☆8話
ふううん……、と昨夜の事を思い出し、幾度も甘い溜め息を付きながら、キャロラインは礼拝堂で、掃除様の布を握りしめている。
「あら?キャロライン様、どうされたのですか?朝餉の後に、クロシェ夫人からご講義を受けられてから、わたくし達と共にされておられますから、お疲れでございますか?」
マーガレットがせっせと、ステンドガラスを磨きつつ、心配そうに話しかけている。他にも数名のやんごとなきご令嬢達が、あちらこちらに散らばり、連れて来ている手伝いの侍女の手を借りつつ、せっせと拭き掃除に励んでいた。
キャロラインとの縁組が整った折、ジョージ王子が『樽』体型がお好みという、根も葉もない噂が流れた為に、ご令嬢達は万に一つの望みを託し、食べて寝るを繰り返し望みの姿に変わったのだが……。
キャロラインが城に姿を表した時、あわよくば……と考えていた彼女達の願いは木っ端微塵となった。太っていたのは事実だったが、それは過去の事。
婚礼の時に、花嫁を持ち上げる儀式を知ったキャロラインは、懸命に身体を動かし、食事に気をつけ、少なくとも『樽』からは卒業していたからだ。
「………どの様にお痩せになられましたの?」
お披露目の舞踏会でそう聞いたマーガレット達。側にはかつて、ドローシア姫に従い嫌がらせの数々を仕掛けていた、アリアネッサ姫が、隣国の王妃となって、彼女達を上から目線で眺めていた。
気さくに窓ふきと答えたキャロライン。それを受けた王妃の言葉をマーガレットは思い出し、ゾクリとする。
「「ええ!窓・ふ・き・でしてよ、皆様。キャロラインについて、しっかりとなさいませ!キャロライン、貴方の心配りを無にされる事があれば……『褒美』をお与えあそばせ」
その言葉と清々しいその笑顔、そして……オーホホホホ!と、その時は聞こえていない筈の王妃の高笑いが、マーガレットの心に蘇り響く。
彼女の言う『褒美』とは……キャロラインもそれを見知っている様子だが、無邪気な彼女は、まだそれを与えた事は無い。
皇太子妃であるキャロラインに、取り入ろうと、当初は下心を持ち、彼女に近づいたマーガレット達。しかし日々を近くで過ごす内に、穏やかであどけなく、無垢な彼女に対して、徐々に心を掴み取られていった。
「皆様とお近づきになれて、嬉しゅうございますの」
裏表なく率直に話してくるキャロライン、誰かが意地悪に聞いたことがある。
『王子様にご側妃様ができましたら、どうされますの?』
その問いに戸惑う事無く答えたキャロライン。
「仲良くなりたいですの、一緒にお食事をしたり、お茶を楽しみたいですわ、もし……お子が出来たら、きっと楽しいですの、わたくしはひとりきりでしたの、周りを見れば、姉やら妹やら、兄やら弟やら……書物でしか知りませんが、睦まじく揃う姿を見ると、お子は沢山おられた方が楽しいですの」
わたくしのお父様は、お妃様は、かつてはたくさん居られましたのよ、だから色々ございました……、なので、わたくしは仲良くしたいのです。そう笑って答えた。
隣国の後宮における、女のドロドロとした出来事は、格好のネタとなり、旅芸人達が競って流布したこともあって、書物や芝居になっていた。
『蝶は舞飛ぶ、百花繚乱、美姫が揃う花畑
赤色の花が実を結ぶ、白色の花が湯をかけた
赤色の花はしおしおだ、黄色の花が実を結ぶ。
青色の花がぽきりと音立て摘み取った。
黄色の花は茶色になって、消え去って
蝶が舞飛ぶ、はらひらと
紫の花が実を結ぶ、大きく大きく膨らんだ
ある日鼠がやってきて ガリガリ、がりり
紫の実を齧って飲み込む 花園で……』
マーガレット達は、競って手に入れた書物や見た芝居が、嘘なのかと思ったのだが、その後ポツポツと、聞かれるままに答えたキャロラインの話に、それが盛られてない事を知った。
「わたくしのお父様は、皆で食事を取ることに致しましたのよ、お毒味の係もお父様の目の前で、配されたお皿の上から、一口取り分けられた物を、口に運んでおりましたの、わたくしもそれが良いと思いました。だって……別々だと可哀想ですの、次から次でしたもの」
「可哀想……、次でしたものから次!そんなに頻繁に」
少しばかり悲しみ話したキャロライン。
少しばかり驚き話を聞いたご令嬢達。
そして仲良くしたいのですとの話を王子が伝え聞き、感涙したという。
「ああ……やはり愛するキャロライン、私は妃は生涯、彼女一人と心に決めている」
その言葉がまたまたまた城内に流れて……マーガレット達は、側妃の立場に登る事は甚だ難しいとわかり、それ以降、条件の合うお方との婚礼話が、ぽつぽつと、進むようになっている。
☆☆☆☆☆
『城内では、痩身の為の運動はしないように、働く者達の仕事を邪魔をしてはなりません』
そう言われてしまっては致し方がなく、しかし場を探せばあるもので、礼拝堂ならば奉仕作業として、公に認められる事に気が付いたマーガレット達。
ここならば皆で集まり、どれだけ拭いても、誰も何も申しませんわ、神様に御奉仕ですものと、キャロラインにそう知恵を授けると、神官長に許可をとり集まっている次第。
何時もならば、先頭に立っているキャロラインが、心あらずな様子で、サワサワと力なく拭いている姿を、不審に思ったマーガレットが問いかけた。
「はう!いえ何でもございませんの……」
彼女の言葉に顔を赤らめるキャロライン。
「お顔がお赤い様ですわ、お熱でもあられるのでしょうか」
不審に思い手を止めそう話す。マーガレットのそれに気が付いた、他の令嬢達も側近くに寄ってきた。
「いえ……、な、何でもございませんの、本当ですの、はうう」
口々にどうされたのですか?と聞く令嬢達に、おっとりしながらも、歯切れのよいキャロラインらしからぬ、もごもごと、何かを思い出しながら応えていた。
ほわほわとした、蕩けるような桃色の空気が、キャロラインから放たれ広がる事に、お年頃のご令嬢達は、何かを察した。
彼女がそのような姿を見せるのは、初めての事だった。王子様とのあれやこれを、少しばかり聞いてみたいご令嬢達。しかしこれまで、気配を見せることは無いキャロライン。
「嘘か真か知らぬが……、キャロライン様はキスは手の甲らしいのだが、王子の戯言についていけぬ」
そうぼやいていた父親達の事を、マーガレット達は思い出していた。まさか……、ほんとに?どうして?小さい時より城での恋の駆け引きを、目にしている彼女達は、当然ながら耳年増である。
『王子様は……まさかの女性に興味がないとか?たまに庭師の彼と仲良く……きゃあ!男同士って…、まだ見たことございませんの!』
結婚するまでジョージの周りで、浮いた話等出てこない事から、彼女達はどうにかして目に止まろうとしつつ、ひそひそとそんな話を繰り広げていた。
……何かあられたのよ!そうに違いないわ!
マーガレット達の目がキラキラと輝いた。もじもじと恥ずかしそうに赤くなっているキャロライン。
こうして、聖なるやんごとなき場所で、ひそひそと、甘い乙女の話が始まったのである。