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第30話 お祭り

 

 空にパーンと白い花火が打ち上がる。


 青空にあがる火花は、夜のように華麗な色はしていないが、煙が白い風船のようで愛らしい。


「おめでとうございます、イーリス様!」


「新たな聖姫様のご誕生おめでとうございます!」


 わっと周りの人々から歓声が沸くのは、この春に先駆けての祭りの中で、先ほど神殿が正式にイーリスが聖姫となることを発表したためだ。聖女としての白い聖なる衣装を纏ったイーリスが、観覧席から手を振れば、わっと興奮した人々の声があがる。


「いやあ、よかった! やっぱり神様は、イーリス様が聖女の中でも、一番だとお認めになっていたんだな!」


「そりゃあ、そうさ! 幼い頃に嫁いでいらしてから、今までリエンラインのために尽くしてこられたんだ! うちらには自慢の王妃様だよ」


「でも、なんかトリルデンとかいう村のほうで、また違う聖女様が降臨なされたっていう噂があるそうじゃないか」


「そんなのあったって、イーリス様が一番に決まっているだろう!? 第一そんな本当かどうかもわからない話――!」


 都にある巨大な中央大神殿の前に押しかけた人々は、口々に聖女についての噂をしている。


(新しい聖女が現れたというのは、人々には関心の高いことなのね――)


 ふうと、ようやく役目と披露目を終えて、観覧席の前から下がった。これであとは、神殿の設けた観覧席から離れて、自由に祭りを楽しんでもいいという話だったが、目の前の人々が交わしていた声に、少しだけ溜め息をついてしまう。


「やはり、新しい聖女のことはもう知れ渡っているのね――」


 あれから一週間。法務省の手の空いた職員とグリゴアの信頼できる配下を動員して、法務省の書類をすべて調べさせているが、なにしろ数百年分の書類だ。何千何万の紙をかき分けての大捜索は難航している。その中にあるはずのたった一枚。ジキワルド王が当時の神殿に出したという命令書は、まだ見つかってはいない。


「法に関係している命令書な以上、必ず王宮にも同じものがあるはずだけれど――」


 命令書は普通二通作成される。相手への通達用と、拒否した場合に法的手段に出る根拠としての控え書だ。法律関係ならば、普通は法務省に纏めて管理されているが、それとも、ひょっとして王宮書誌部なのだろうか。法務省よりは新しい部門だが、たくさんの歴史的な書類を移管するときに、なにかの書類と一緒に紛れ込んだ可能性は否定できない。


 うーんと思わず考え込んでしまう。前をよく見ていないのに気づかれたのか、イーリスの手を引いてくれていたリーンハルトが、階段を下りたところで足を止めると、そっと顔を覗きこんできた。


「君から聞いた隠された民のところにも、急いで使者を送ってみたのだが。居場所を知られて住まいを移したのか。もう、どの家も空になっていたらしい」


「そうなのね……」


 あんなことがあったのだ。昔一族を大虐殺される原因になったのと同じことに加担させられて、今回も厳罰に処される可能性があるのならば、住まいを変えるのは当然だろう。


(やっと、うまくいくと思ったのに――)


「なかなか思うようにはいかないわね」


 ふうと、思わず溜め息がてでしまう。


 考えなければならないことは山のようにある。ポルネット大臣は、なにが目的で、そこまで王妃の座に執着するのか。


「異世界からわざわざ聖女を喚びだすほど、王妃の座にこだわっているのなら、なにか理由があると思うのだけれど――」


 際限のない権力欲なのか。それともほかに理由があるのか。髭に包まれていた大臣の顔。こちらに向けて浮かべた嘲笑を思い出す。明らかにイーリスとその故国を見下していたあの眼差しに、爪が食い込むほどぐっと拳を握りしめた。


 その顔が感情を暗く占める前に、呑み込まれないよう、ぱんと頭を片手で叩いて動かす。


「あ、そういえば新しい聖女が使ったという薬の成分はわかった? グリゴアに早馬で先に頼んでいたのだけれど?」


 思い出したことに急いで振り向けば、アイスブルーの瞳が心配そうにこちらを眺めている。


「今、薬剤の専門家に分析してもらっている。どうやら、複数の薬が使われているようだ」


「そう」


 彼女が、本当に新しく異世界から喚ばれた聖女なのか。見たことがないのでは、本当に存在するのかすら、まだ確信がもてない。


 俯いて瞳を伏せれば、なぜか慰めるようにぽんと金色の頭に手を置かれた。


(あれ?)


