☆1話
「教会に、皇太子の婚姻を無効とする申し立てを申し入れたい」
鉱山の国ラトス、しばらく前に、亡き皇后の姫、アリアネッサが隣国へと嫁ぎ、今は病に伏している王妃の娘、ドローシアが赤海を越えた遠方の国、ターワンへ旅立った。
そして、間をおかず皇太子が、隣国の王女キャロラインと婚姻の儀を終えたばかり。慶事が重なり浮ついた空気が、けしからんと言わんばかり、冷え込み固まる様な事を、国を司る重鎮達の一部が、御前会議が終わりを迎えようとした時、おもむろに挙手をし、陛下に発言の許しを得ると、ひと息にそう進言をしてきた。
「ほう?それは何故に……、婚礼を挙げまだひと回りの季節も過ぎておらぬというのに、答えよ!」
威厳がある王が硬い顔をし、席立ち話す一人に問いかける。少しばかり別の事を考え気が逸れていた皇太子、ジョージ・アントニウス・ド・ヘンリー王子は、婚礼の無効との言葉にズキンと胸を打つとはっとし、物思いから意識を離し現実に戻ると、顔をその方に向けた。
「はい、それでは失礼をいたしまして、僭越ながら私めが代表として述べさせて頂きます……」
家臣の言う事は、最近王子が物思い政務に身が入っていない、国母となる王妃は皇太子妃、キャロライン様が我が国に来られた折に、病に伏された。そして……身分ある令嬢達が皇太子妃に取り込まれ、奇妙奇天烈なる行動の数々。
「これらは全てキャロライン様がおいでになられてからでございます、殿下に置かれては……、仕方がないと情緒酌量の余地はございますが、王妃様の病は偶然としてでも、我が娘を筆頭に、各名家の令嬢達の身に相応しゅうない振る舞い。これはキャロライン様が、あやかしの魔術を使ったともっぱらの評判でございます」
なので将来国母となるお方として、相応しくない。そればかりか、この国を内から壊されるお方様やもしれない……つらつらと持論を述べる。
幾人か同調するように大きく頷いている。
幾人か眉間にシワを寄せ、嫌悪を表している。
幾人か素知らぬ顔をし、それを聞き流している。
あやかし魔術……その言葉を聞き、ジョージはふつふつと怒りがこみ上げて来るのを、顔に出さぬ様にしつつ、その意見に同調する者達の顔を眺め頭に刻み込んでいく。
「ふ、魔術とは……大層な話だな、王子どう思う、そなたの妃の事だぞ?」
王がその言葉を聞き、傍らで何食わぬ顔をしている息子に問いかける。
「世迷い事です。私が政務に身が入っていないのは認めよう、それに関してはそなた達に、あらぬ不安を与えてしまっていた様だ。進言を受け入れ、これより先は気をつけよう、しかし我が妃に対する無礼な発言は、速攻取り下げて貰いたい」
真摯にそう話すジョージ王子。
「いえ!この国を、王家を思えばこその進言でございます。お別れになられたくなければ、離宮の何処かに居をお移しになられるとか、早々に、殿下のお側からお離しになられる事を申し入れます」
引き下がらぬその者。
「何故にそう忌む?キャロラインは純真無垢で、そなた達が言う、あやかし魔術とやらは無縁だが……側近く共にいる私が言うのだから確かだ」
王子様、と鈴を転がす様な声で甘くそう呼び、柔らかい無垢な赤子の様な笑みを浮かべる愛妻を浮かべ、顔がにやけそうになるのを、ぐっとこらえる王子。ああ、可愛い、こんな無駄な御前会議など放り出し、早く妃の館に行きたいものだと思っている。
「それは!殿下が魔術により心を奪われておられるからだと……、それによく溜息をつかれ思い悩んでおられるのには、キャロライン様が、巧妙に隠されておられる裏の顔を、ご存知になられたからでは、ないのですか?さる筋に話を聞きましたら、夜も眠れずにお考えになられる事が多いと、耳に入っております」
しまった、と彼は思った。夜は勿論、キャロラインと共に過ごしているのだが、あるやんごとなき理由で、彼は彼女が健やかなる眠りについたあと、ベッドを抜け出し、バルコニーにて、独りの時をしばし過ごしていたからだ。衛兵の誰ぞに姿を見られたか、それとも……迂闊だった。気をつけねばならぬと心を引き締める皇太子。
「毎夜バルコニーで一人とは?何か悩みでもあるのか」
王が問いかける。新婚生活を満喫いている今、悩み事などないであろうと言葉を添えた。しばらく考えると、わかりました、妃の無実を証明するためにも……と彼が口を開く。
そして……、おもむろに皆に問いかけた。それに対して、目をぱちくりさせた重鎮達だったというのは言うまでもない。喜怒哀楽を表に出さぬ様、嗜みを身に着けている王でさえ、疑問符に満ちた顔になり、息子の言っている意味を捉えかねた。
なぜなら、新婚生活真っ只中、愛する人は独りだけと言い切る彼、個別に各自の館にて食事を取るという、ここでの決まり事もなんとやら、三食全て、そして午後のお茶も時間をも捻出し、妃と共にするという生活。
自分に与えられた館に居るより、政務、公務、勉学、鍛錬以外は、皇太子妃の館で過ごす事が多いという、朝から晩まで新妻にべったりな王子。
彼の穏やかな思慮深い何時もの声が響き渡る。それを耳にし、はい?殿下……おつむりは大丈夫なのでしょうか、その失礼ではありますが、桃色吐息の世界に骨の髄まで染まっておられるのでしょうか……。と口から飛び出しそうになるのを家臣達は、なんとか抑え留めた。
彼はこう言ったのだ。
「それでは、少しばかり教えを欲しい、そなた達に聞く。赤子はどこから来るものだと思っていた?」
荘厳なラトスの城の中、御前会議の場で、王子が持つ悶々とした悩みが、今!告白される。