コミカライズお礼小話 二人の過去編 十五歳の夏(前編)
しばらくお休みしていて申し訳ありませんでした。
いつも応援してくださり、ありがとうございます。
お礼小話として、二人の過去を書いてみました。第一話より前になる部分ですが、明るい話になる予定です。
また連載を再開していこうと思いますので、どうかなにとぞよろしくお願い致します。
ふうと、思わず溜め息をついた。
「どうされました? イーリス様?」
部屋に戻ってから、椅子に座ったまま考え込んでいると、イーリスに近づいてきたコリンナが心配そうに声をかけてくれた。最近同い年の侍女候補として、よく側に来てくれている男爵令嬢だ。ことんと自分の前に、甘い香りのする紅茶を置いてくれた。
林檎にも似た香りに誘われて顔を上げると、 目の前では、伽羅色の瞳が気遣うようにこちらを見つめている。
「ううん、たいしたことじゃないの。ただ、今日の園遊会で……」
思い出せば、まため息がこぼれてきてしまう。
朝、何度も鏡を見て自分の姿を確認した。髪型も王妃らしい! 服装にも作法にも抜かりはなしと、コリンナと一緒に繰り返してチェックをしてから、王宮の庭で開かれている園遊会に臨んだはずだったのに。
――それが……。
『君は、またそんな格好をして……。少しは、自分が王妃だということを考えろ』
今日こそは大丈夫だと思ったのに、また眉をひそめたリーンハルトにぷいと顔を背けられてしまったのだ。
(ううん。顔を背けただけじゃない――)
最近、前よりもリーンハルトの態度が、冷たくなってきたような気がする。
(夫婦としてうまくいかないのは、結婚してから四年。ずっとだったとはいえ――)
それでも、昔は背が近かった分、リーンハルトが素っ気ない態度をとっても、正面に回り込んで顔を覗きこめば、少しは表情から考えていることがわかったような気がした。
間近から尋ねれば、口ごもりながらも、少しはなにが気に入らないのか、口にしてくれていたというのに――。十四歳を迎えてからのこの一年間。だんだんと近づける距離が、背と一緒に遠くなってきたような気がする。
成長期だから、背の高さは男女の違いを考えれば当然なのだが、なんだか身長が遠くなるにつれて、二人の間までもが、さらに広がってきたように感じてしまうのだ。
また、はあああと溜め息がこぼれた。
魂が抜け出してきそうな気分だ。
「なにが、気に入らないのかしら……」
今日の背けられた顔を思い出して、つい俯いてしまう。
「そうですね。前回は、てっきりイーリス様が地味な服をお好みなことを、言われたのかと思ったのですが……」
「そうなのよ。だから、王妃としては威厳が足りないのかしらと思って、今回は変えてみたのに! 今日のドレスは、貴族の令嬢たちや夫人たちが着ているものも参考にして作ってみたのよ!?」
「スーラ夫人は、宮廷服では有名なデザイナーですものね。陛下が怒られるほど、社交界のマナーを外したデザインを作られるはずはありませんし……」
うーんと、コリンナも困惑したように、顎に手をあてている。
「そうなのよねえ……」
(いったい、なにが気にいらないのかしら?)
首を傾げながら、自分が身につけているドレスに目をやった。視線の先で、体から裾へと広がっているのは、柔らかな空色のレースだ。
薄い素材で作られているせいか。幾枚も重なっているデザインでも、どちらかといえば軽やかに見える。裾の広がりに重点が置かれているせいで、腰から上は、逆に肩を出したシンプルなデザインだが、襟ぐりが広いお蔭で、夏向きで涼しいと貴族の女性たちには大好評だというのに――。
「あああーわからない!」
思わず、コリンナが丁寧にセットしてくれた髪をかきむしってしまった。
実際、園遊会やパーティーでは、これと似たデザインのドレスが動いている様は華やかで、決して地味というようなものではないはずだ。
「出会った大臣たちや、いかめしい元老院のお歴々だって、よく似合っているとほめてくれたわよ!? むしろ、このドレスが似合うところまで成長されたとは――と、なぜか生温かい目で見つめてくれていたのに!」
どうして、肝心のリーンハルトだけが、このドレスを嫌がるのか。
「まさか、以前のドレスのほうが好みだったとか?」
「ですが、去年のデザインでは、もう年齢的にも不釣り合いですし……。やっぱり十四歳までのドレスは、どんなにいっても少女用のデザインですもの」
「そうなのよね……」
わかっているから、大人用のデザインで、ドレスを新しく仕立てているのに。なぜかリーンハルトの中では評価が悪い。
「うーん、せめて前のように近寄って、顔を覗きこむことができれば、なにが気に入らないのかわかるかもしれないのに」
「では、イーリス様」
ぽんとコリンナが両手を打った。
「今から、陛下をお茶に誘ってみてはいかがでしょうか? 二人きりならば、王妃様の衣装のどこか気に入らないのか、話してくれるかもしれませんわ」
「あのリーンハルトが?」
そんなに素直に話してくれるかしらと首を捻ったが、コリンナの言うことにも一理ある。
「そうね……! わからないのなら、尋ねてみるしかないわよね……!」
訊いて口にしてくれるのかは謎だか、このままにしておいて、前よりもさらに距離が広がっていくのは嫌だ。
今ならば、リーンハルトも園遊会を終えて、瑞命宮に戻って休んでいる時間のはず!
