☆18話
思わぬ妻の言葉に呆然としているジョージ。部屋の中は水を打った様に静まる。
……、面白くなってきたのぉ、ここは高みの見物としようかの。
扇に顔を隠して、夫から顔をあらか様にそむける妻、キャロライン。マーガレットは、どう取りなせば良いのか分からず、オロオロとしている。声を出そうとするのを、ハバネラが視線一つで黙らせた。
「どうしてそんな事を……もしや、あの事で、私を厭うていらっしゃるのか」
恐る恐る思い当たる事を問いかけるジョージ。
「なんの事ですの」
突っぱねるキャロライン。
「何も知らぬ貴方に、私は……」
そう言うと、言葉を途切らせ、彼はゴクリと言葉を飲み込んだ。不謹慎にも、何かを一心に思い詰めている、キャロラインの大人びた横顔に、見惚れてしまったのだ。
いかん!今は彼女に誠心誠意詫びればならぬと、思い切る彼。一方キャロラインといえば、
……、わたくしは皇太子妃として、なんという力のなさ、仮にも一国の王女として育ったのにも関わらず、世間知らずもいいところですわ。情けないったら……王子様には相応しゅうございませんの。
今回の事により、深く思い悩む彼女。王子の甘く見つめる視線に気が付く事はない。気がついているのは、二人を除くこの部屋に居合わせる者達。
何やら面白そうな雰囲気を醸し出している二人に、生暖かく眺めている。
「わたくしは何も知りませんでしたの、仮にも一国皇太子妃ですのに、ですから、しばらくは……お会いいたしません」
キャロラインは取り敢えず、今学んでいる政務や皇太子妃としてのお勤めの内容を、もっとしっかりと学ぼうと、そして自分に自信がついたら……それまでは、と決意をしている。
「は!何を突然!知らぬ事ならば、共に学んで行けば良いことでしょう」
王子は彼女の深い悩みに気がついていない。
「共に学ぶ。王子様はご立派でしてよ。何でも知ってらっしゃる大人ですわ、それに比べたらわたくしなんて……」
ほんの子供ですの。と小さく呟く。
「私も全てを知っているとは、思っていない、むしろ経験不足だと日々思っている」
王子はなんとかしようと、言葉を繰り出す。『経験不足』、『知らない』その言葉をキャロラインは、世間的な知識の言葉に取り、事情を知っている者は『閨事』の事として捉えた。
ハバネラがウズウズとし、混ぜ返しに入る。黙っている事に耐えきれなくなったのだ。
「ほほう……、子供の様なキャロラインがお好きとな」
突然の叔母の言葉に応えるジョージ。
「ええ、清らかで無垢で、それなのに私は……」
あの夜の涙を思い出す、罪悪感でいっぱいになる彼。
「ほほう……、じゃそうだが、キャロラインや、ラフの実はどう思うかの?」
突然の問いかけに怪訝に思いつつ、応えるキャロライン。
「お伽噺でしてよ、夫婦の契を行わない限り、赤子は来ません、わたくしそこまで、もの知らずではありません事よ」
少しばかり虚勢をはり、素っ気なく答えて終わらすキャロライン。面白そうに受け取るハバネラ。
「ほほう……いつの間にやら大人になったのぉ………ということは、ジョージの好みから外れたのかや、ならば妾が引き取ってやろう」
そう言うと、彼女はキャロラインに近づくと、さっ、こんな男など捨ておいて館へ帰ろうぞと、誘う。それに即座に、はい、ハバネラ様と受けた彼女。
「と!言う訳じゃ!」
「ちょっと待ってくれ!キャロライン!」
王子はおおよそ普段の彼女に相応しくない、ぶっきらぼうな口調に驚くより、内容に目を見開く思いになり、思わず大声で引き止めた。
……、ちょっと待て何があったのだ。あの夜の事からそんなに、時は経っていないぞ!キスしたら驚いて、泣いていたのたが。何処で知ったのか?ま、まさか!
「なんじゃ?女の尻を追う男は惨めじゃぞよ」
彼女の代わりに答えたハバネラ。もう心の中は大聖堂の鐘が鳴り響く如く、わくわくとしている。
「その……ラフの実の話なのだが……その……何処で知ったのか聞きたい」
少しばかり慌てふためく様子でジョージは問いかけた。
「どこででも、良い事で御座いましてよ。しばらくはわたくし、ハバネラ様の元で学びたいと思いますの」
そう返すキャロライン。
「叔母上のところでとな!」
何時もの穏やかな姿は何処にやら。嗜みを忘れているジョージの声や顔つき。それをキャロラインは静かに見つめる。
そして……扇を畳むと、きちんと向き合い深々と頭を下げる。
「ここならば男子はご禁制ですから……、しばらく考えとう御座います。わたくしの館に籠ればまた、口さが無い者たちに、何か言われるやもしれませんもの。少しばかり気をつける事にいたしましたの。では、失礼いたしますわ、王子様」




