☆12話
「お!王子様が!」
マーガレットの父親が、挨拶もそこそこに話したのは、馬場にてジョージ王子が倒れたとの知らせだった。その報を聞き、キャロラインは身につけた嗜みを忘れ、小さく叫び、マーガレットも息を呑んだ。
その中でハバネラは、扇で顔を隠してほくそ笑んでいた。王子が倒れた一報は、すでに侍女からもたらされているので、彼女は既に知っていたからだ。しかしそんな事を知らぬふりを決め込み、因縁ある相手に向かう彼女。
「ほぉぉ……それはそれは、して容態はどうなのじゃ?」
「はっ、殿下におかれましては、幸い馬を下りられてからふらつき、お倒れらになられたとの事、お怪我も無く今は館にてご静養を」
「馬からおりての!ただ転んだだけであろう、さしずめぼうぅとしておったのだろ、間抜けな……」
お楽しみの時間を邪魔をされ、機嫌が悪くなった風を装う。彼女には企みがある。おそらくウッドはわれの思う通りに動こうぞ、と内心ほくそ笑んでいるハバネラ。
「ハバネラ様!直ぐに王子様の元に、向かいとう御座います」
キャロラインがそう声を上げた時、それには及びませぬとウッドが返事をする。
「何故に?わたくしは皇太子妃ですわ、王子様の妻ですのよ、正妃であるわたくしを何故に、答えなさい」
威厳ある言葉をぶつけるキャロライン。
「それは、殿下がキャロライン様から、悪いご影響をお受けになり、お倒れになられたからでございます」
つらつらと述べるマーガレットの父親。
「はい?父上様におきましては、おつむりの中は大丈夫ですの?娘として心配で御座いますわ、キャロライン様と殿下は世に響く、おしどり夫婦で御座いましてよ」
なんて事を、キャロラインが言葉を失っている為に、マーガレットが答えを返した。
「……、それは、キャロライン様が人をお操りになられる『魔術』をお使いになられ、殿下始めそなた達の心を操っておられるのじゃ、おしどり夫婦?殿下は、夜も眠れぬ程に悩んでおられたと漏れ聞いておるが……」
「魔術?なんですのそれは……、そんなもの存在いたしませんわ、人の心を操る等、おとぎ話の中だけですの。何処かのお宅に入り浸り、おつむりの中迄、黒猫に引っ掻かれたのかしら……、娘として心配ですわよ」
ツケツケと話すマーガレットを、ハバネラは面白そうに眺めている。『黒猫』その言葉を聞き、さっと顔色を変えた父親。
「な!何を嫁入り前の娘が!」
「あら、嫁入り前の娘が、口にしてはいけませんの?わたくしは猫と言った迄ですわ」
しれっと返すマーガレット。父親の悪所通いは、既に知っているお年頃。冷たく射るように見る娘マーガレット。受けて立つ父親ウッド。
父娘の間に冷たい緊張が生まれる。それを解す様な声がウッドに向けられた。
「まあ……そなたは黒猫に、おつむりを引っ掻かれたのですか?お怪我は大丈夫ですの?」
ホヨホヨとした髪の毛に目をやりつつ、少しばかり気を取り直したキャロラインは、気の毒そうに声をかける。
言葉のままに受け取るキャロラインに、目を見張るウッド……。純真無垢そのものな言葉に、ジョージが話した『キスは手』の話を思い出す。まさか!真であられたのか!いや、そんな事はあるまい……、と思い直す。
「怪我等いたしておりませぬ、と、とにかくキャロライン様には殿下にご面会はまかりなりませぬ、これは家臣一同の意見で御座います」
「わたくしは無実ですわ!そのようなお申し出は、お受け取りかねます!」
「そうですわ!父上!父上は、お二人の仲をお裂きになられますの?不仲になれば隣国との絆はどうなりまして?それにお世継ぎも……、殿下はお妃様は、キャロライン様お一人と、申されてましてよ!」
マーガレットがキャロラインの言葉に被せ、畳み掛けるように言葉をつなぐ。
「……、そ、そう決まったのだ!お世継ぎの事も、ご養子という方法もある!表の事に婦女子がとやかく口を挟むでない!とにかく、キャロライン様においては、殿下とはしばしお離れになられる様、申し上げる」
切り口上で言葉を締めたウッド。あまりの展開に、言葉を失い涙を堪えるキャロライン。支える様にマーガレットは側にいる。去り際に父親が娘に言い放った。
「これにて御前を失礼いたしますが……、マーガレットそなたも、ここに集うている他の令嬢も、直ぐに帰る支度を……」
「わらわの許しもなしにかえ?それに、キャロラインはどうするのじゃ、ジョージのことだから、目が覚めたら彼女の館に向かうであろ?」
ハバネラが口を開いた。
「そ、それは……、ではハバネラ様に娘たちに帰るよう、ご指示を出される事を申し入れます、それと確かハバネラ様のお住まいは男子禁制、ならばしばしキャロライン様をお預かりしていただきたい」
……、ホホホホ、上手く進んだ。
そう思いつつ、致し方無い、キャロラインや事が落ち着くまでここにいや、と優しく声をかけた。そしてマーガレットは、ついっと父親の前に進む。
そして。
「わたくしは帰りませんわ!皆もそうでございましてよ!キャロライン様とここに残ります」
はい?そなた明後日には、婚約の儀が控えておろうと、慌てる声をあげる父親、そんな事など耳にしないマーガレット。
「知りませんわ!わたくしは、しがない婦女子でございますもの!表の事情など知ったことじゃありませんの!さっ!ハバネラ様、お茶会の続きを致しましょう、キャロライン様、こんなハゲイボイノシシの戯言など、放っておきませ」
そう言い放つと、父親に背を向けたマーガレット。ハバネラは愉快そうに微笑む。
「という訳じゃ、令嬢達もわらわの館で過ごすそうな、この先どうするか、そなた、ちゃっちゃと帰って話をまとめてきやれ」
唖然としているウッドに、そう言うとハバネラはキャロラインに部屋にて休め、と優しく声をかける、そして青ざめるキャロラインと、父親に反旗を翻したマーガレットを従え部屋から出ていった。