「そうよ! わからないのなら、直接聞き出してみればいいのよ!」
昔、背が近かった頃には、顔の正面に行って尋ねたように。
そうすれば、また少しでも昔の二人のようになれるかもしれない。
「じゃあ、早速お茶の支度をメイドたちに頼むわ! それと、コリンナは瑞命宮へ行って、私からの招待を伝えてくれる?」
「はい」
にっこりと笑ってコリンナが出て行ってから、ほんの二十分後――。
「駄目でした」
しょんぼりとした顔で、コリンナが帰ってきたのは、メイドたちがいそいそとお菓子を机の上に並べる支度をしていた時だった。
なんとなく予想はしていたが、やっぱりという気持ちと今回こそはと思っていた気持ちが、複雑に絡み合ってしまう。
「そう――。一応知りたいけれど、どうして、リーンハルトは断ったのかしら?」
「それが、私がイーリス様からのお茶のご招待を伝えましたら……、陛下は少し躊躇われた顔をされまして」
『今、イーリスが着ているのは、さっきと同じドレスか?』
「考え込まれてから、そうお尋ねでしたので、はいと頷きますと、なぜか顔を逸らされて」
『それならば、気遣いは無用だ。むしろ、早く着替えて、疲れをとるようにと伝えてくれ』
「そう仰って……」
(一体、そんなに拒むほど、私のドレスのなにが嫌なのー!?)
思わず頭を抱えてしまう。
デザインか? いや、だがほかの貴族令嬢たちが似たようなのを着ている時には、なにも反応はしなかった! むしろ、老臣たちの孫娘には「大きくなったな」と社交儀礼でも、微笑みかけてさえいたというのに!
「だとしたら、色……?」
いやいや、水色のドレスなんて、今までに何度だって着ているはずだ。むしろ、自分のお気に入りの色で、それを着ている時には、リーンハルトからも「王妃として」攻撃は、どちらかといえば少なかったような気がするのに。
「わからない――!」
単に、好みではないだけなのだろうか。
つい机に突っ伏してしまう。
「かといって、今の私の年で、前みたいなドレスを着ていたら、さすがに年齢的にイタいと思われてしまうし……!」
前世の経験で考えても、中学生三年生が子供向けの服を着るなんて、あまりにも周囲の目が辛すぎる。確かに、一部のマニアもいるだろう。
(でも、リーンハルトがそんな趣味だとは思いたくはないのに……!)
それとも、まさか知らなかっただけでロリータファッションのファンなのだろうか? いやいや、まさかと首を振ったが、そうでなければ、何故ここまでリーンハルトが、イーリスの今のドレスを嫌うのかの説明がつかない。
「え? まさか、これは私の王妃としての度量を問われているのかしら?」
国のために、王妃らしい格好をするべきなのか。それとも、夫である王の好みのために、愛らしい子供服を選ぶべきなのか?
「いくらなんでも、究極の二択過ぎる――!」
せめて、前世でもジャンルを確立していたゴスロリにして! とは思うが、それもこの世界の王妃が着るにしては、なかなか大胆なデザインだろう。
リーンハルトとの仲を選ぶか。人目を選ぶか。無言で悶絶したが、その瞬間、イーリスの両手は強く握りしめられた。
「ご安心ください、イーリス様」
「コリンナ?」
はっと目を開ければ、前では伽羅色の瞳を揺らした友人が、じっと自分を見つめているではないか。
「お任せください! 私が、必ずやイーリス様を、陛下にステキだと思わせるように着飾って見せます! ええ、絶対に! イーリス様の大人としての服装の魅力に目覚めさせてみせますから――!」
なぜだか、目がキラキラとしているような気がする。だけど、コリンナの中で、とんでもない服装愛好家疑惑をリーンハルトにかけられているような気がするのは、考えすぎだろうか。
(いや、私もそうかと一瞬考えたけれど――!)
だが、まさかと思うのに。コリンナの瞳は、イーリスを見つめたまま輝いている。
その瞳に押されて、つい。
「そ、そう? じゃあ、お願いするわね……」
キラキラとした伽羅色の眼差しに圧倒されて、思わずこくんと頷いてしまった。