☆20話
少し考えたい事がありますから、と侍女達を下がらせ、用意された客間で、独り安楽椅子に座っているキャロライン。飾られた花の香りが甘く漂う中、別れ際のジョージの顔を、幾度も思い出していた。
まるで親に捨てられたお子様の様な……、あら、なんでしょう……、かわいいと思いましてよ。失礼にも程がありましてよ。いけません。はしたないですわ。王子様がわたくしに何時も『かわいい』と仰られるのは……、
「わたくしはそんなに子供なのでしょうか、お義母様の様に愛するお方を、お支えする事は……出来ないのかしら」
ポツリと呟く。祖国で後妻だが、父母の仲睦まじい姿を、見ていた彼女はチクチクと胸を痛める、ため息ばかりが出てきてしまう。ジョージが側にいれば、そんなことは無いと即座に言うのだが、一人きりの今、悩みを拗れにこじれさしているキャロライン。
……コツン!
「何かしら?今なにか当たる音がしましてよ」
ドキン、とする。誰か、と呼ぼうとして、思い留まるキャロライン。少しばかり考えてみれば、ここは城内の中でも最も奥深い場所、そして難攻不落と言われているハバネラの館。
……、悪いお方は来るはずもなくてよ、何かしら?夜更け鳥が、バルコニーに、遊びにでも来たのかしら?
立ち上がり、背の高いアーチ型の両開きの窓に近づいた。キィ……と左右に開く、冷たい夜風に花の香りが混ざっていた。
キャロラインと、彼女を呼ぶ優しい声もそれに、密やかに入り込んでいた。
「まあ、ここは男子禁制でしてよ、王子様」
誰かに見つかりでもしたら、と案じると、見上げてくる王子に、直ぐに立ち去るよう話すキャロライン。
「嫌だ、帰るならば君と一緒だ」
「子供の様な事を仰らないで下さいまし」
どきどきとしながら、王子に答える。
「子供だ!君がいないと……私は泣きたくなって、何にも出来ない」
「そんなことはございませんわ、王子様は何でもご存知で……、無知なわたくしは……、相応しくありませんの」
バルコニーの上と下でやり取りを交わす二人。
「私もまだ至らぬ、知らぬ事の方が多い」
本人は至って真面目に話しているのだが、側控えている彼は、知らぬ事が多い……その言葉に対して、不謹慎な笑いをこらえるのに、全神経を使っている。
……、そうそう、一応ご経験は踏んではおられますが、回数は……まだまだですからねぇ、だから時には……、大丈夫な店にご案内致しますから、遊びに行きましょうと、お誘いいたしましたのに……。
女の扱いがもう少し達者ならば、今の状況に陥っていない、と思う彼。ジレジレと留まる帰ろうと、進まぬ話を繰り返す二人。
頑なになり、帰らぬと言うキャロライン。
連れて帰ると駄々をこねる様なジョージ。
そして……、彼女が案じた事が、部屋に来てしまった。人払いをしていても、それはキャロラインに仕える者達、ここの主であるハバネラに拒む事は出来ない。先触れも無く、儀礼的なノックの後、姿を表したハバネラ。
「気分はどうじゃ?キャロラインや?寝酒は試した事はあるかや?夜風は身体に悪いぞよ、ん!誰と話しておる?」
開かれた窓に気が付くハバネラ。それに少しばかり気が付くのが遅れたキャロライン。慌ててジョージに隠れる様声を出したのだが、時は既に遅かった。
「やや!男子禁制の場に!盗人か!」
ツカツカとドレスの裾をさばき、キャロラインの背後に近づいたハバネラ。肩に両手を置くと、覗き込み鋭い声を出す。
……、ああ!どうすれば、どうすればよいのかしら?
