欠点あり無敵スキル
「………」
重たい瞼が開く。ぼやけた視界には緑が広がっていく。
「こ、ここは……」 夢オチ。なんてことは無いだろう。ここは明らかに森、それも恐らくガチなタイプ。つまり轢かれた事は恐らく確定。
「天国?でも無いだろうな。」
空気が美味しい。涼しい風が心地よいがあたりは鬱蒼とした森。少なくとも極楽浄土と呼ばれるとは思えない。 ……となると……。
「まさか!?、異世界……」
体の内側が熱くなる。夢に見た、あの異世界転生だ!!
俺は跳ね起きると自分の体を確認する。やはり轢かれた様な痕跡は見当たらない。
「いよぉぉおおおっっしゃぁぁぁっっ!!!!」
思わず大きな声で叫んでしまう。嬉しい、ここで俺は英雄になれる。まだ何もかも分からないのにそう思えて仕方ない。何故なら俺は転生者なのだ。転生者が塵芥として消し飛ぶ話なんてあるはずがない。
だがまずはサバイバルか。自分がどの様な能力を授かったか分からない。しかもそれがもう使えるのか、それともまだ使えないのかも分からない。今何かに襲われでもしたら……
「グルゥゥウウ…」獣の呻き声が木陰から聞こえる。
ゆっくり、声のした方へ顔を向ける。そこには影からこちらを覗く一対の目が光っていた。
「あっ……」 間抜けな声を出したその瞬間、
鳴くこともなく、その獣…大きな狼がこちらへ走り出して来た。
「や、辞めろぉ!来るなぁ!」
堪らず狼に背を向けて逃げ出そうとする。しかし恐怖で足が思うように動かずドサァッ。と、倒れてしまった。
「嘘だろ……」 夢に見た異世界転生。なのに森の中で1度喜んだだけでもうこの人生が終わるとゆうのか?情けなくなって涙が出そうだ。
だが涙は出ない。なぜならその前に狼が右の肩へ噛み付いて来たからだ。
「がぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!」
ズブっと勢いよく刺さる牙。先端が鋭いとは言え円錐状の獣の牙は傷口を抉るような痛みを与える。このままでは噛みちぎられるかも知れない。当然、その前にこの狼が諦めてくれるとは思えない。
「チグジョォォォ。」
その痛み。情けない自分。1度引っ込んだ涙がポロポロと溢れてくる。悔しい、強く握った右の拳で力一杯地面を叩く。
ん?力一杯握った右の拳?
今は右肩に重症をおってるはずだ。こんな力一杯握り、持ち上げ、振り下ろす事が出来るのだろうか?
すると大狼は急に噛むのを辞め、こちらと距離を置いた。噛むのを辞められた直後から痛みは引いていく。
右肩を見てみると服が狼のヨダレでベトベトになっていること以外いつもと変わらない。肉片所か滲んでいる血すらない。
「な、なんで……」
自らの肉に太い牙が無遠慮に突き刺さる感触はきっと忘れる事は無いだろう。しかし俺の右肩は無事なのだ。
狼が再びこちらへ走り出す。次はきっと顔だ……
俺の前で軽く跳躍し口を開く。俺は死への恐怖から咄嗟に左腕を顔の前に突き出す。
「ゴォォッ?!」
すると運のいいことに突き出した左腕はズボッと狼の口に突き刺さった。突如として喉を内側から塞がれた狼は苦痛と痛みから逃げ出そうと、何度も腕を噛みちぎろうとその顎を開閉し、あるいは思いっきり噛んだ状態で俺の体ごと振り回す。
「うぅぅあぁあああああああっっ!!」
腕が捻じ切られる痛みが脳を支配する。先程よりも噛まれる痛みは増しており、そこに振り回されることでブチブチと筋繊維が解ける様な痛みもプラスだ。
しかし、このまま耐え続ける訳にも行かない。
俺は右手で狼の耳を握る。口の中にある左手は拳を握る手にされに力を込め、より狼の気道を圧迫する。
「オオォォォオオッッ。」
狼の動きが鈍ってくる。依然として腕へ噛み付く力は衰えないが俺の体ごと振り回しす事は既に難しいらしい。
徐々に、狼の動きが緩慢になる。噛む力も次第に弱くなり、その目から光が失われていく。
そしてついに、狼の動きが止まった。腕の痛みも消えていく。
「か、勝ったのか?……」
異世界での初めてのモンスター戦。俺はそれを『 無傷』で乗り越える事が出来た。