駆け引き2
キムの部屋を見れば、金や財産に執着する性質ということはすぐにわかった。
欲の塊の様なこの男が、自分の財産を手放す事になる条件を飲むとは思えなかったけれど・・・
私は若様を見て頷いた。
「女神様に誓って、私は何も盗んでいない。商品に眠り薬も入れていない。この宿を出る時に持ち出したのは、ここに入る前に持ってきた自分の荷物だけだ」
若様に続き、ラーソンが宣誓した。
「女神様に誓って、俺は何も盗んでいない。酒に薬を入れたりもしていない。離れにも近づいてない」
最後に残った私に、全員の視線が集まった。
「女神様に誓って、私は何も盗んでないし、お菓子にも薬を入れていません」
鍵は借りて返したから盗んだ訳じゃない。
キムは寝ていて気づかなかったけど、ちゃんと事前に断って借りたからね。
毒(眠り薬)は、お酒には魔物に影響のない物、試食用のお菓子には両種族に効く強い物を幹部の一人である樹木の精のオリヴィアが入れてくれたのだ。
ラーソンは完全に飲み過ぎて冒険者達と一緒に酔い潰れてしまったから、薬を入れていないという説得力も増した。
ちなみにダンが食べたクッキーは、移動中のおやつにと用意した物だったので、毒は入っていなかった。
そして、キムが血眼になって探している顧客スケジュールは、キムのベストの左ポケットに入れてある。ポケットの表面には凝った刺繍が施してあったから、軽く触ったくらいじゃわからないのだろう。
しばらく待っても私達の身に何も起こらず、私はほっと胸を撫で下ろした。
(良かった、女神様は今回も私達の味方をして下さった)
嘘は言っていないけれど、黒の判定を受けたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていた。
「私達の潔白は証明されたようだな。約束通り『ドルト』は貰い受ける」
若様が宣言すると、様子を見守っていた従業員や冒険者達から「おおっ」と歓声があがり、キムはその場にヘナヘナと座り込んだ。
「そんな馬鹿な・・・じゃあ、一体誰が、どうやって・・・?」
「旦那!」
「しっかりして下さい!」
荷馬車を滅茶苦茶にした二人の部下がキムの側に駆け寄った。
若様はその三人を冷ややかに見つめて言った。
「正午の鐘が鳴るまでに手荷物をまとめてここから出て行ってもらおう。今後、二度とこの敷地に足を踏み入れる事は許さない」
「あなた達を疑った私が悪かった。頼む、この通りだ。許してくれ。ここは親父から譲り受けた大事な財産なんだ。どうか私の女神様の誓いを撤回してくれ」
キムは平身低頭して許しを乞うたが、若様は冷たく言った。
「そんな事は私に関係ない。他の従業員達には時間の猶予を与えるつもりだが、お前達三人は許しがたい。
そもそも女神様への誓いはお前から言った事だ。神聖なる誓いを軽々しく扱った上、蔑ろにしようというのか?命が惜しくないようだな」
「そんな・・・」
あっさりと希望を打ち砕かれたキムは、ガックリとうなだれた。
「くそっ!貴様らさえいなければ!」
部下の二人が剣の柄に手をかけた。
しかしそれに気づいたダンが素早く動き、二人の手を斬りつけて阻止した。
「ダン!裏切るつもりか!?」
「この恩知らずが!」
「何の事だ?俺は宿の従業員として雇われてただけだ。旦那達が何をしていたかは知らないが、ヤバい事に手を貸した覚えはないぜ?それに、さっき首になったばっかりなんでね。今日までの給金を支払ってもらう為に残ってただけだ」
若様は襲われそうになったとは思えない悠然とした態度でダンに向き合った。
「礼を言う。君と従業員の給金は、そこで放心している男から取り立ててくれ。
急にこんな事になってしまって、みんな戸惑っているだろう。ここを出るのに、どれくらいの猶予が必要だ?」
「そうだな、せめて一週間はほしいところだ。
自分たちが出て行くだけなら二日もあれば十分だが、事情を知らない冒険者達が街には沢山いる。今日もここを目指してくる奴がいるはずだ。せめてそいつらは受け入れてやりたい」
「なるほど。君はそこの男よりも、よっぽど宿の経営者にふさわしいようだな。
いいだろう。君を含めて希望者はこれから一週間、宿の従業員として私が雇おう。
その間に宿を閉める事への告知と準備をすすめてくれ」
若様は冒険者達に声をかけた。
「聞いた通りだ。これから一週間は宿に泊まれるようにする。さっきダンジョンに向った冒険者達にもこの情報を教えてやってくれないか?全員、今夜もベッドで眠れるぞ」
「そいつはありがてぇ。いいとも、任せておけ」
冒険者達はそれを聞いて、意気揚々と宿を出て行った。
「さて、私は残ってくれる従業員を募ろう。ミホ、ラーソン、お前達は片付けを頼む」