第48話 お見舞い②
「ごめんなさい、イーリス様……! 私、レナに勝って、絶対に彼女をイーリス様の味方にしてみせるつもりでしたのに……!」
それなのに、負けて逆にイーリスの立場を危ないものにしてしまったと、陽菜はベッドの上で、両手に顔を埋めながらぽろぽろと涙をこぼしている。
「陽菜! 気にしないで! これは、あなたのせいじゃないわ」
「で、でも……! 私が食中毒さえ起こさなければ、勝負に勝っていたのに……! ごめんなさい。ちゃんと加熱したつもりだったんです! それなのに、卵の殻まで入っていたなんて」
自分を責めながら謝っている姿を見ると、こちらの心まで引き裂かれてしまいそうだ。黒い瞳から溢れる涙を見つめ、伸ばした手でぐっと肩を握りしめた。
「そのことなのだけれど、陽菜。食中毒はあなたのせいではないの」
「えっ!?」
驚いた顔をしている陽菜の様子に、やはり今話すのが正しいと頭の中が告げる。細い両肩を握る手に強く力をこめた。
「レナよ。彼女が、あなたの料理に毒キノコから取り出した汁を混ぜたの――」
「毒キノコ!?」
陽菜とリーンハルトが、同時に驚いたようにイーリスの顔を覗きこんでくる。だから、昨日の夜に厨房で見つけたキノコと、その効果。そしてレナが仕組んだと思われることを話した。
「そんな――。でも、それならば、確かにちゃんと火を通したはずの料理で、食中毒が起きた理由がわかります」
まさか陽菜も、相手が最初から不正な手段で勝ちを狙ってくるなどとは考えてもみなかったのだろう。掛け布団を握りしめる手が、信じられないことを聞いたように細かく震えている。
陽菜の青い顔を見て、体調を取り戻してきたばかりで話しても大丈夫だったのだろうかと不安になってしまうが、横でその様子を眺めるリーンハルトも苦虫を噛みつぶした顔だ。
「まさか、細かく切り刻んだうえに、乾燥させて持ち込むとは――」
「干した椎茸と交ぜてあったせいで、検閲でもわからなかったみたいね。現物のキノコは食べられていないから、変なキノコが入っていたせいで捨てたといわれれば、レナが汁を混ぜたと断定できる証拠はないし――」
(悔しいけれど、うまいやり方だわ)
万が一キノコのせいとわかっても、納入した者の手違いといって、そちらに責任をなすりつけることができる。
「そこまでして、聖姫になりたいんでしょうか……? いくら、陛下に憧れているからとはいっても……」
人に毒を盛り、苦しめて、平然とした顔をしている。憎いのならばともかく、普通ならば、とてもできることではない。
「わからないわ。ただ、私達の世界でも、いじめなどは凄惨なものがあったから……。ひょっとしたら、レナにとって、私達は、自分の気に入ったものを手に入れるのに邪魔な存在と映っているのかもしれないし――」
「そうなんでしょうか? でも、毒を盛って、何食わぬ顔でみんなと一緒にあの場にいたなんて――」
信じられないと、陽菜が布団を掴んだまま手を震わせている。
青ざめながら瞳を開いている姿を見つめ、ふとリーンハルトが眉を寄せた。
「それなんだが……。君たちは、あのレナという女性になにかを感じないか?」
「え?」
「どういうこと?」
意味がわからず、咄嗟に横を向いて尋ねたが、リーンハルトもまだ銀色の眉を寄せたままだ。
そして、組んだままだった腕をほどいて、少し考え込む仕草をした。
「どこが……とはいえないんだが。妙に違和感を抱かないんだ。いや、だからなにか気になるというか――」
どういうことなのだろう。まるで暗号だ。違和感がないから、気になる――?
瞳を寄せたが、肝心のリーンハルトもよくはわかっていないようだ。
「いや……変なことを言った。気にしないでくれ」
そして、かたんと席を立ちあがった。
「とにかく、レナがそんな行動をするのなら、陽菜の護衛を増やそう。同じ建物なんだ、これ以上なにかあってもいけない」
「ええ、お願いするわ」
頷いたが、陽菜はええっとショックな顔だ。
「それって、四六時中、誰かが見張りにいるってことですか!?」
「念のためだ。これ以上危険な目には遭いたくないだろう」
「うう……はい」
リーンハルトの言葉に承諾はしたが、よほどがっくりときたのだろう。陽菜の背にはどんよりと暗雲が漂っている。
しかし、それには頓着すらせずに、リーンハルトはイーリスを見つめた。
「これから大翼宮の管理官と、瑞命宮の管理官とを交えて二十八日の話し合いがある。それが終わったら少し時間が空くから、イーリス。その時に改めて朝食を一緒にとろう」
(それは既にブランチに近くなるけれど、いいのかしら?)
「いいな? できるだけ早く終わらせるから――」
きっと、時間がそろそろ迫ってきているのだろう。時計を見ながら立ち上がったが、どこかそわそわとしている。
それでも――自分と朝食をとりたいと言ってくれた。
「ええ。王妃宮で待っているわ」
そう返すと、ほっとリーンハルトの顔が緩んだ。そして、更に赤くなると、少し口ごもりながら横を見る。
「それと……陽菜! 十分に養生するように。思ったより元気で――よ、よかった……!」
聞いた陽菜の方が、目をぱちぱちとさせている。それだけ言うのに、リーンハルトの顔は信じられないぐらい真っ赤だ。
「じゃあ!」
慌てて顔を隠すように飛び出していく姿にも、意地っ張りと思わず笑みがこぼれてしまう。
「あんな陛下……初めて見ました……」
「ああ見えて、陽菜のことは友人として大事に思っているらしいわよ? 相変わらず素直じゃないから、うまく言えないみたいだけど」
微笑むと、まるで花が咲くように陽菜の顔にも笑顔が宿る。
「そうなんですね。私も――陛下と友達に戻れて、嬉しいです」
あんなことがあって――。育み始めていた二人の友情は、どこかぎこちなくなってしまった。しかし、その枷がとれたように、今陽菜は華やかに笑っている。
「ところで、二十八日って、なにかあるんですか? 大翼宮と瑞命宮両方って、かなり大規模みたいですけれど」
「ああ。リーンハルトの誕生日なのよ。だから、誕生日パーティーの話ね、きっと」
「誕生日!? 陛下のですか!?」
驚いている陽菜の顔に、持った扇の先を軽く回しながら説明をする。
「ええ、国王のだからね。毎年大規模に開催するの。壮観よ。全貴族が集まるから」
「それじゃあ、プレゼントがいりますね! イーリス様は陛下になにを送られるんですか!?」
(え、私からのプレゼント!?)
今の今まで考えていなかった話題に、急にイーリスの動きが止まってしまった。