表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

☆3話

 平和、それが穏やかに国を染め上げている。王子は些か後悔をしていた。皇太子たるもの、あの様な発言は……あの席で、相応しく無かっかと……しかし彼は、


 少しばかり切羽詰まっていたのだ。()()()において、先輩たる彼らに教えを請いたかったのだ。


 知らぬことは教えを乞え、上に立つ者は頭を垂れろとの、教えの元に育ったジョージ、なので意を決し問うてみたのだが……。


 結果は、信じて貰えなかった……。大きく溜息をついた。鈴の音の様な声で案じる言葉がかかる。


「王子様?どうされましたの?何かご心配な事でも?」


 午後のお茶をするべくジョージ王子は、愛妻キャロラインの元へと来ていたからだ。蜂蜜色の髪をふわりと結い上げ、花の髪飾り、青い空色の瞳は澄み、純真無垢そのもの。


 なんでもないと答える彼、お茶を一口含んだ。そうですの、これ美味しいですわね、あまり食べすぎると、元に戻ってしまいそうですわ、と菓子皿から、焼き菓子を摘んで食べるキャロライン。他愛のない笑顔を彼にむけている。


 ……、可愛いな……太っていた時も可愛いかったけど、私との婚儀の為に痩せて、頑張ったと言っていた。ああ……なんと健気な、本当に可愛い、愛おしいな……、うう、意味もなく抱きしめたいけど、いや!意味はある!だけどいきなりは、驚くだろうな、


 ああ……私はなんたる不純なのだろうか。こんな事ではいけない。だから!彼女に良からぬ噂が立つのだ。私がしっかりしなくては!年寄りに、しのごの言わせてはいけない!


 純真無垢、清らかそのものの彼女と、視線を合わせながら、愚痴めいた事を思い、煩悩の囁きを押し殺し、叱咤激励を己に掛ける彼。


 香り高い花の香りのお茶を、彼女と共に味わう、甘さを入れなくても、彼は、キャロラインの幸せそうな顔を見ているだけで、熱く……そして蕩けるもので胸が溢れる。


「あ……」


 王子様も召し上がれと話をし、食べていたキャロライン、手にしていた、さっくりとした焼き菓子が、壊れて大きな欠片が床に落ちた。いけませんわ!と慌ててそれを拾い上げる彼女。またか!と身構えるジョージ。


「ふーふーふー、とすればきっと大丈夫ですの、お部屋ですもの」


「だめ!ちょっと待ちなさい!床や地面に落ちたのは、庭に来る小鳥の餌にすれば良いのだから、食べちゃダメ!私達の口にする物は、多くの人の手により届けられる、だから拾うのは当然だ、しかしそれを食べていいのは、あくまでも膝に置かれたナフキン、或いはテーブルの上の事、地面や床はダメ!」


「ふぅぅ……王子様、わかりました。何回言われても、つい勿体ないと思ってしまい……気をつけますわ。アイリス、これをお庭の小鳥の餌台に」


 速攻でビシ!と止められるのは何時もの事。しょんぼりとし、謝りつつそれを手渡す彼女、ジョージ王子はホッとし、再びお茶を飲みながら、初めて出逢った時を、ふと思い出した。


 それは父上が開かれた茶会だったか……。この国に王と王妃と共に、そう、アイリス夫人に手を引かれやって来た……。


 焼き菓子をひとつ摘む、口元に寄せると香ばしく甘い香りがした。


 記憶がふわりと蘇る。


 ☆☆☆☆☆


「パルカの王女、キャロライン・マリア・オースチン姫だ、ジョージ、仲良うにな」


 末のアリアネッサよりも、いくつか年下だったかの、と父王が隣国の王に問いかけていた。少年だったジョージは、教えられている通りに、彼女に礼を取り挨拶を交わした。


「はじめまして、マリア・オースチン嬢、ジョージ・アントニウス・ド・ヘンリーともうします」


 それに対してこくんとひとつ頷く少女は、まだまだ幼く、彼はふあふあなメレンゲ菓子みたいだな、とその時はそう思うにとどまった。


 ……それから幾度か両国の間で、非公式に茶会が開かれた、両国の絆を深める為に、婚約話が持ち上がっていたからだ。


 その日は、花々が咲き乱れる庭園でのお茶会が開かれていた。両国の王妃が、互いに牽制する様に意匠を凝らした装いで、張り合っている。アリアネッサの母親が、気を配り客人のもてなしを、一手に引き受けていた。


「アリアネッサや、ドローシアは?」


「今日は館でお留守ですのよ、殿下、キャロライン様のおもてなしをなさいませ」


 自分の母親である王妃に聞いても、無駄だとわかっていたジョージは、アリアネッサの母親にそう聞いた。大人ばかりの中で少しばかり飽いてきたからだ。忙しくしている彼女に言われて、わかりましたと答えると、キャロラインの幼い姿を探す。


 ……、あれ?さっきまでは椅子に座って焼き菓子を食べていたのに、どこにいったのかな?