このままだと、王子様に罪科が……彼女は持てる限りの知識で、この場を収めようと考える。眼下では逃げも隠れもしないジョージの姿。
「妾の庭の花を盗みに来たのかや!」
叱責が飛ぶ。その言葉に、ふと思いついた彼女。ここは祖国では無い。風習は通じぬかもしれない、でも……言葉をまとめ、深呼吸をし、落ち着きを作ると行動に出た。
「ハバネラ様、少しばかりよろしいでしょうか」
なんじゃ、かわいいキャロラインや。と彼女に甘い、ハバネラは気さくに応じる。
「王子様においては、この度のこと、わたくしの願いに、沿うてくれた事なのですの」
両手を離され、身体が自由になったキャロライン、礼に乗っ取りお辞儀を済ませた後、そう述べる。
「なんじゃ?そなたの望みとな」
「はい、祖国の婚姻の風習なのです、わたくしの祖国では、殿方が館に忍び込み、花嫁を盗むのですわ、わたくし……とてもそれに憧れてましたの、ですから、王子様にわたくしを盗んでと、お願い申し上げましたの」
少しばかり青ざめながら、懸命に話をするキャロライン、そんな彼女にハバネラは。
「ここは……そなたの祖国ではない、それに婚礼をすましておろ、子供みたいな我儘を言うでない」
「申し訳ございません。わたくしはまだ子供ですわ、ですから……ハバネラ様、もしも……幼子が心から謝れば、ハバネラ様はどうなされます?」
「そうさな、一度だけ許してつかわそうぞ、どの様な事でもな、その代わり二度目は鞭打ちじゃ!」
その言葉に、深く頭を下げ、許しを願うキャロライン。
……許すのはよいのじゃが……、なんか物足りぬ。
その金色色の髪を見ながら、少しばかり面白くないハバネラ。それを満たす為に、ハラハラとしながら音沙汰を待つジョージに言う。
「ジョージや!キャロラインは、ここでそなたの命乞いをしておるぞよ!そなたは愛する女に、におんぶに抱っこかや?」
「キャロライン!私は何をすれば!叔母上!」
ほーほほほ!のってきおった。とほくそ笑みながら、キャロラインをそのままに、ジョージに顔を向ける彼女。
「そこで土下座をせい!それで今回の事は不問に伏す、キャロラインを何処なりとも盗んでいけい!痴れ者!」
ハバネラの言葉に、躊躇なく土下座をし、深々と額を地面につけるジョージ。
ハバネラの言葉を聞き、ああ……王子様と、涙が浮かんで来るキャロライン。
良いのぉ!若いのがひれ伏すのは……、と満足そうに甥っ子を見下すハバネラ。
そして……キャロラインはその後バルコニーをよじ登る許可を得たジョージにより、ハバネラの監視の元、館より無事に盗み出されたのであった。
☆☆☆☆☆
空が少しばかり明けの時が来ているのか、漆黒が蕩けるように色がかわる。直にメクラ蜂の姿が空を、木々の中を、花咲く大地に現れる。
庭園の庭木の中を、ポクポクと馬が進む。ジョージの胸に寄り添うキャロラインは、婚礼の時を思い出しどきどきとしている。そしてジョージといえば。
事を終えるのに、どれだけ時間がかかるのか……と下世話な事で頭がいっぱい。些か、ぽぅぅぅう……となりつつ、キャロラインを連れ、自分に与えられている館へと戻ってきた。
少しばかり緊張をし、先に馬から降りると、愛しの妻に手を伸ばす。これからの展開、マーガレット達から仕込んだあれこれが頭に蘇り、ぐるぐる……知らぬ世界が回っているキャロライン。
少しばかり怖い、ジョージに対してそう思ってしまう。介添を受け地に降りると、身体が無意識に、側に立つジョージから離れようと動いてしまう。
強引にいけと言われてはいるが……どうしようかと、この後に及んで悩むジョージ。そんな彼に神様が救いの手を、差し出された。
きゃっ!と声を上げて、首をすくめるキャロライン。慌ててどうした?と一歩前に出た。
「何か……髪に、王子様、なんなのです?取ってくださいまし」
そう言いジョージに身を寄せるキャロライン。彼が見れば髪に、美しい羽色のメクラ蜂が止まっている。
「メクラ蜂だよ、大丈夫。彼らは大人しいから」
そう言うと、キャロラインを片腕で包み込み、止まったキューピットを空へと誘う。
「怖いのです、なぜ……わたくしに止まったのですの?」
「それは……きっと君の髪が、蜂蜜色していたからかも……甘くて美味しそうだと思ったんだよ、きっと……」
甘い……キャロラインが、腕の中でそのまま動かす呟く。
いい……ジョージは、この世の幸せを満喫している。
キラキラと光りながら飛ぶメクラ蜂の姿が、あちらこちらに見え隠れし始めた。部屋に入ろうと、ジョージが声をかけた時……。腕の中から声がした。
「……美味しゅう御座いませんわ、きっとうさぎさんは……作法も知りませんもの。練習出来ませんでしたから……なので、美味しゅう御座いません、それでもよろしくて?」
突然の告白であった……。はい?練習……なんの?と聞き返したいジョージ、作法、うさぎ……真っ赤になりつつ話すキャロライン、言葉の欠片を拾い集める。彼女の言わん事を察する。
練習!なんの!は?練習……虚耐えるジョージ。
「そ!そんなこと、な、ならば私も練習不足……い、いや!そ、そんな事は気にしなくていい」
「本当に?」
甘い声で見上げてくるキャロライン。
「本当に!」
力強く言い、抱きしめるジョージ。
ほのぼのと明ける空。チロチロと羽根を動かし飛ぶ、メクラ蜂達。
夜明けの風がふわりと吹く、冷たいそれにジョージは寒くない?と聞いた後で……
キスしていい?とは聞かずに、
愛するキャロラインと、甘い甘い蕩けるようなキスを……少々長ぁぁぁく!交わしたのでした。
そう、とっても長かった為に、その後……
キャロラインに、キスが途中からとっても苦しくて、もうわたくしは大変でしたのよと、ふわりとした白い羽根の中で、やんわり責められたのは……
二人だけの秘密なのです。
終わり。
ここまで、お付き合い頂きありがとうございました。
誤字脱字報告ありがとうございます。感謝してもしきれません。m(__)m
ありがとうございます。




