☆17話
なんでこうなったのか……ジョージは頭を抱え、その場にうずくまりたくなっていた。マーガレットの背に隠れる様に立つ、愛しのキャロライン。
その頬には涙の流れた跡がある。ジョージはすぐにでも抱きしめ、彼女を悲しみの湖から救い出そうと、したいところなのだが。
「わたくしは王子様に、相応しゅうございませんの、お帰りになってくださいませ」
は?最初は意味が解らず、呆けた顔をしてしまっていた。何事が起きたのかとハバネラに顔を向け、ひれ伏しているウッドに向け、立礼をしているエドワードを……、もちろんマーガレット始め誰も何も声を出さない。
キャロラインの言葉には、しっかりとした意識が、か細い声に込められおり、彼は初めて彼女の拒絶に出逢ったのである。
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「遅かったの、馬場で無様に醜態を顕にし、それをよりも寄って、キャロラインの罪科に取られるとは、お主それでも夫かや?全てを知っておるのであろ?ん?」
言葉の礫を思いっきり尖らせて、ジョージにぶつけて行くハバネラ。彼女はもう一息で、玩具が手に入りそうなので、ウキウキとしているのである。
「はい、全ては叔母上が思ってらっしゃる通りにて、ございます、スペアレフ・ウッド・フォースティン殿、例のことは、父上には伝えておらぬ、さあ、どうする、答えをここで出せ」
眉を潜めて不快に思う顔を作るジョージ。身を小さくしている彼に言い切れば、青ざめたマーガレットが、すがる様な視線をババネラに送る。
「答えは出ておろ、とっとと息子に、当主の座を明け渡せば済む」
扇で顔を隠しながら、そう案を出すハバネラ。
「息子に……」
呟く哀れなウッド・フォースティン、即座に決めれば今回のことは、胸に収めてやると無言の圧をかける王子。キャロラインは、ジョージの知らぬ顔を初めて目にした。
そこには妻に対して、優しいばかりの顔を見せている夫のそれではない。王族として自らを律した、誇り高き身分ある者の振る舞いと、厳しさと、温情。
……、わたくしは相応しくありません。なんて情ないのでしょう……、こんなわたくしですから、マーガレットの父親に悪心を抱かせたのですわ。
黙ったままで、やり取りを見ているキャロライン。
「わかりました。では一度館に帰り、相続の手続きに入りとうございます。そしてこの度の事は、私の穢れた想いに取り込まれたからでございます、殿下並びに妃殿下には……、申し訳ありません!」
そう言うと蛙が四肢を広げてぺったりと、床に張り付いた様に剥げ上がった額を、大理石にグググっと押し付けた。
「……そうか、それならば……今回の事は特別に罪科は追求せぬ!嫡男も負い目を感じる事はない、私に忠誠を誓え、そう伝えろ……、そしてそなたの処遇だが」
彼を見下ろし寺にでも行けとしめようとした時、ハバネラが割って入る。
「ちょっとまちゃ!出家さすのかや?これはそれなりに身分が高い故、寺坊主になっても、下手に力を持つかもしれぬ、仮にも謀反を企んだ大罪人じゃ、どうかと思うのだが……」
「はい?では叔母上、地下牢に幽閉か……それとも父上に進言しろとでも?」
二人のやり取りに、マーガレットが小さな悲鳴を上げる。側にいるキャロラインに命ばかりは、と小さく囁いた。
わたくし、出来るかしら。このままではマーガレットのお父様が……彼女は心を高めて、夫に向かい声をかけた。
「王子様、今回事は全てはわたくしが、至らないからですわ、なので罰はわたくしがお受けいたしましょう、なので彼に、ご厚情をお与え下さいまし」
一歩前に出、ドレスの裾を引いて深々と頭を下げ、助命を願い出るキャロライン。千載一遇のこの時をハバネラは逃さない。
「キャロライン、そなたは何も悪うない、どうじゃ、キャロラインも助命を願っておる、じゃから、ジョージよ、彼は妾が引き取ってやろうか」
「引き取るとは?」
ニヤリと笑いそうになるジョージ。
「知っておろ」
さらりとかわしたハバネラ。
「確か男子禁制のはず」
意地悪く問いかけるジョージ。
「本邸はな、新しゅぅ建てた別館の、番太郎に雇ってやるのじゃ」
ここの主は妾じゃ、妾が法、と言い切るハバネラ。
「マーガレットは如何か?」
ジョージの問いかけに、命が助かると分かり、ホッとした声でハバネラ様のお預け致しますわ、ご厚情感謝申し上げます。と頭を垂れた。
そうして事は終え、ウッド・フォースティンはハバネラの元に引き取られ、余生を過ごす事に、あいなったのである。
エドワードが婚約者であるマーガレットの手を取り、お館迄お送り致します、と甘く見つめながら話す。
ハバネラが床に座ったままの彼に近づき、何やらひと言二言目……耳元で囁く。その途端、死相とはかくありなん、というべき顔色だった彼に、生気が戻る。
「で、では、私めは……早速館に帰り、隠居を済ませてきますゆえ、お待ちくださいまし」
そう言うと彼女のドレスの裾を手に取り、唇を当てて忠誠を誓った。
「さあ、キャロライン、私達も帰ろう」
ジョージは硬く立ち尽くしている、愛しの妻の事を案じるかの様に、手を差し出しそう話す。いつもの彼女ならば、はい、と笑顔を向けてくると思っていた。
しかし、
予想もしていなかった事が起こる。
「わたくしは王子様に、相応しゅうございませんの、お帰りになってくださいませ」
差し出された手を避けるように、身を離すと、キャロラインは夫に向かって冷たく答えた。