 キョロキョロとしながら、大人の輪を離れて行くと、花の植え込みの側にしゃがみ込み、何か覗き込んでいる彼女を見つけた。


「何をされてるのですか?」


 驚かさぬ様に、そろりと聞くとハッとして振り向く青の瞳。花咲く今日の空の様に、穏やかに澄んでいるそれにどきどきとしたジョージ。対してキャロラインは片手に焼き菓子を持ち、空いている手の人差し指を立てると、しー、とぷっくりとした、さくらんぼの様な唇に当てる。


「にげちゃう」


 そう言うと、顔を元に戻すと、大きな葉の下を首を傾げて眺めている。なんだろうと思った彼は同じ様に側にしゃがみ込み、覗き込んで見ると……


「ああ、これはメクラ蜂なのですよ、このくにの鉱山の中に巣をつくるんです。おとなしくてきれいな蜂でしょう?」


「うごかないの、どうして?」


 葉の裏で、薄翠の大きな羽を持つメクラ蜂は、その羽を畳んでじっとしている。


「この蜂は強い光によわいのです。昼間はこうして眠ってるのですよ」


「おうちにはいつかえるの?」


 珍しい話に、目を丸くして可愛く聞いてくるキャロライン、ジョージは丁寧に質問に答える。


「え、と。お日さまがのぼる前に、おうちを出て蜜を集めます。そして昼間は寝て、夕方お日さまが沈むころにおうちにかえるのです」


「おうちはどこにあるの?」


「蓄光石がとれる岩山の中ですよ」


「すごいのです。いわやまのなか……おうじさまは、よく知っていておられて、とってもおえらいのです」


 おえらいのです……あどけなくそう言われて、急に気恥ずかしくなったジョージ王子、しばらく二人でメクラ蜂を見ていた。そよそよと風か吹くと、紗の様な薄翠色の羽がチロチロと動いていた。


 何か他愛のない話をしていたと思うのだが、その後の出来事が衝撃過ぎて、よく覚えていない彼。記憶が少しだけ、先に進んだ。




「いっぱい見ました……お花をみたいのです」


 そう言うと、飽いたのか立ち上がり、パッと駆け出したキャロライン。長い間しゃがみ込んでいたのが災い、数歩駆けた所でパタリと転んでしまう。


「ひ!姫!大丈夫ですか!」


 慌てて彼女に駆け寄るジョージ。


「えへへ、だいじょうぶなのです……あ!あったのです」


 王子の手を取り起き上がると、恥ずかしそうに笑いながら言うキャロライン、そして……キョロキョロと落とした菓子を探し見つけると、近くに転がったそれを拾った、そして……


「ごみはついてないのです。ふーふーふー、したら、だいじょうぶです、お菓子もおどくみをする人がいて、だからだいじなのです」


 そう言うと、ふーふーふーと息をかけ、菓子を口に運ぼうとした彼女!二人を見守っていた乳母のアイリス夫人が、息を呑む!


「ひ!お、お止めして下さいまし!」


 突然の珍行動に唖然としていた王子も、辺りを憚る様な声を聞き、察すると柔らかな手首を握る。


「ち、ちょぉぉとぉ!おまちなさい!そ、それはたしかにそうです。毒味係は命をとして、お役目を果たしてます。大事なのは……でも地面に落ちたのは……、いけません!」


「れも、とってもだいじなのれす……」


 驚き、そして青の瞳に、うるうると涙を浮かべるキャロライン。王子は何かないかと周囲を見渡し、涙をとめようとした。


「お菓子は、そのお菓子は……そう、それは小鳥に上げましょう、小鳥も……ほら!お腹が空いているみたいですよ、見てください」


 庭に置かれている、小鳥の為の餌台を指差したジョージ。丁度空のそこに数羽の小鳥が、ちゅぴちゅぴと羽を休めに降りてきていた。


 ☆☆☆☆☆


 ……、そう……あの日から気になって気になって……あの姫大丈夫なのか?と、まさか自分の城でも、落としたのを食べてるんじゃないかと、心配で心配で……。


「王子様、どうされましたの?」


 物思いに耽っていた彼は、愛しい声に現実に戻った。


「なんでもない、少しばかり考え事」


「先程もそうでしたの、それに最近、よく考え事をされていて、どうされましたの?」


 王子の返事に、キャロラインは物思う事があり、少しばかり泣きそうな心持ちで問いかける、王子の悩み事の原因が自分だとは、夢にも思わないうぶな彼女。


 そんな彼女に、優しく笑顔を向けるジョージ、それにホッとして、花開く様に笑う。ああ……可愛い。彼はキャロラインに、見事な程に骨抜きになっていた。


 甘やかな空気が産まれる。気を利かせ、部屋に居あわせていた側仕え達が、静かに部屋を出ていく。


 困ったな、とジョージ王子は思う。清らかで、無邪気で柔らかな姿が目の前にいる。



挿絵(By みてみん)


 ©砂臥環様


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおう、なにげにマックロウ・ブロッサムさまの作品にリンクしてる!? ニクい演出ですのー!! 王子さまキャロラインたんにメロメロですねぇ……かわいくて癒されます。でも……どうするんだろう……
[一言] 何て良い夫婦なんだ( ˘ω˘ ) ずっと見守っていたい( ˘ω˘ )
[一言] しかし、これを王子一人に何とかしろというのは無理難題もいいところでしょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