☆13話
なんでこうなる……、亡き妻との間に産まれた娘に、ハゲイボイノシシと罵られた彼は、溜息をつくと、一旦その場を後にする。城内で待つ皆の元へと慌てて帰り、事の顛末を伝えた。
「なんと!娘達がハバネラ様のところに!」
「立てこもりか!」
そうとってもらっても構わぬ、キャロライン様はともかく、娘達を取り戻さなせれば!と頭を抱えるウッド。彼の計画は、思わぬ伏兵の存在により覆された。
「まさか、マーガレット達があれ程、キャロライン様を慕っておったとは」
「どうするおつもりじゃ!そもそもこの計画は、そちが考えたのじゃ!お仲間内の一人は病に伏し、もうお人方は館に籠もり、城内に上がってこんぞ!我等は話を聞いたまで」
「そうじゃそうじゃ、そちが責任を持って娘達を取り戻せ、そなたとハバネラ様は良き仲だったでは無いか!」
全ての責任を押し付けられたウッドは、相談も出来ずに困り果てた。自分の保身が大切な者達は、火の粉がかからぬ様に、逃げの一手に出た。
彼を切り離したのだ。集まっていた、密談をするための小部屋から一人、また一人と姿を消していく。その場に残ったのは、一人の若い貴族の男のみ、マーガレットの許嫁であるエドワードだ。
「……、エドワード、そなたは私の味方なのか?」
肩を落とし、そう問いかける彼にエドワードが答えた。
「いえ、わたくしはマーガレットの味方なのです。なので彼女を迎えに参ります、それに、トーマスが……」
エドワードは、マーガレットの家令が、青ざめ届けた報せを思い出し、端正な顔をしかめる。
「それに?トーマス!私がいない間に何があった!」
末の息子に何が!彼は今回の計画の切り札となる存在。
「何やら殿下からの親書を受け取った後、世を儚んで、出家すると家を出られたそうですが……」
はああ?殿下においては、病に伏しておられるはずだろ!と素っ頓狂な声が上がった。
「病……ただの寝不足であらされて、少しばかりお休みになられると、直にご回復されたとか、そうお聞きしております」
「では、殿下はこの事をお知りになられていると……」
「その様ですね、私めはマーガレットが大切ですので、没落の危機に晒されておられる、貴殿の館には、お帰ししようとは思っておりません、迎えに行き、そのまま我が館に連れて帰る所存」
バッサリと斬るように話すと、では、今から迎えに行って参ります、とエドワードは、呆然と立ち尽くす彼を置いたまま、部屋を出ていった。
「そんな……ああ!マーガレット!」
ウッドは我に返ると、慌てて彼の後を追うように、その場から出ていった。再びハバネラの館へと向かった。
一方、その頃………。
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「殿下においては、こういう事は行動がお早い」
ジョージの館で、馬丁の姿から、側使えの衣装に着替えた彼が、寝台で身体を起こし座っている、主に話している。
「ふ……何が養子だ。王籍に入り込みたいのだろう、そうはいかない、私のキャロラインを侮辱するとは……、それで龍の末息子に、親書は届けたのだろうな」
「はい、確かに殿下自らお書きになられたそれを、手渡しました」
「して?」
ニヤリとしながら彼に問いかけるジョージ。
ニマリとしながら主に答えを返す彼。
「その場で直ぐにお読みになられ、そして寺院に向かうと……、父親に謀叛の気持ちは無いとの事で、御座います」
「ほう、家名を守ったか、それは流したのか?」
はい、城内に既に広まっております。と伝える彼。その報告を受けると、満足そうに笑うジョージ、そして寝台から出る。
「キャロラインを迎えに行く、用意しろ」
「恐らくあちらに、件の御方は、娘を迎えに行かれていると思われます。しばし時を遅らせ、向かう事をお勧めいたします」
彼の言葉に怪訝な顔を向けるジョージ、それは何故か?と聞く。
「……、実はハバネラ様に、ウッドのお方様と向き合いお話をしたい、手引きをしろと頼まれております、あのお方様に借りを作っておけば、何かと便利ですので……」
「叔母上がそんな事を、まあいい。何も慌てることは無い、キャロラインの安全は確保されている。叔母上が、一体何をしようとしているのか、見定めるのもいいかも知れない」
ジョージの館では、そんなやり取りが繰り広げられていた。
そしてあちらでは……。
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「これこれ、キャロラインや、涙を流すでない」
涙にくれるキャロラインを、ハバネラが優しく慰めていた。
「ネラさま……わたくしは、王子様にそのような事はいたしておりませんの、何故あの様に、言われるのでしょうか?」
花の刺繍を施されたハンケチで、涙を拭きつつ問いかけるキャロライン。
「ハゲイボイノシシの事など、捨ておいて下さいまし!キャロライン様」
マーガレットが、父親を痛烈にこき下ろす。
「まあ……、マーガレット、お父様の事をそのように……」
やんわりと嗜めるキャロライン。
「ホーホホホホ!そうじゃ!ハゲイボイノシシの事なぞ気にしなくても良いぞよ!して、マーガレットや、ひとつふたつ教えてたもれ」
ご機嫌麗しく、ハバネラはマーガレットに問いかける。なんなりとハバネラ様、と応じるマーガレット。
「そなたの母上は……ご顕在かや?一度おうてみたいのじゃ」
「母上に……それは光栄でございまする。しかし我が母上は、既に鬼籍に入っております」
「ほう……それは悪い事を聞いた、すまぬな」
彼女の答えに悪びれず答えたハバネラ。彼女の中で大いなる計画が、ゆるりと動き出した。




