☆2話
「赤子はどこから来るものだと思っていた?」
静かな部屋に響く言葉、し……ん、とする。皆息を飲んだ。ゴクリと飲む音がする。
……新婚惚けをしておられるのか?そう言えば聞いた話によると、ご自分の館には、キャロライン様とお食事を取るために帰られ、午後のお茶やお休みになられるのは、キャロライン様の元とか。まさか、夜の連勤並びにご奉仕に、はや飽きが来ておられる?
いやぁ!まさかその様な事は……しかしわからぬぞ、何しろお二人はお若いゆえに、始めちょいちょい、中ぱっぱ、あとはゆるりと楽しんでとはいかぬかもしれない。
などと甚だ失礼な事を考える壮年、中年、老年を迎えている重鎮達。返事の仕様が無く、顔を見合わせ押し黙っていると、先に進言をした者に答えよと仰せが出る。
「その方答えよ」
「……、はい……そ、それは、その、つまり、夫婦の営みについてはその……、まだ日が高うございますゆえ、あの、つまりは!王族は、龍が運ぶと言われております!」
逃げの一手を打った。ざわつく一同。首をひとつ振ると他にはないかと問いかける王子。先に話した彼に、同意をしていた貴族の一人を指名する。
「は!はい……そのですな、何事も根をお詰めになられるのは、いけぬかと存じ上げます。我が息子にも教えたのですが、はじめはゆるりと中程に燃え上がり、後々余韻を楽しむのが、はっ!失礼な事を……し、白き翼の生えた馬が運んで来ると……お聞きしております」
はぁぁ……と溜息をつくジョージ王子。次!と指差し答えを求める。皇太子妃の事について、意見をする事に同調していた者達は深く後悔をしていた。王子が指し示す者に狂いは無いからだ。
「は!そ、それは……その……つ、つまりは、相性というものがあるかと思うのですが、私めと妻はそれはもう、隙間なくぴったりと仲良く……、その結果、嫡子と娘三人に恵まれ……、は!失礼いたしました。その……そうそう!妖精がラフの果実に口付けをし、その果実を花嫁がお召し上がりになられると、身籠られると、お伽話を読んだ事がございます」
その答えに王子は大きく頷いた。そして重々しく話す。
「そう……そうなのだ。恥を偲んで話そう、我が妃の潔白につながる故に、そうなのだ、そうなのだよ」
「何がそうなのだ?王子よ……答えよ」
意味がわからぬ王は、同じくきょとんとして顔を見合わせている者達にも、わかる様に話せと声をかけた。
「父上、我が妻キャロラインは……赤子は、ラフの果実のお伽話を信じているのですよ、嘘だと思われるやも知れません、が!本当なのです、清らかで無垢な彼女はお伽話を信じているのですよ」
はぁぁと悩ましく吐息をつき告白をした息子、まさかそのような事はあるまい、と笑い飛ばした父。硬く重苦しい室内が、一挙に柔らかくとき解されて行く。
「本当なのです!き……キスしていいと聞けば手を差し出して来るのです、なのでどうしたら……父上にお聞きいたしますが、どの様に母上と、あの、そのきっかけをお作りになられたのですか」
切羽詰まっている彼は、真剣に聞いたのだが……、
「ハッハッハ!何をおぼこな事を、そなた達の仲睦まじさは、国中に響いておるというのに、なんだ?喧嘩のひとつでもしたのか?」
相手にしてもらえない。
「キャロラインとは、喧嘩にはなりません。彼女は穏やかで可愛くて、優しく、そして知らぬ事は、逐一私に聞き教えると、それがどんなに下らぬ事でも、よく知っていると褒めてくれ……でも、本当なのです、その……本当に信じていて」
思いっきり惚気話になっている事に、気が付かぬジョージ王子に、父である王は笑いながら、これこれ、会議の席だぞ!とやんわり嗜めるにとどまった。
「そうかそうか、仲良き事は良いことだ。皆の者も分かったであろう、お伽話を信じておる皇太子妃に、やましい事は無い。そうであろう?」
話を締めにはいる王の言葉に、御意でございます、と重鎮達は声を揃えた。
☆☆☆☆☆
王が王子を伴い部屋から退出をした。ひと仕事終えた空気が産まれ、席を立ち部屋を出るもの、ザワザワと話を交わし始める者とそれぞれに分かれる。
そそくさと部屋を出た者達は、そのまま庭に出ると、散策をしつつ良からぬ話で盛り上がる。
「いやあ……全く殿下も喰えぬお方じゃ」
「そうそう、知らぬ事などあるまいに……お伽話を信じてとは!まんまと煙に巻かれたの」
「何かお気づきになられて、先をお考えになられているのに違いない!困ったものだぞ!我が家のはすっかり皇太子妃様に影響を受けてしまい……」
「はぁぁ、我の家とて変わらぬ、全く深層の娘が、はしたないのにも程がある!流石は盗賊の国の姫ぞ!きっとまやかしのひとつや二つ、心得ているのに違いない」
ひそひそと愚痴めいた事をささやく一部の重鎮達。深い溜息をつく、自分達程、この国の行く末を考えていると、信じて疑わないおつむりをしている。
さわさわと葉擦れの音が広がる。庭師が独り、つばの広い帽子を目深に被り、花を植え込んである場所の手入れをしていた。
「それにしても……、この先どうする?陛下はもちろん、殿下も穏やかそうな見かけとは違い……、我らの顔を覚えたに違いない」
草をむしる庭師等気に求めない彼ら、少しばかり声音が高くなっている。
「今日のところは一度引いておこう、何か事が起これば……その時に」
「そうだな……、で、離宮に静養なされる王妃様の事だが……」
調べてみたのだがな、とその場で引き続き、嘘か誠かわからぬ話が始まる。しゃがんで作業をしていた庭師が、重さを感じさせぬ動きで立ち上がった。静かにその場を離れる。
ぺちゃくちゃと話している彼らは気が付かない。土にまみれる下人など、気にならないからだろうか、
それとも……
立ち上がる時も、大きく一歩を踏み出す時も、歩いてこの場を離れる時でさえ……、音せぬ身のこなしの彼だからだろうか。
……全く……、どんなおつむりをしてやがるんだか?
庭師の男は爺さん達は、どいつもこいつもろくでもねえなと思いつつ、彼が忠誠を誓う主の元へ上がるべく、身支度を整えに与えられた自室へと向かった。