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第35話 現れた第三の聖女

レナ――。


 目の前に現れた新たな聖女の姿に、瞬きをすることさえ忘れてしまう。


 豊かな亜麻色の髪は、イーリスと同じように緩やかに波打ち、白い背中に広がっている。顔で瞬く翡翠色の瞳は、まるで本物の宝石をカットしてはめ込んだかのようだ。たおやかな容貌なのに、どこか意志の強さを感じさせるような表情で見上げると、ゆっくりと口を開いた。


「お噂はお聞きになっておりますでしょう? 降臨してから、聖女としてトリルデン村やあちこちを回っていて、ご挨拶が遅れました」


 周囲から、おおっという歓声が沸き起こる。


「トリルデン村の!」


「では、この方が奇跡を起こしたというもう一人の聖女様!?」


 突然現れた噂の主に、周囲の人々の眼差しは興味津々だ。それはそうだろう。なにしろ、初めて噂を聞いたときから半月程がたっている。あちこちに出没して、自分の存在を世間に広めるには十分すぎるほどの時間だ。


 ――いや、だから姿を現さなかったのだ!


 存在しているかどうかわからなくても、いやむしろわからないだけに人は無責任に噂話のネタにする。


 商売仲間と飲む時に、故郷の知人と会ったときに。最新の面白い話のネタとして。


 そして、十分すぎるほど噂が拡散された頃を見計らい姿を現せば、当然人々は驚いて熱狂するだろう。


 ――これが噂の主かと!


 ぐっと金の瞳を寄せて見つめたが、相手はイーリスの視線を受けとめたまま静かに笑っている。


「あなたが――新しく現れた聖女?」


「はい」


(だとしたら)


「今までどこにいたの? それに神殿からはなんの報告も届いてはいないけれど」


 探るように尋ねたが、レナと名乗った女性は目の前でゆっくりと笑っている。


「ルバインの人家もまばらな里に降臨しましたもので――。ですが、私のことを伝えきいた領主様が、今まで私の生活の面倒を見てくださっていました」


(ルバイン――!)


 ポルネット大臣の領地の一部ではないか!


(ではやはり、絡んでいるのだ)


 だが、召喚されたことを言うつもりはないらしい。


 いや、それとも陽菜同様、自分が喚ばれたということにさえ気がついていないのか。


 それにしては、噂の広がり方を計算したり、あちこちに事前に聖女として姿を現したりして、ひどく周到な気がするが。


 ごくっと唾を飲みながら、目の前に立つレナを見つめる。


「そう……。では、ポルネット大臣があなたの保護をしていてくれたというわけね? ほかに降臨した当時のことを知る人は?」


「ほかに――と申されましても……。そもそもよく知らない場所でしたし」


 くすっと、どこか挑発するように笑っている。


「ああ、でも何人かは私が落ちてきたときを見ていたはずですよ。ですから、その地の農民に訊いてみていただけば、証言を得られるはずです」


「では、貴方は私たちと同じ世界から来たということですか?」


 いつの間に出てきたのか。店の中でアンゼルと一緒に公爵令嬢人形を売っていた陽菜が、驚いている群衆たちの前に出て、新しく現れたレナという女性をじっと見つめている。


「同じというか――……陽菜さんたちとは違う場所からだとは思いますが。異世界ということでは同じと言ってもかまいませんわね」


 確かに――。


 この容姿ならば、おそらく日本からではないのだろう。


 自分も陽菜も太平洋の近くの街に生まれ、おそらく海を越えてこちらの世界に喚ばれた。だとしたら、レナというこの女性も太平洋の側にあるどこかの港町で生まれ、こちらの世界に導かれたのかもしれない。


