第14話 予想外の展開
次の日、昼過ぎになってイーリスはようやくアンナに面会することができた。
病人用なのだろう。館で怪我などをした人を寝かせる部屋には、白い清潔なベッドが置かれ、腕に包帯を巻いたアンナが入ってきたイーリスに気づいて目を輝かせている。
「公爵令嬢様!」
(だから、いつ私が公爵令嬢に決まったのよ!?)
思わずつっこみたいが、アンナはベッドから身を起こして、こちらをきらきらとした目で見つめている。
「やっぱり高貴な方だったんですね! 私、昨日入れられていた牢屋から突然移されたと思ったら、こちらでお医者様の手当てを受けることができて……突然のことに驚いてどうしてと尋ねたら、口に出すのもはばかられる程、高貴な女性からの命令だと言われたんです。やっぱり、私の予想が当たっていたんですね!」
「いや、あのその予想は――――」
完全に誤解だと言いたいが、隣に医者がいる状況では、いつこの子が爆弾発言をするかもわからなくて口に出しにくい。
「でも、こうして捕まったということは、公爵令嬢様を追いかけてきた方がいらっしゃるということですか?」
「ええ。まあ――元婚約者というか、亭主がね……」
どこまで説明してよいのかもわからない。だが、この妄想をうっかりリーンハルトに聞かれても厄介だ。
誤魔化して、なんとか口止めをしておこうと思ったのに、答えたイーリスにアンナは更にぱあああっと顔を輝かせている。
「それはつまりご令嬢、あ、いえ公爵夫人をご伴侶が追いかけてこられたと?」
「ああ――まあ。だから、私とギイトのことに関しては、ここではあまり話さないようにしてほしいのだけれど」
「わかります! もちろんですとも!」
まだ切り出しただけなのに、アンナは頬に両手を当てて身悶えている。
「私、『公爵令嬢の恋人』大好きなんですけれど、いつもここで王が改心して追いかけてきたらどうなるんだろうなーと考えていたんですよ! まさか、そんな夢設定が目の前で見られるなんて!」
(どうしよう……この子は、将来我が国に薄い本を広める存在になるかもしれない……)
なんとなくだが、そんな予感がしてしまう。そして、彼女の出したベストセラーの二次創作本は、飛ぶように売れるのだ。オタクの教祖として。
(まさか、これが聖女の奇跡とやらの予知能力?)
今、一瞬頭がぐらりとしたが、いやいやまさかと首を振って自分の予想を否定する。それに気のせいか、昨日よりハイテンションな妄想だ。
(ひょっとしたら、これも矢に塗られていた毒のせいかも?)
ありうる――と、少し焦りながら側にいた医師を見た。まだ若いが、誠実そうな落ち着いた青年だ。
「あの……彼女の容態は」
(この妄想も毒のせい?)
念の為尋ねたかったのに、側の医師はくすくすと笑ってこちらを見ている。
思わず瞼が下がったが、イーリスの視線に、少し年上の医師は慌てたように居住まいを正した。
「矢の傷は、たいしたことはありません。塞がるまでには二週間ほどかかるでしょうが、痕も目立たないように治るでしょう。ただ……」
「ただ?」
何か言いたげな様子に気がついて、眉を寄せる。すると、医師はアンナに聞こえないように耳打ちをしてきた。
「手や足にいくつもの痣が浮かんできているのです。打撲や毒ではないようなのですが、気がつけば増えているので、こちらはなにかよく知られていない病気かもしれません」
「えっ」
驚いて振り返る。
「知られていない病気って……それは、疫病ということ?」
「わかりません。ただ、彼女の妄想が激しいのもそのせいなのか、本来の性格なのか。とりあえず、ほかへの感染を避けるために、しばらくこの部屋での生活をお願いすることになると思います」
「わかったわ……」
頷くが、念のためにと医師に告げる。
「一応、ほかにも同じような症状の出ている人がいないか、医者仲間にも訊いてもらえるかしら? 万が一にも疫病だったら、大変なことになるし」
「承知しました」
医師の言葉を合図に、アンナに別れを告げて部屋を出たが、パタンと扉を閉めても、今聞いたことに心は重苦しくなるばかりだ。
(疫病!? まさか――――この地方で、未知の病気が起こっているかもしれないなんて!)
事態への対処が遅れれば、とんでもないことになりかねない。
(とにかく! リーンハルトに伝えないと――!)
まだ疫病だと決まったわけではないが、万が一のこともある。だから、一応知らせておこうと灰色の石造りの廊下を駆け出したが、玄関の前まで来たところで目に飛び込んできた光景に、思わずイーリスの足が止まった。
「陛下!」
見れば、視線の先では馬車から降りてきた陽菜が、ピンクのドレスを閃かせながら灰色の階段をのぼり、ホールにいるリーンハルトに今にも抱きつこうとしているではないか!
(なんで陽菜までここに!?)
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