 広い手だ。初めてリエンラインに着いて、花園へ案内してくれた時は、自分と変わらないぐらいだったのに。いつの間に、こんなに大きくなっていたのだろう。


 気がついた変化に驚いて見上げれば、アイスブルーの瞳が優しくイーリスを見つめている。


「大丈夫だ。隠された一族についてだって、あれだけの世帯が、人里離れた道で家財道具を持って移動したんだ。必ず誰かが見ている。今、目撃者の証言から、彼らのあとを追わせているから――」


 あまり悩むなと、ぽんぽんと金色の髪を撫でてくれる。


(どうしてかしら)


 リーンハルトが優しく見つめて大丈夫だといってくれると、本当にそうな気がしてしまう。


 ――なぜか、不思議と安心する。


「うん……」


 はにかみながら見つめて答えると、わずかにリーンハルトの顔色が赤くなった。


 こほんと咳払いをしている様子では、どうやら今の自分の赤さに自覚はあるらしい。


「ああ、それと――」


 少しだけ考えたようだが、素早く周囲を見回して、側にいるのがギイトだけなのを確認したらしい。


 イーリスを見つめると、ゆっくりと口を開く。


「例のハーゲンとヴィリの一族のことだが――」


 はっと顔を上げた。


「やはり、どうしても助けたいか? 君の身が、今後危険になる可能性があるとしても?」


「かまわないわ!」


 見つめてくるアイスブルーの瞳は、真剣な色を伴っている。それが自分を案じていることはわかる。だが、将来危険になる可能性のために、本来死ぬ必要のない人の命まで摘み取りたくはないのだ。第一、何十年後かの危険に怯えて、対策の一つも打てないようでは、皆のいってくれる聡明な王妃の名が廃るではないか。


 そう思ったからこそ、意気込んで叫んだのだが、それにリーンハルトの目は少しだけ弛んだ。


「君らしい――」


「え?」


 ぱちぱちと瞬いてしまう。今の反応では、どうやらリーンハルトはこの答えを予想していたようだ。


 ならばと、そっと顔を近づけられる。その顔は、考えに考えた方法に自信があるかのようだ。


「リーンハルト?」


「今回の件は、既に事件が起きたあとだから法律を変えても間に合わない」


 近寄ったアイスブルーの瞳が告げてくる事実に、ごくりと息を呑む。


「だが、恩赦という形ならばとることができる。時期的にも、ちょうど君の聖姫就任が間もなくだ。歴史的な聖姫の誕生を祝って、血を流す刑罰を忌み嫌い、恩赦を施すということならば、法律との整合性も取れるだろう」


「リーンハルト……!」


「もちろん、なにもなしとはいかないが――。だが、昔君の案で導入した刑罰があっただろう? たしか、江戸とかいう街からの所払いとかいう罰? 将来的にああいう形ならば、君の日常の安全も確保できるし、恩赦としても悪くはないだろう」


「都とその周囲限定の追放ね……!」


「ああ、さすがに十年は国外追放という形になるが。そのあとは、都オルフブランと副都ギルニッテイ周辺の地域には近づかないという制約つきでなら、彼らを助けることもできる」


