☆10話
「やはり……嫌われたと思う……」
馬の上でため息をつくジョージ。ポクポク進む傍らには、馬丁の姿に扮した彼の姿。
「嫌われたなどと、大好きと仰られたのでしょう?」
笑いを押し殺し話している。
「そ、そうだけど。いきなりだったから、衝撃を受けた様子だったのだ、今日の午後のお茶は、ハバネラ様の元に行くからと来ないでくれと言われたし、どうしたらいいと思う?」
ポクポクと歩く馬。
「何もしなくてもよろしいのでは?」
「はぁぁ、キャロラインに嫌われたら生きていけない……ふぅぅ、この前の話はどうなっている?」
悩ましく空を仰ぎ見ると、ジョージは彼に話をするよう促す。
「とりあえず王妃様のご様子は変わりなく、うつうつしておられたり、起きられていても人形の様だとか、おつむりが眠ってると侍医の話です」
「そう、まぁそれはいい、あ奴らの事は?確か……果実は、今病に伏しているとか……、そのせいか羽の生えた馬は口をつぐんでおるぞ」
ポクポクと歩く馬。
「ああ、何故でしょうかねぇ……何でも滋養強壮の為に、マリマリモグリの肉を食べたとか……て、これはある酒場で仕入れた話なのですけどね」
ブヒヒン!ブルルと小さく嘶き、首を振る馬。
「マリマリモグリ?何だ?その珍妙なる物は、生き物なのか?」
「ええ、地面の中にいる奴なのですけどね、知らなくてよろしいです。今のままでは、龍のお方の、二番目が妙齢ですから、男子をつくろうと企んだのやもしれません」
「はい?妙齢とは、龍には息子二人に、娘一人だろう、その娘も従兄弟と、婚礼を控えておると聞いているが……どういう事か説明をしろ」
立ち止まった馬。
「かしこまりました」
そう言うと、その場で立ちのままで、仕入れた話を進めていく彼。
☆☆☆☆☆
城下町の八丁目、くねくね路地裏
右に左にカクカク曲がり進んで行けば
最初にあるのは 村娘の三毛猫邸
可愛い娘が揃ってる
蜜酒 干し肉 マリマリモグリ
次にあるのは 貴婦人のシャム猫邸
素敵な女性が揃ってる
蜜酒 干し肉 マリマリモグリ
おっとあるのは 彼と彼の鍋猫邸
素敵な漢が揃ってる
蜜酒 干し肉 マリマリモグリ
そして奥の奥には 女王陛下の黒猫邸
綺麗な爪とぎ待っている
蜜酒 干し肉 マリマリモグリ。
――、彼はどの店にも顔を出す。そして、やんごとなきお方が奥の奥の店に姿を表し、良からぬ話をしていた。
「いらっしゃい、ウッドの旦那様」
ここに来ることを、小耳に挟んだ彼は先回りをし、カウンターで何時もの蜜酒を飲みつつ、干し肉を齧っていた。そこにうらぶれた風を装い、カラランとベルを鳴らして入って来たのは、ジョージの問いかけに、龍の話をした男。
「イボンヌ、久しぶりだね、ちょっと忙しくしていた」
イボンヌと呼ばれるこの館の主は、ジョージの懐刀の彼とは、仕事上での相棒。ここで話されるあれやこれを、必要とされれば彼に教えるイボンヌ。勿論、金貨と引き換えに……。
今宵も彼に話が伝わるよう、怪しまれない程度にあれこれ聞くイボンヌ。
「フ……、わたくしの事など、どうでも良いのでしょう、でも……もし『村娘』に囲っていたら……承知しませんわよ!」
「そんなことは無い、ほんとに忙しくて……、娘の婚礼に、息子の一人の先を、つくらねばならなくてな」
先?と甘く笑みを浮かべて、熱い蜜酒をすすめるイボンヌ。チビリとそれを飲む男。
「ああ……、上手く行けば……、ククク、私は王の外戚になれるやもしれん。全く!マーガレットの馬鹿には呆れる、側室になる様、キャロライン様に近づけさせたのに、まんまと骨抜きにされおって!」
「まあ!またそのお話?嫁に来たばかりの隣国の姫をとっとと追い出して、自分の娘さんを側室にしようと企んだ、けれど肝心の王子は姫に夢中、なので二人の仲を裂き、王子が次を見つけないだろうから、貴方の末っ子を、養子に取るよう迫る計画だったかしら?」
スラスラと喋るイボンヌ。ここには城内に関わる者など来ないと思っている男は、声を落とすことなく喋る。
「……、そう、そうなのだ!私は……私は!あの時どうして、どうして……愚かだったばかりに、王族の一員の座を逃してしまった……。妻と知り合い子を儲けたが、私の心の中には『姫様』しかおらん!妻が亡くなった今、迎えに行きたい。しかし……出来ぬ。ああ……出来ぬのじゃ」
そう愚痴ると、少しばかり冷めた酒を、一気に飲み干した。
「とっとと嫡男に跡目を譲って、お迎えに行けば良いじゃない、降嫁……はそのお年じゃ無理ですわねぇ……」
「くっ……、ひと目逢いたいのじゃが、清らかなる園に住まわれておる、そこに入るのには、王族か何かしら特別な理由がある時のみ……」
酒を、と酒器を差し出す男。それを受け取ると、新しい物に別の酒を入れ手渡す。
「ふうん、なんかわからないけれど、お城って面倒くさそうね、で、泊まり?お帰り?」
話をする二人の近くに席をとっている彼、甘く渋く、キツイ酒の匂いが彼の元に届く。俺は泊まりなら『村娘』のお姉ちゃんだな、と金貨を数枚カウンターに置くと席を立った。
「あら、お兄さんお帰り?」
「ああ、そっちの趣味は無いしね、ここは酒が美味いから、飲みにだけ来てる」
扉に向かい歩きつつ、そう言うと後ろ手に手を振る。そんな彼を引き止めようと、幾人かが手をひこうとするが、ふわりとそれをかわすと、カララン、と男と同じ様にベルを鳴らして外に出ていった。
☆☆☆☆☆
「はい?何だ、その訳のわからぬ計画は……そもそも私がキャロラインを手放す事はない!彼女とは永遠の愛を誓ったのだから……」
馬から降りるジョージ。世話をしている馬丁が駆け寄って来て、手綱を受け取る。
「まあ……そんなところで御座いました。殿下?お顔のお色が悪い様ですが……」
「ここのところよく眠れなくて、寝不足かな……」
彼と歩きつつ、日差しがきついなとジョージは呟き、空を見上げる。
「今頃は……ハバネラ様のお茶会か、ああ……早く夜にならないかな、まだ日がこんなに高……」
そう呟くと、日差しに煽られたかのように、ぶらりと倒れるジョージ。慌てて彼が身体を受け止めた!
「殿下!大丈夫でございますか!誰か!侍医を!冷たい水を持ってきてくれ!」
あたりは騒然となった。




