交渉
「では一ヶ月程で戻る。それまで大変だろうが頼むぞ」
「はい。お任せください」
ダンに見送られ、私達はドルトを後にした。
荷馬車を操りながら、ラーソンが独り言のように呟いた。
「昨日の話は本気だったのか・・・いずれバルもやるのか?」
「ああ、あれは計画が変わった事をラーソンと打ち合わせが出来なかったから、疑われた時の為のお芝居だったのよ。ラーソンって嘘はつけないだろうし、それなら本気で商売する事にしたって思わせた方がいいでしょ?魔王様もノリノリで具体的な計画たててたから信憑性が増したわね」
「俺まで騙したのかよ。つくづく恐ろしい奴だな」
「・・・幹部の皆にもそう言われたんだけど、私のどこが怖いって言うのよ」
ラーソンはちらりと私を見ると首をすくめて口をつぐんだ。
解せぬ。
「ミホの提案に乗って宿の主人への報復も果たした。
せっかく手に入れたんだ。あの土地を遊ばせるのはもったいないだろう。
さっきも言ったが、情報を収集するにはちょうどいい立地条件だ。
あそこは街にも適度な距離がある上、扉を閉めれば中の様子は分からない。
人間の動向を知れば、不必要な争いを避ける事も出来る。
いい物件が手に入った」
魔王様が満足そうに微笑んだ。
「昨日幹部達にも事の次第を報告してある。皆、驚きはしたが賛同してくれた。
詳しい事はこれから帰って決めないといけないがな。
そう言う訳で、お前達二人には期待しているぞ」
「魔王様の中では、私とラーソンがあそこで働くのは決定なんですね」
「もちろんだ。安心しろ、お前達に任せるのは健全な商売だ」
旦那が亡くなってから就職先を探すのに苦労した事を思い出した。
「でしたら賃金とか就業時間とか休日などの労働条件を明確に決めてもらえますか?」
「おいおい、何を言い出すんだ」
ラーソンが慌てた。
「大事な事よ。皆はどうか知らないけど私はただの人間だから体力にも限界があるの。
お菓子作りってかなりハードで体力使うのよ。適度に休まないと倒れちゃうわ。
それに労働に見合った報酬がきちんとあった方がモチベーションもあがるのよ」
「それはそうかもしれないが、魔王様に直接交渉するなんて俺でも出来んぞ」
「だってこんな機会はそうそうないじゃない。
今回は作戦の打ち合わせで頻繁に登城してたけど、普通だったら私なんか魔王様に謁見すら出来ないでしょ?」
私の言葉に魔王様はふむ、と考え込んだ。
「労働に見合った報酬か。そうだな、考えておこう」