「それは嘘です!」


 しかし、後ろから上がった声にはっと振り返った。


「聖女の降臨があって、神殿に報告がされないはずがありません!」


「アンゼル!?」


 驚いて振り返れば、陽菜の後ろまで来ていたアンゼルが、見たこともない険しい顔で彼女を見つめているではないか。


「聖女様の降臨はミュラー教にとっては、大慶事です! どんな些細な兆候や噂だって報告されないなどありえません!」


 第一と、腕を組んでレナを真っ直ぐに見据えている。


「体のラインが、今までに降臨されてきた聖女様たちのものと違います! イーリス様のように転生されてきて、たわわなのならともかく!」


「ちょっと待って」


 今、聖女をどこで判断したというのか。


(ああ、でも日本人の体型って、この世界の人から比べたら華奢よね……)


 あとのところはどう違うのかよくわからないが、それは毎日神殿で聖女像のラインを見つめ続けたアンゼルにしか理解できない範囲なのだろう。特に胸とか足とかの微妙な曲線とか。


「アンゼル! 一体私のどこを毎日見ているの!?」


 陽菜が隣で思わず胸を押さえながら叫んでいるが、それも仕方がない。


「あ、ご心配なく。別に一点だけをそういう視線で見ているわけではありませんので」


「言い換えれば、全体を満遍なくそういう視点で見ているというわけですね……」


「さすがトリシャ先生!」


 さっとアンナがネタ帳を開いているが、いったい誰のネタに使うつもりなのか。


(アンナなら王よね、きっと……)


 リーンハルトをモデルにした王に言わせるつもりなのだろうか。うわあと内心思ったが。


「今のって、無理矢理老王と結婚させられた聖女のぼやきに最高ですよね!」


(もっとひどかった……!)


 アンゼルの発言の立場とはいったい……!


 思わず呻いてしまったが、レナは不快そうに眉を顰めている。


「私が降臨した聖女であることは、農民たちが証明してくれます。それよりも」


 さらっと衣を流して、リーンハルトへと向き直る。


「陛下」


 ふわっとこれまで厳しかった顔が笑った。


 憧れるように見つめ、嬉しげに翡翠色の眼差しが柔らかく細められていく。


「やっとお会いできました。これからは、私もお側でお仕えして、陛下のためにずっと尽くしていきますから」


「別に側近くでなにかしてもらうことを望んではいないが」


 レナの言葉に、不快そうにリーンハルトが銀の眉を寄せていく。しかし、それにも拘わらず、レナはまるで童女のようにあどけない笑みをリーンハルトに向け続けているではないか。


「いいえ。私は、この世界に落ちてきたときから、聖女は陛下の伴侶になる存在だとお聞きしてきました。私が喚ばれたのは、きっとそのためです。ですから、これからは私も人生をかけて陛下のために生きようと考えておりますので」


「なっ――!」


 それは、明らかにイーリスに対する宣戦布告だ。慌てて叫ぼうとしたが、その前に立つリーンハルトの手がさっと制した。


「確かに慣例ではそうなっているが――、俺の妻は既にイーリスに決まっている」


「ですが、イーリス様と陛下の仲は、長く冷え切っていたとお伺いしました。それならば、同じ聖女である私でもかまわないのではないですか?」


 なにをいうのか――。


 頭の中では、血がどくどくと流れていくのに、突然のことに思考がうまく回らない。


「リーンハルトと私は――」


 確かに長く冷え切っていた。しかし、折角やり直そうと思って、二人でもう一度歩き始めたところだったのに!


 なにかを叫ぼうと思ったが、それよりも早くにリーンハルトが口を開く。


「同じではない。イーリスはただの聖女ではなく聖姫だ。最高峰の聖女とただの聖女。それならば、どちらが国の王妃としてふさわしいかは明白だろう」


 一瞬、くっと悔しそうにレナが唇が噛んだ。柔らかな桜色に白い歯がぐっと食い込むが、やがてなにかを思い出したようにゆっくりと開いていく。まるで闇が彼女の口を借りて、昼の中に広がっていくかのように。


 ただ、声が集まった人々の上へと広がった。


「では、どうか私にも聖姫試験を受けさせてくださいませ。それでイーリス様が私に勝たれれば、私も納得いたしますので」


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