ヘッドハンティング
翌日、私と若様(魔王様)は再び荷馬車に乗ってドルトへと赴いた。
ドルトに到着すると、ダンが迎えてくれた。
「お帰りなさい。相手の方には会えましたか?」
「ああ、詫びを入れたが、やはり商談は流れてしまった。トラブルがあったとはいえ、約束を守れなかったのはこちらの落ち度だ。仕方あるまい」
若様がそういうと、ダンは気まずそうな顔をした。
「商売の邪魔をしてしまって、本当にすみません」
「君が謝る事はない。ラーソンはどうしてる?」
「食堂にいます。昨夜も冒険者達と一緒に飲んでたみたいです」
食堂に行ってみるとダンの報告通りラーソンは冒険者達と話していた。
「宿が無くなるのは残念だけど、おっさんの酒がいつでも飲めるようになるなら嬉しいな」
「ここに酒蔵が出来るのか」
「いや〜、今後どうなるかは俺にもまだ分からん」
「昨日話したのをもう忘れたのか?再来年には首都で売り出す予定だと言ったろう」
突然若様が現れ話に加わったものだから、ラーソンはビックリして椅子から飛び上がった。
「はっ?えっ?若様?・・・本当にここに酒蔵を作るんですか?」
「ああ、これはもう決定事項だ。宿をたたんだら、すぐに取りかかる。細かい事は一旦帰ってから説明する。色々と準備があるしな」
若様の発言に冒険者達がざわついた。
「君たちには悪いが、ここは我々の商いの拠点にする事にした。
しばらくは改修工事などで関係者以外立ち入り禁止となる。事故でもあったら困るからな。他の冒険者達にも周知してくれると助かる」
「わかった。どのみち昨日の騒ぎを知れば、誰も泊まろうなんて思わないさ。一日の終わりにうまい酒が飲めるようになるなら嬉しいぜ」
「そうと決まれば、早速街に帰ってギルドに報告だ。今後のダンジョン攻略は、今までの装備じゃ足りないだろうからな」
「じゃあな、エールのおっさん。うまい酒期待してるぜ」
冒険者達は食堂から出て行き、私達とダンだけが残った。
「ダン、君を見込んで頼みがあるんだが、このまま私の下で働く気はないか?」
「え?」
突然の申し出にダンも驚いた。
「さっき言った通りここを改修して商いの拠点にするつもりだ。
まずは当初の予定通り菓子工房を作り、同時に酒蔵も造る。
国から何人か職人を連れてくるつもりだ。
設備さえ整えれば質の良い物を作って成功する自信はあるしな。
だが我々はよそ者だから土地勘も無いし、この度の件で信用が無い。
首都で商売をするには、こちらの人間を雇った方がいいと判断した。
どうだろう?協力してくれないか?」
「俺は商売なんてした事ありませんよ」
「それは構わない。我々が国に帰っている間、ここの管理を任せたい。
まずは宿と離れにある家財を売ってくれ。改修費用の足しにする」
「・・・そんな重要な事を俺なんかにやらせていいんですか?
あなた方が国に帰っている間にそのまま金持って逃げるかもしれないですよ」
「そうかも知れないな。
だが君は自分の良心に従って行動できる人物だと私は感じた。
それに一時的に小金を手に入れて満足するような器の小さな男じゃないだろう。
一緒に首都一番の菓子屋と酒屋をいちから作っていく方が面白いと思わないか?」
ダンはしばらく考えた後、まっすぐに若様を見た。
「そんな風に口説かれたら嫌とは言えないですね。よろしくお願いします」