☆5話
ふぅぅぅん、やはりわたくしは、何かしら間違っているのかしら……。
困った様な顔をしていた王子を思い出し、悩ましい思いで胸が詰まっているキャロライン。問うた事に、返事はもらえず仕舞。吐息をつきつつ、しょんぼりとしてると、そこに来客の知らせが……アイリス夫人がてきぱきと室内に入る。
「ハバネラ様が、散策の途中にお寄りになられております」
「ハバネラ様がこちらに、直ぐにお通ししてちょうだいな」
生きていれば、キャロラインの亡き母親と同じ年頃の彼女は、先王の娘、現王の年離れた妹である。亡き母親と疎遠な関係だった彼女は、親身に話を聞いてくれるハバネラに母親を重ねるかのように懐いている。
ごきげんようと、側仕えの侍女を引き連れ入って来た彼女は、豊かなブルネットの髪を巻き結い上げている、深い緑色、白い襟、散策の為に裾短いドレスを着込んでいた。
「ごきげんよう、ハバネラ様」
立ち上がり礼を取るキャロライン。お顔を上げてと言われ素直に従う。柔らかい笑顔を向ける。それを受け取るハバネラ、そして……
ああ……、なんて可愛い!この清らかなそのもの生粋の乙女、まるで純粋培養の蜂蜜だわね!ああ、天使の様、このまま我が館に連れて帰りたいもの……
何やら邪な思いで向きうハバネラ。過去の理由により、独身を貫いている彼女。側仕え達はそれぞれにワケありの者達ばかり。無体な婚約破棄を突きつけられ、嫁ぎ先もなくなり、そして家にも居辛い、そういった行き先のない女性が多く仕えていた。
そして……、彼女はしれっとキャロラインに聞く。
「キャロライン、ネラと呼んでおくれ、それにどうされたのじゃ?何やら悩み事でもあるのかや?」
「ネラ様、おわかりになられるのですか?」
目を見開き問いかけるキャロライン。館に仕える者達を、情報収集の為に、あちらこちらに放っているハバネラ。当然ジョージ王子の悩み事も、議上での発言もしっかりと手に握っていた。
「可愛いキャロラインや。そのかわゆいお顔を見れば直ぐにわかると言うもの……どうしたのじゃ、このネラに申してみよ、力になろうぞ」
優しく問いかけるハバネラ。どうするか赤くなり恥ずかしく思うキャロライン。その姿を眺め彼女は思う。
……真っ事!かわゆいのぉ……ジョージ如きに渡すのは勿体ない!わらわに王子の一人でも授かっていたら……ああ!口惜しや!ウッドのきゃつめ!
扇を広げ口元を隠すハバネラ。向き合う彼女と出会った時を思い出しつつ、蜂蜜色の髪をしたキャロラインが、悩み相談を話し出すのをじっと待っていた。
☆☆☆☆☆
キャロラインが嫁いで来た折、挨拶をするべく彼女の館『乙女の園』に出向いたのが二人の始まりだった。
「ふむ……、蜂蜜色の髪に空色の瞳、そして丁度良いふくよかさ!柔らかそうで良い!太っておられるとお聞きししていたが?お痩せに!んまぁぁ!わざわざジョージごときの為に、頑張るとは!なんという健気な、気に入りもうした!仲良うしてたもれ」
妖艶と言う言葉が当てはまる、館の主、ハバネラ・クリスティン・ローランド姫。彼女を見るなり、ひと目で心を奪われる。よろしくお願いいたします、ハバネラ様と口上を述べた彼女、
「ハバネラ様等と、わらわとは身内、ネラ……と呼んでくれたもう、それにしても……かわゆいのぉ……誠にかわゆし」
彼女とっときの茶葉でもてなし、他愛のない話をし終えると、キャロラインは帰ってしまった。未だかつてない楽しい時を過ごしたハバネラは、寂しくてならない。思い立ったら即日が信条の彼女は、自分の気持ちに正直に動いた。
館からほぼ散策以外、表に出ぬ彼女、早速、現王である兄に手紙を出したのだ。
『兄上、気に入った。あの姫を、わらわにくれたもう』
「なんだ……?ネラ、阿呆か!人形か何かと間違ごうておるのか、」
このうつけ、その言葉と共に手紙は送り返された。この……兄上!ギリギリと、彼女が歯ぎしりをしたのは言うまでもない。元からあちらこちらに、忍びの者達を送り込んでいたハバネラ。うつけはともかく、阿呆と言われた事もしっかりと小耳にはさんでいた。
しかし情報を手に入れ、それを悪用をし事を起こそうという気は更々ない、ただ膨大とも思える、孤独で退屈で暇な時間を、ただ潰すべく行っているだけの彼女。
だめだと言われれば欲しくなるのが人情……。それ以降どうやって彼女を手の内に入れるか、その事にハバネラは、日々をついやしている。
おかげで今は退屈することも無く、張り合いのある時を過ごしていた。
☆☆☆☆☆
「……ふぬ、そうかそうか、ジョージがのぉ、そなたも心配であろう、おなごの心を痛めるとは!なんたる腑抜けじゃ!ウッドと変わらぬ輩じゃ!」
もじもじとしながら話をしたキャロライン。ふむふむと聞いたハバネラ。愛しい彼女が全てのハバネラは、つけつけとジョージをこき下ろした。
「わらわを愛しているとか、ほざいておったきゃつも、いざとなったら……、そうか、そうか……そなたの想いが足りぬと言う事ではないぞ」
「では……なぜなのでしょうか?王子様は……その、わたくしを愛していらっしゃらないとでも?」
目に浮かぶ涙をこらえるキャロライン。
「そのような事は無いと思うぞよ、アレはそなたの為に日々た……コホン、鍛錬をしておったのだから、憚りものう、妻は天上天下唯一無二、だだひとりとかほざいておるからの」
夫婦仲の邪魔をしたいと願いつつも、彼女が哀しむ事はしたくないという矛盾と戦うハバネラ。
「だだひとり……まぁ……わたくしだけだなんて……嬉しゅうございます」
王族の寵姫達のやり取りを目の前にし、育ってきたキャロラインは、ハバネラが話した、ただ一人という言葉に王子からの愛の深さを読み取り、頬を赤らめ喜んでいる。
……くぅぅぅ!上手くいかぬものじゃ!ああ……われの館にて、誰の手にも触れさすことなく……可愛がって暮らしたいのぉ……さて、どうやろうか……その為には少しばかり、キャロラインを泣かせる事になるのじゃが……
前王の娘、現王の妹姫、ハバネラ、人は彼女の事をこう言う。
黒い大輪の華、乙女の館に住まう、茨の使いの姫。
それは何を意味するかは、一部の者たちしか知らない。そして……
彼女の愛欲に満ちた計画が、静かに、密やかに動き出していた。