☆14話
「これこれ、キャロラインや、少しは食べねば、身体を壊してしまうぞよ」
男達があたふたとしていた時刻、既に日は沈みハバネラの館では、少しばかり早い晩餐の真っ最中。蓄光石の光は真白に輝いて、部屋に明るさを与えている。淡い香りの花が活けられた、大きな花器が部屋の扉の左右、対に置かれていた。
果物のソースがかかった焼いた猪肉、塩漬け魚の香草の包み焼き、豆のスープ、白いパン、黒いパン、焼いたチーズ、果物の砂糖漬、花を閉じ込めた蜜菓子。テーブルを囲む令嬢達は、笑いさざめきながら豪華な食事を樂しんでいる。
「はい、わかりました……」
その中でキャロラインは、ウッドに言われた事が心に刺さってるかの様子、うち沈んで椅子に座っていた。ハバネラに言われるままに、銀の匙で豆のスープを、一口運ぶだけで、薄っすらと涙を浮かべる始末。
「キャロライン様、わたくしの父上の無礼をお許し下さいませ、ハゲイボイノシシの事なぞ、捨て置けばよろしいのですわ」
猪肉のソテーを切り分け食べながら、マーガレットが慰める様に声をかける。その言葉にホーホホホホ!そなた、父親の事をそのようにと、笑いつつ嗜めるハバネラ。
「良いのですわ、真実ですもの、ハバネラ様は……父上とは御縁がおありですの、どう思われてまして?」
「ふふふ、そうじゃな……、皇太子妃を侮辱した罪で、妾が褒美を与えようかの……して、そなたの家は跡取りはおるのかや?」
グラスに入れた果実酒を、口にしながら答えたハバネラ。
「まあ!父上には勿体ないお言葉で御座いましてよ、ハバネラ様。ええ、兄上と弟が一人づつおりますわ」
マーガレットが答えると、隣に座る令嬢がマーガレット様も、エドワード様とのご婚約を控えてますと話に入る。
「ほう、そういえばそのような事じゃったの……、して
恋仲かえ?それとも家の為かえ?」
機嫌よくハバネラが、お気に入りとなったマーガレットに話す。
「従兄弟ですのよ、彼とは幼馴染ですの、恋仲……かしら、彼から、小さい時に結婚して下さいと、土下座の求婚を頂きましたの、オホホホ」
「ほう!土下座とな!それはそれは。いい背の君に出会たな、マーガレットや」
ありがとうございます。と礼を述べるマーガレット。この話をきっかけに、無礼講で恋の話が始まる。華やかな中で、スプーンでスープをくるくる混ぜて、あれやこれを悩むキャロライン。
……、ホホホ、何やら色気づいたのも良いのぉ、恋に悩む乙女の姿は格別じゃ。
そんな彼女をハバネラは、甘い蜜酒を飲みつつ、絡めとる様にじっと見つめていた。
☆☆☆☆☆
「丁度よい、探れ」
ハバネラの館に人が集まっている。この時を逃すまいと、ジョージは命を出した。今回の騒ぎでは、裏で噂話を流す存在が、見え隠れしている事に、早々に気がついていた為だ。
……、これは、叔母上の館に仕える侍女達が、動いているな、キャロラインを欲しいと父上に申し入れていたそうだか。その為に仕掛けを?いや、何かがおかしい。
「ハバネラ様のお館を……で御座いますか、して何を調べるのでしょうか」
「叔母上のお考えを、だ。以前耳にしたのだが、修繕と称して、職人が出入りしていた。何をどうしたのかが誰にもわからぬ、館の修繕と聞いてはいるが」
前から、一度調べたいと思っていた。今宵は騒がしい、動くのには良い機会だ。もうしばらくしたら私も向かう、それまでに調べ上げろ。と指示を出した。
主に従う彼。わかりました、では後ほど、と言葉を残すと、任務をこなす為にその場を離れた。
――、さてどの様に化けるかな、用意の為に与えられている自室に帰ると、衣装棚の扉を開く。そこには、この城に仕える者達全ての、お仕着せがある。
その他にも、簡素な町着、黒の装束、礼装、色とりどりの帽子、手袋、靴、身を飾る小物もいくつかある。
「当然ながら『女』ばっかなんだよな、普段忍び込もうとしても、侍女達は、誰もが皆、館に仕える同僚の顔を、知ってるという難しさ、しかし今夜なら……」
ゴソゴソとお仕着せを選ぶ。ハバネラの館のソレは、彼女お抱えのお針子達が、館内で縫うので手に入らない、しかし、見知っているその衣装。
昼間ならばバレるだろうが、夜の時間だとそれらしく似せればイケるか、と手持ちの装束を組み合わせる。
「髪は……あそこのは後ろで、黒のリボンでひとつ括りだったか……、服は国王陛下のところのと、ここの館のを組めばそれっぽいか?」
大きな姿見で確認しながら『侍女』の姿に化けていく。履いたスカートの裾丈が長めなのと、目星をつけている先が屋外の事もあり、足元は履きなれている、柔らかな長靴のままにする。
「おお、それっぽいよな、白のシャツ、紺の下に上からエプロン、と……外套羽織るから襟元と裾さえ合えば大丈夫か……」
無造作に細い革紐で括っていたそれを、黒のリボンに変える。フードがついた、女物の鼠色の外套を選び出すと、ふわりと羽織る。首元の、くすんだ薄桃色の幅広いリボンを、キュッと結んで身なりを整えた。
「……帽子は要らないな、取り敢えず手袋だけはしておくか、しっかし!女の服は足元が、スースー、スカスカするから慣れねーな!」
生成り色のなめし革の手袋をつける。今回は『暗器』は要らないな……、城中だし『薬』だけ持ってればいいか。と、彼は小さな箱を棚から取り出すと、中から革袋に入った物を、懐奥深くにおさめた。
「さて……と、行きますか!」
彼は部屋を出る。何時もならば、静かさで覆われている、ハバネラの館に向かう。
今宵は……、ハバネラと面会を求める為に、供を連れ訪れているウッド達。館内では、キャロラインと共に籠もる令嬢達。
何時もとは違う喧騒がそこにはあった。




