☆15話
使者に対応する為の館には、それぞれ、思惑を持った男達が従者を伴い面会の時を待っている。
館内に通されている主、門番と雑談を交わす従者達。彼らが産み出す隙きをつき、庭内へと忍び込む彼。城の庭園の一角を仕切り造られているハバネラの館は、ぐるりと薔薇の生け垣と樹木で囲まれている。
……、さて、入り込むなら真正面から行くか。と女の姿にやつした彼は、革袋から茶色の小瓶を取り出すと、コルクの栓を抜き手首の内側に、少しばかり垂らして塗り込める。
「アハハ……はぁぁ、いいよなぁ、あー!酒飲みに行きてぇ……、ここ女ばっかの館だけんど、俺たちゃしかない門番。中には一歩足りとも入っちゃなんねぇ。女のおの字もねぇんだよなぁ……」
「非番ぐらいあるだろ?一回行ってみないか?流石に旦那様達が入り浸ってる店は、手が出ないけど、中程ならいい店知ってる」
「へぇぇ!エドワード様は、まだそんな店行かれたことがない!で、高いの?ぼったくられるの?僕も一緒に見に行きたい!」
ウッドの従者と、マーガレットの婚約者の従者が、門番の男と他愛のない話で盛り上がっている。夜風に乗り少しばかりしびれる様な甘い香りが、ふわりと彼らの鼻孔に届いた。
「すみません。ハバネラ様に言いつけられ、少しばかり出ていたのですが……戻りが遅くなりましたわ」
「……、?え……と、見たこと無い侍女だな……」
甘い香りに、クラクラとしながら門番の男は仕事をする。
「新入りとか?」
ウッドの従者が舐めるように見てそう話す。それにうなずく彼。
「はい、今日付けでここに配属となりましたの、その手続きに城へと行っていたのですが、今日はなぜだが慌ただしくて、戻るのが遅くなってしまいました、食事迄に戻るよう言いつけられておりましたのに……、きっと鞭打ちになりますわ」
おっさん気持ち悪いな……と思いつつ、顔を曇らせそう言う。茶色の瓶の中身は『イランイラン』の花のエキス、『花の中の華』甘く香り高いそれは、男女ともに心を蕩けさせ捉える効能があった。
「……、そ、そう、か。鞭打ちに、ハバネラ様はお厳しいからな、では早く入りなさい、今お食事をされている最中だ、来客もありバタバタしている、丁度よい、上手く潜り込め」
媚を売るように話す門番。彼の体温と混じり、馥郁と立ち昇る香りに毒されていた。
☆☆☆☆☆
……、少しばかり仕入れた話だと『鳥籠』がひとつ建てられたとか。
場末の酒場や、城に仕える下男や下女達が、ヒソヒソと交わしていた話を思い出しながら、奥に奥にと闇に紛れながら進む。中に入ってしまえば、衛兵も全て『別仕女』と呼ばれる、女騎士ばかり。
清廉潔白、清く正しく美しくの戒律の元に努めている彼女達に見つかれば、ややこしくなるのは必須。
……、キャロライン様を取り込む籠なのか、それとも別の真意があるのか。お、と危ねぇ……。
気配を察し先手を打つ、ガササ……と、濃い緑の葉が濃く茂り、白い花が咲き乱れる木にスルスルと登る。ちーぴゅるるる口笛で、夜鳴き鳥の真似をする。
「……?花の香りがしている……」
「上からなんじゃないか?それより今宵は来客が多い、警備をしっかりとしなくては、ハバネラ様に『部屋』には、何びとも近づく事が無いようにと命じられている」
敷石が貼られた庭内の道を、あちらこちらの闇に、ランタンの灯りを掲げ、チラチラと目をやりながら歩く彼女達。それを花と緑の香りに守られつつ、息を潜めやり過ごした。
「ふう……、いつもなら静かなのに、今宵は人が多いから、気を使っちゃう」
「うん、疲れるよね、しかも対面処では、よりも寄って男が面会を待っているし……、あー!やだやだ」
愚直めいた話し声が離れて行く。間合いを読む、ザワザワと夜風が葉を揺らした。十分に時を見計らい、彼は枝から飛び降りた。
「え!嘘!」
小さく声を上げた。眼下に入る女の姿。物音に驚き、手にした蓄光石のランタンを掲げ、仰ぎ見る彼女。
……ちっ!さっきの女達に気を取られたか、風に弄ばれたか……仕方ない、彼女を使おう。
地上に降り立つまでに、即座に段取りを頭で組み立てた。声を上げられたらそれまで、どうにかなるが事が大きくならない方が良い。
空中で、驚く鳶色の瞳をした、彼女の目の前に降り立つ様に、身体を取り回す。
タ……ッン!身軽に音立て降り立つと、後ろに足をにじる様に動かす彼女が動く前に、素早く体制を整える。
グイ!と彼女に身を寄せる。
クッ!とか細い手首を握る。
グイ!と腰に手を回すと引き寄せる。
誰か!と声を上げる前に唇を塞いだ。
全身の力を込めて抵抗をする彼女。
甘い香りが彼女を蕩けさす。
ザワザワと葉が揺れ、白い花弁が二人に降りかかる。
しばしの時を終え、頬を赤らめ、息をはずませながら女は彼に追求をした。
「お前は……何者だ?侍女のなりをしているが……」
みなまで言わさず、笑顔で口を挟む彼。
「……木の花の精ですよ、素敵な娘さん」
「せ、精霊だと……、こ、ここになんの用が……」
見目麗しい彼にドキドキとしつつ、話す彼女。クラクラする様な花の香りが移っているかのような、自分の身体に酔っている。ふらつく足元、優しく腕の中に受け止める彼。
「……『鳥籠』を探してるんだ、見てみたいだけなんだ、君には迷惑はかけない、守るよ、全身全霊をかけて、だから……、そこまで案内してくれないかな」
心を奪うという花の香りを立ち昇らせつつ、甘く蕩けさす様に、朱に染まる彼女の耳に囁いた。




