☆11話
「ホーホホホ、そうじゃ、妾のダンスの、ファーストパートナーは、ウッドだったのじゃ、不覚にも幼き妾はときめいてしまったのじゃ」
庭園の一角にある、ハバネラの住まいでは、キャロラインを筆頭に、令嬢達を招待してのお茶会の真っ最中、離れた馬場では、蜂の巣を突付いた様な、大騒ぎの真っ最中。
ご機嫌麗しいハバネラ、ウッドの娘である、マーガレットが信じられませんわ、と父親のそれに、痛烈な一言を話す。
「ハバネラ様!父上は今は見る影もない『ツルピカイボイノシシ』ですのよ!失礼でございますが、その頃には髪の毛はありましたの?」
「あった!ふっさふさにな!オーホホホホ、ツルピカイボイノシシとは……ここに来てから逢うことが無いから知らぬが、面と向かって言ってみたいのぉ」
「ありがとうございます。ハバネラ様、父上はそのお言葉を頂いたと知れば、きっと大喜びいたしましてよ、フフフ」
美しく花々が描かれた、ティーカップを口にしながらマーガレットは、そう応える。コロコロと鈴の音が響く様な、年若い令嬢達のさざめきに、ハバネラは極楽至極、満足の極みに来ている。
「ふう……、」
その中で色っぽくため息をつき、物思いにふけるキャロライン。彼女は今宵をどうするか、その事で頭が一杯なのだ。教えて貰った、めくるめく快感の、桃色世界が渦巻いている。
「どうしたのじゃ?」
その様子に気がついたハバネラは、身近にいたマーガレットに聞いた。
「ああ……それは、多分ですけれど……結婚生活とは何か、それをお知りになられ、悩んでおられるのです」
「なんと!知っておしまいになられたのか!」
――くぅぅ……純粋天然蜂蜜がちいっと発酵してしまったではないか……でも、ああして物憂げに悩むキャロラインも、乙女の雰囲気で……いいのぉ。
花を閉じ込めた蜜菓子を口にしながら、ハバネラが彼女をもの欲し気に眺めている時、失礼いたします。『猫』が……と侍女が彼女の耳元で何やら囁いた。
「……、ほう、馬場で、して……、どうなる」
「……何やらこちらに、お客様が来られるようですわ」
ヒソヒソとやり取りをする二人、侍女は話を終えるとそそくさと下がった。
「これ、キャロラインや、何を悩んでおるのじゃ?」
ハバネラが彼女に問いかける。
「あ……ネラ様、失礼いたしました。な、なんでもありませんの」
頬を朱に染め手で覆う彼女。
「ふふふ、どうしたのじゃ、まるで恋する乙女の様じゃ、誰か愛おしい人でも、出来たのかや?」
分かっていながら、意地悪く聞くハバネラ。
「……、お、王子様の事を、考えていたのではありませんわ」
真っ赤になるキャロライン。
「ホーホホホ、ジョージの事を想うているとは、顔に書いてあるぞよ、今宵の事を考えておるのかや?」
お茶を飲みつつ、からかう様に話すハバネラ、それに対して、はうぅ、と恥じらい、何も答えられないキャロライン。
「まぁ!ハバネラ様、キャロライン様がお可哀そうですわ」
マーガレットが、モジモジとしているキャロラインを庇う様に話に加わる。
「良いではないか、そういえば、そちも婚約が近いとか……、引きこもっておっても、その辺りの情報収集は、抜かりないのじゃ」
マーガレットを見やり、話をするハバネラ。
「まあ……わたくしめの婚約の事まで……名誉な事で御座いますわ、ハバネラ様、ええ、従兄弟のエドワードと、話がまとまっておりますの」
「ほう……従兄弟とな、して……どのような男なのじゃ?」
興味を持ち問いかける。それに、大人妖しく微笑むマーガレット。
「そうですわね、わたくしが待て!と命じれば、尻尾を振って待つ男ですよの」
「ほう……、尻尾を振って待つとな、それは良き殿方じゃな……ウッドの娘、なんぞあったら、何時でも妾を頼って良いぞよ」
物怖じしなくあけすけに話す、マーガレットの事を余程気に入ったのかそう、彼女と話を交わしていると
「ハバネラ様、表からご使者の殿方が、入り口の建物に来られてます。至急、キャロライン様にお取り次ぎを……とのことです」
先程の侍女がしずしずと入ってくると、落ち着いた口調でそう話した。
「使者とな?誰ぞ!」
「スペアレフ・ウッド・フォースティン殿にてございます」
二人のやり取りを聞き、マーガレットが父上が?と小さく声を上げた。名前を出されたキャロラインは、少しばかり青ざめている。不安げな顔は見せぬようにしている彼女。しかし、胸はドキドキとしていた。
「そうか、しかし館内は、男子禁制ぞよ、キャロライン、マーガレット、妾と一緒に来てたもう」
そう言うと、柔らかな椅子から、侍女の介添えを受け立ち上がるハバネラ。二人もそれに従った。
――、表の賓客と使う為だけの、小さな建物に向かう三人と、それぞれの侍女達。瀟洒な館と回廊でつながっているそこには、マーガレットの父親が従者を連れ、険しい顔をして待ち構えていた。
……なんと!本当にツルピカイボイノシシじゃのぉ!マーガレットやらもいい得て妙じゃ、良い娘御に育てたのぉ、己!妾の事を忘れたとは言わせんぞよ!しかし……今はその時ではない、フフフ、可愛いキャロラインの事に集中せねばな。
ハバネラは最後に別れた時を思い出し、沸々とたぎる思いを押し殺し、何食わぬ顔を作り彼の挨拶を受けた。そして……
「して!何の様じゃ、妾のお楽しみの時間に水を差すような野暮な行い、許しがたい行為ぞよ!たいした事でも無ければ……妾が自らお主に、褒美を与えてやろうぞよ」
平伏する彼にそう言い放つハバネラ。面を上げい!と彼女は冷たく命じた。




