仕事への責任
三日月班が派遣されて三日目。菓子工房の建物が完成した。
オーブンや業務用冷蔵庫などモリスにオーダーしている調理器具はまだないけれど、備え付けの石窯や広い作業台、シンクやコンロはすぐにでも使える状態にしてある。
魔法を使っているとはいえ、彼らの仕事のスピードと正確さには脱帽した。
「すごいわ。今までこんな施設を作った事はないんでしょう?あなた達って本当に優秀ね」
夕食の席で改めてお礼を言うと、みんな顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると、やりがいがあります。我らは戦闘向きではないので、普段は土や石を積み上げては崩したり、地形や水中の観測といった訓練ばかりしてるんです。おかげでスピードや正確さは自信があるんですが、他の部隊からは遊んでいると馬鹿にされてて・・・」
リーダーのカワウソが恥ずかしそうに頭を掻いた。
「そんなことを言うのは戦術の基礎も知らず、己の力を過信している愚か者だけだ。陣地の構築は戦闘時においてとても重要だ。誰にでもまかせられる仕事ではない。平時でも訓練を怠らず、己の技を磨いているとはさすがだ。今回君たちの仕事ぶりを間近で見られてとても嬉しいよ」
「ありがとうございます。シヴァ様のお言葉、家族が聞いたらきっと喜びます」
「ああ、明日は休みだ。皆ゆっくり休んでくれ。明後日からまたよろしく頼む」
「「「「「「はい」」」」」」
三日月班は疲れた様子も見せず、元気よく帰って行った。
シヴァは見送りをすませると私に向き直り、機嫌良く言った。
「さて、明日はようやくガロンに会いに行けるぞ。ミホ、土産の用意を頼めるか?」
「もちろんよ。早速石窯を使ってみるわ。私はこれからクッキーの生地をつくるから、薪の用意をお願い。ラーソンも手伝って」
「俺もかよ」
「手伝ってくれたら焼きたてのクッキーが食べられるわよ」
「夕飯食ったばっかりだろうが」
「「大丈夫。デザートは別腹」」
シヴァと私の声が重なるとラーソンが吹き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
工房の石窯では一度に大量のクッキーを短時間で焼くことができた。
高温のため、焼き時間は通常の半分くらいですむのだ。
おまけに遠赤外線の効果でパリッと焼き上がり、香ばしくて歯ごたえのあるクッキーが焼き上がった。
「うん、美味い。焼きたては格別だな」
「でしょ?作り手の特権よね」
「ガロンもきっと喜ぶだろう」
「これだけあればガロンの友達にも配れるわよね」
モグモグと味見をしながら話していると、ラーソンが疲れた様子で椅子に座った。
「おまえら二人とも人使いが荒すぎだ。俺がどれだけ薪を割ったと思ってる!?」
ラーソンは工房の裏手に薪の山を作ってくれた。
「ありがとう、ラーソン。助かったわ。さすが力持ちね。さあ、食べて食べて」
「全くだ。ドワーフの中でも力自慢なだけあって手際がいい。しばらく薪の用意はしなくていいな」
二人掛かりで褒めちぎったので、ラーソンも気分が良くなったらしい。クッキーに手を伸ばしながらアドバイスをしてくれた。
「まあ、薪割りくらい毎日でも手伝えるけどよ。ちゃんと保管場所つくって乾燥させた方がいいんじゃないか?」
「そうだな。薪については失念してた。休み明けに早速作ってもらうとしよう」
「うん。私も薪を用意しなきゃいけない事とか直前になるまで気付かなかった。やっぱりやってみないとわからない事って多いわね」
「ミホはこれから毎日少しずつ試作品を作ってくれ。問題点が出てきたらその都度改善していこう。私達で食べきれない分は三日月班にあげればいい」
「そうね。三日月班の皆、喜んでくれるといいな」
(私も彼らの仕事ぶりに応えるべく頑張らなくちゃ)
私は真新しい工房を見渡した。
建設部隊のように、実際に戦闘はしなくても重要な役割があるとシヴァは教えてくれた。
それならここが、私にとっての戦場なのだ。