 それならば、彼らは別の国で生きていくこともできる。もし帰りたい地があるのならば、いつかはそこに戻ることもできるはずだ。


 今の薄暗い牢から処刑場へと行くだけの運命よりはずっといい。


「ありがとう……!」


 思わず、リーンハルトの首に抱きついた。


 自分が訴えたかったことを、誰よりもよく考えてくれた。そして、人々が一人でも幸せになれる道を探してくれたことが嬉しい。


 つい嬉しくて、首にしがみついてしまったが、その前でリーンハルトは完全に真っ赤だ。


「なっ……あ、いや、その……」


 抱きしめていいのか。手がわたわたとしているそんな仕草もかわいくて、つい笑いながら接近して見つめてしまう。


「ありがとう! 本当に嬉しいの……!」


 囁くように、ぎゅっと抱きしめると、一瞬だけ頬が触れたからか。ぽんとリーンハルトの顔色が爆発した。


 周囲の瞳が、長らく仲が悪かったと噂の夫妻の様子に、おおっと驚いた瞳を向けている。 ぎゅっと腕に力をこめてから離したが。


 体が離れていったことが残念なのか。リーンハルトの顔は少しだけ複雑そうにイーリスをみつめている。その顔は、今も真っ赤だ。


 名残惜しそうな仕草がかわいくて、つい笑みがこぼれた。


「よかったですねえ、イーリス様」


 その様子を見て、後ろからギイトがにこにこと声をかけてくる。


「もし、いざとなれば、私は何度でも家出にお付き合いするつもりだったんですが。今回は必要なさそうですね」


「ギイト、よく言ったな……! お前だけはなにがあっても、絶対に恩赦の対象にはしないからな」


 ぎろっとリーンハルトがギイトを睨みつけてくる。


「ええ!? そんな心配はいりませんよ? 私は、妻を娶りませんから。ずっとイーリス様だけに尽くすつもりです」


「よく俺の目の前で、生涯イーリス一筋だと言い切りやがったな……!」


 はははとギイトは笑っているが、睨みつけているリーンハルトの顔は絶対に本気だ。


「いつかお前だけは、絶対に処刑台に送ってやる……!」


 名目さえあれば、今だって容赦をするつもりはないのにと、リーンハルトの握りしめた拳が語っているが、どうしてギイトのことになると、ここまで目くじらをたてるのか――。


(そりゃあ、私が一番信頼しているけれど――)


 リーンハルトへの気持ちとは、また違うのにと思うと、少し複雑だ。


「とにかくギイト。イーリスの発表は終わったから、大神官に俺たちは少しこのままお祭りを回ってくると伝えてこい!」


「承知しました」


(あからさまに追っ払った!)


 あまりにも見え見えな態度に、呆気にとられる。つい、ぷっと口からは笑いが飛び出してしまった。


「もう――強引なんだから」


「嫌か? 俺と二人では」


 どこか自信がなさそうに尋ねてくる顔は、以前のリーンハルトを思い出させる。


「そんなはずがないでしょう? ギルニッテイでも二人でデートして、楽しかったんだから」


 言って、手をリーンハルトの腕に絡めれば、白い顔が面白いほど赤くなる。


「こうやって腕を組んで歩くのも、リーンハルトだけなんだから」


 顔を側に近づけて囁けば、もう首までもが真っ赤だ。


「そうだな……うん、俺だけだ――」


 頷いて、優しく見つめられた。


「行こうか。今日は、確かアンナもこのお祭りに来るのだったな」


「ええ。いよいよ発売したらしいわ。それに陽菜も、アンゼルと一緒にチャリティーに参加しているらしいわよ」


 優しい瞳にふわっと笑って答える。


(本当は、色々と考えなければいけないのかもしれない。まだ見つからない命令書のこと。現れた第三の聖女のこと。そして、ポルネット大臣がなぜあれだけ外戚の座に執着するのかも――)


 リエンラインの王妃を自ら立てて、いったい何を狙っているのか。


 でも、今は。


(いいわよね、今日だけは少しの間お祭りを楽しんでも)


 そう思いながら、人混みの中へと、イーリスはリーンハルトと笑いながら歩いて行った。その人波の中で、なぜか亜麻色の髪の女性が、二人の姿を嘲笑いながら立っているのにも気づかず。



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