自業自得
ダン達に追い立てられるように自室に戻ったキムは、そのまま従業員の給金を準備させられるハメになった。
苦々しい思いで金庫を開けて金を準備していたキムは、ある事に気づいて手をとめた。
(金がそのまま残っている。この部屋にある金目の物も無くなってない)
書類を探す時に自分自身をチェックしていなかった事に思い当たり、キムは服を調べ始めた。
そうして、ベストの左ポケットに小さく折り畳まれた紙が入っている事に気づいた。
(まさか・・・)
震える手で紙を開くと、探し求めていた顧客スケジュールだった。
(なんと言う事だ。ずっと自分で持っていたというのか。全く覚えがないが、酔って無意識に入れたのかもしれない)
キムは脱力した。
子供達が脱走していなければ、自分ももう少し冷静に対処できたはずだ。
焦るあまり無実の冒険者達にまで疑いをかけ、暴言を吐いてしまった。
キーナ人達に没収されなくとも、ドルトは冒険者用の宿としては終わりだろう。
(顧客と自分の保身に走った結果、全てを失う事になるとは何たるざまだ)
「ふふっ・・・ふはははは」
自分の愚行が招いた結果に思わず笑いが込み上げてきた。
「おいおい、気でも狂ったのか?」
ダンやピート達が突然笑い出したキムを薄気味悪そうに見ていた。
「いいや、いっそ狂えたらどんなに幸せだろうな」
従業員全員分の給料を用意すると金庫の中はほとんど空になった。
キムはため息をつきつつ立ち上がった。
「給金はこれで全員分あるはずだ。この部屋にある物は私に権利があるから持って行く」
「宿の権利書と鍵は置いて行け。新しい主人に渡す」
「・・・わかった」
机の上に権利書と鍵を並べて置くと、ダンはそれを確認するように手にした。
「鍵はこれで全部か?合鍵はないのか?」
「ピート、お前の持っている合鍵を渡せ」
ピートは大人しくダンに鍵を手渡した。
「他に合鍵を持っている奴はいないだろうな?」
「ああ・・・」
その時、キムの脳裏に赤い髪がちらついた。
(そういえば最近あいつの姿を見ていないな・・・)
父が魔物に生ませた赤い髪の忌み子は、成長すると一度ここから逃げ出したが、父が死んでから時々顔を出して金の無心をするようになった。来るなと言ってもいつの間にか忍び込んでくるので、その特技をいかして魔物の子供を調達させた。
以前は少し金を握らせれば有り難がっていたのに、最近では顔を合わせるたびに不平不満を口にする様になっていた。
『兄貴がこんないい生活できてるのも、ガキ共を攫ってきた俺のおかげだろう?たったこれっぽっちじゃ割に合わねぇ。俺にも少しくらい甘い汁を吸わせてくれてもいいじゃねぇか』
少々うんざりしていたので訪問が無い事を気にもとめていなかったのだが・・・。
(魔物相手に盗みを働いたり子供を誘拐してきた奴だ。小遣いに満足できずに自分で商売を始めようとして地下室から子供を奪ったとしても不思議じゃない)
今回の事が、あいつの仕業だとすれば納得できる。
(くそっ!あいつの所為でここまで築き上げたものが台無しだ!)
キムは煌びやかな装飾品で溢れた部屋を見渡した。
(あれも、これも全部私の物だ!誰にも渡す物か!)
キムは狂ったように金目の物を漁りだした。
全ての指に指輪をはめ、首に幾重にも首飾りを付け、手当り次第に金になりそうな装飾品を鞄に押し込んだ。挙げ句の果てに、壁に飾ってある絵まで取り外して持って行こうとするので、ダンは思わず声をかけた。
「おい、正気か?そんなんじゃあ、外に出てすぐ追いはぎにあっちまうぞ。地味な恰好に着替えて、金目の物は見えないように袋にでも入れて分散させておいた方がいいぜ。それに、そんなでかい絵なんて荷物になるだけだろう」
「うるさい!これは私の物だ!ドルトは明け渡すんだ、文句はないだろう!」
キムは血走った目でダンを睨み、唾を飛ばしながら叫んだ。
「・・・一応、忠告はしたぜ。時間になったらとっとと追い出すからな」
◇◆◇◆◇◆◇◆
正午の鐘が鳴り終わってしばらくすると、ダンが食堂にいる若様の元にやってきた。
「あいつらを叩き出してきました。こちらが宿の権利書と鍵です。従業員の給金を預かってきたので皆に配ってきます」
「ああ、ご苦労様。よろしく頼む。あとこれが君の契約書だ。確認してあとで名前を書いて持ってきてくれ」
「今じゃなくていいんですか?」
「ああ、内容を良く読んで納得いかないところがあれば言ってくれ。昨夜は徹夜だったんだろう?食事をとってゆっくり休むといい」
ダンは驚いた顔をした。
「一週間と言わず、ずっとあなたの下で働きたいもんだ」
ダンが他の従業員を集めて給金を配っている間、私達は軽食を取りながら今後の話をした。
「キムを追い出すだけで良かったんですか?」
「ああ、直接手を下すまでもない。
あの様子じゃ首都に着く前に追いはぎに殺されるか、飼い犬に手を噛まれるかだろう。
元々は子供達の救出が目的だったから深追いは禁物だ」
「ここはどうします?」
「そうだな、せっかく手に入ったんだ。有効利用しない手はない。
いっそ本当に菓子工房と酒蔵をつくるか」
「ええ!?本気ですか?」
「ラーソンは冒険者達を気に入ったようだが、彼らの活動を応援するような宿の経営は許可できない。しかし、立地的に見てもここは人間の動向を知るのにいい場所だ。商売をしながら情報を集められる」
「だとしても、我々が首都に出入りするのは簡単じゃないでしょう」
「そうだな。しかし身元の確かな人間ならどうだ?ダンは私の下でずっと働きたいと言ってくれたぞ」
若様はニヤリと笑った。
「材料を仕入れたり、商品を売りに行ったりと普通の仕事をしてもらうだけだ。
我々の正体を明かす必要も無い」
「なるほど。それなら彼がここに滞在する時間も少ないし、いいかもしれません。
物価の上昇とか、兵を集めてないかとか、世間話程度でも十分情報は得られます」
「ああ。とりあえずこの件は会議にかける必要があるな。
子供達の状況も知りたいし、一旦帰るとしよう。
ラーソン、お前はここに残ってくれ」
「わかりました」
商談相手に会いに行くという口実で、私と魔王様はドルトを後にした。
首都に行くように見せかけるため西に進んでいると、途中で赤黒いぼろ布を集めたような大きな塊があった。
「あれ?あんなの今朝あったかしら?暗くて気づかなかったのかな?」
何だろうと思っていたら、魔王様の手が私の視界を遮った。
「見る必要は無い。欲に溺れた愚か者達の末路だ」