招かれざる者5
ちょっと長いです。
私は猿ぐつわをかまされ、麻袋に押し込められた。
拘束されている上に、二人掛かりで押さえられているため、ろくな抵抗もできなかった。
(離して!蓮に会わせて!あの子にひどい事しないで!)
「んーーーっ!うーーーーーっ!うーーーーーーーーーーっ!」
「うるさい!黙れ!」
ガッ!っという音がして、私は頭に熱い衝撃を受けた。
すぐ後からくる鈍い痛み。
私を拘束した男の一人が蹴ったのだろう。
ズキズキとうずく痛みと、どうする事もできない悔しさで涙が滲んだ。
そのまま二人の男に抱えられ、私はどこかに連れ出された。
男達は、私が暴れたり声を出すたびに殴るので、いつしか抵抗することをやめてしまった。
どさりと雑に投げ出され、体の痛みに耐えていると、ガタゴトと激しい揺れを感じた。
おそらく荷馬車のような物に乗せられたのだろう。
麻袋の中は、とにかく全てが不快だった。
肌が直接触れる部分は擦れてヒリヒリと痛いし、蒸し暑かった。
おまけに何か穀物の匂いがこもっていて息苦しい。
(あー、お風呂入りたいなあ・・・
喉も乾いたし、冷たいビール飲みたい・・・)
・・・我ながら暢気なものだと思う。
もうすぐ死ぬかもしれないというのに、あの時、麻袋の中で考えていたのはそんな事だ。
だってしょうがない。
かつて経験した事のない痛みと恐怖で、私の思考は麻痺していたのだ。人間、極限状態に陥ると現実逃避をするというのは、どうやら本当らしい。
(つまみはやっぱり枝豆かな。
いやでもニンニクと生姜でパンチをきかせた唐揚げも捨てがたい。
でも作るの面倒なんだよなー、揚げ物すると暑いし。
洗い物も多くなるし、簡単に冷や奴でもいいか。
トッピングに青じそとみょうがを乗せてみると美味しいかも)
つまみについて真剣に悩んでいるうちに揺れが止まり、私は再び男達に担がれた。
どうやら荷馬車では入れない森の中を歩いているらしかった。
「この辺でいいだろう」
そうして、ようやく麻袋から出された私の目に飛び込んできたのは、開けた地面とそこら中に散らばる骨だった。
ぞっとして、思わず身をすくめた私に、男達の声が降ってきた。
「魔物のえさにするには、もったいない美人だよな〜」
「どうせ死ぬんだし、ちょっとくらい俺らが遊んでも構わないよな」
ニヤニヤと嫌らしい笑い方をした男達の手が伸びる。
(構うわボケー!
お前らに好きにされるくらいなら、舌噛んで死ぬわーー!!
って、猿ぐつわが邪魔ーーーっ!!)
「うぐっ!!」
私に触れようと伸びた手がだらりと力を無くし、男達は地面に崩れ落ちた。
見上げた先に、血に濡れた剣を持つアルヴィンの姿があった。
「こんな事になってしまい、本当にすまない」
アルヴィンは跪いて私の拘束を解き、私と蓮のリュックを返してくれた。
「あなたの言う通りだ。
我々の勝手な事情に、あなた方親子を巻き込んでしまった。
しかし、この世界に勇者の力が必要なのも事実なのです」
アルヴィンは苦しそうな表情で続けた。
「約束します。
息子さんは、私が責任を持って立派な勇者に育てます。ですから・・・ですから・・・」
『許して下さい』それとも『犠牲になって下さい』だろうか。
後に続く言葉は聞けなかった。
言えなかったのだろう。
彼の立場からすると、私を助ける事はできないだろう。
だが少なくとも彼は、自らの行いを恥じ、過ちを認める分別がある。
悔しいが、私が死んだ後、蓮がこの世界で生きていくには勇者になるしかない。
そして、蓮を託せる人物を、私は彼以外知らない。
「どうか息子を宜しくお願いします」
私は頭を下げた。
「まだ、何もわからない子供です。どうぞ、色々と助けてやって下さい」
アルヴィンは驚いた顔で私を見つめたあと、真剣な眼差しで言った。
「私の命をかけて、息子さんを守る事を誓います」
(良かった。私は安心して逝ける)
アルヴィンは私に礼をして去っていった。
「さて、私も行くとしますか」
遅かれ早かれ魔物に襲われる事になるのだろうが、そこに転がっている男達と仲良く骨を並べたくはない。
私は自分のリュックを背負い、蓮のリュックを前に抱えてアルヴィンと反対方向である森の奥へとヨタヨタ歩いた。
リアムに傷つけられた足がズキズキと痛んだ。恐らく、逃げられないように傷つけたに違いない。
あんな男が聖職者などと聞いて呆れる。
『禿げろ、タンスの角に足の小指をぶつけてしまえ、魚の小骨が喉にひっかかれ』
呪いの言葉をぶつぶつと吐きながら森の中を進むと池があった。
日も傾いてきたので、私はそこで休憩する事にして荷物を下ろし、石や小枝を集めてかまどを作った。キャンプで学んだ事が早速役に立った。
ようやくかまどが出来上がったのは、すっかり日が暮れた頃だった。
ファイアースターターで火をおこし、焚き火にあたりながら一日を振り返った。
そう、異世界に来てたった一日の出来事だ。
着いて早々、蓮と引き離された。
別れの言葉を言う間もなかった。
既に4人もの人間が死んでいる。
私自身、死を待つばかりだ。
なんて、命の軽い世界だろう。
蓮は無事に成長できるだろうか。
ぼんやりと物思いにふけっていると、焚き火の向こうに黒い巨大な鉤爪が見えた。
恐る恐る見上げると、2メートルはあろうかと思える巨大なトカゲと目が合った。
「・・・わー、かっこいい。恐竜みたーい」
その日2度目の現実逃避だった。
お疲れさまでした。