまいました。そして、…
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