疑われた者達
若様がリーダー格の男に声をかけた。
「一体、私達が何を盗んだって言うんだ?」
「旦那がいうには大事な書類らしい。夜の間外壁の扉は閉まっていたから、間違いなく中にいた者の仕業だ。
泥棒が入ったのは離れで、泊まっていたのはあんた達だけ、おまけに出て行ったのもあんた達だけだった。
疑われてもしょうがないと思ってくれ」
私は大きくため息をついた。
「はなっから人を疑うなんてひどいわ。ちゃんと探したのかしら?
私達はそんな大事な書類があること自体知らなかったわよ。
だいたい離れに泊まったのも受付の人が厚意で言ってくれたからであって、私達が望んだ訳じゃないわ」
「昨夜、宿の主人にも夜明けとともに出発する旨は伝えてあった。
朝早く出るので挨拶が出来ないことについても断ってある。予定通りに行動しただけで疑われるとはな」
「俺なんか離れに近づいてもいないぞ。ずっと食堂にいたんだ」
私達の抗議に見張りの男が渋い顔をした。
「俺もあんたらが犯人とは思ってねぇよ。あんたらの言い分は旦那に直接言ってくれ」
「どういう事?」
「旦那は書類が無くなった事で、見た事ない程取り乱してた。あんたらを犯人と決めてかかってる。
まあ状況的に疑わしいのは否定できないけどな。だけど多少怪我させてもいいなんていうのは異常だ。
俺が来たのはあんたらを傷つけずに宿に連れ戻すためさ。
悪いが潔白を証明したいなら、大人しく宿に戻ってくれ」
若様はため息をついた。
「正午までには首都につかないと商談に間に合わない。
ここで抵抗して無理矢理連れて行かれるくらいなら、さっさと戻って済ませてしまおう」
ラーソンは渋々という風に荷馬車を方向転換させた。
私達は前後左右を男達に挟まれる形でドルトへ連れ戻された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
私達がドルトに到着した時、冒険者のパーティーがゾロゾロと門から出て行くところと出くわした。
「こんな宿、もう二度と利用するか!」
「やってらんねぇぜ、全く!」
冒険者達は口々に悪態を吐きながら宿を後にしていた。
その中の一人が、ラーソンに気づいて声をかけてきた。
「おう!エールのおっさん!今朝早く出発だったんだろ?もしかして連れ戻されたのか?」
「そうだ。グラードの城壁がようやく見えてきたところだったのに、この兄ちゃん達に連れ戻されたんだ。いい迷惑だぜ、全く。その様子じゃ、お前さん達も疑われたのか?」
「ああ、信じられるか?荷物はおろか、下着の中まで調べられたんだぜ!?」
「おいおい、嘘だろ?お前さん達はこの宿の常連だろ?」
「ああ。何度もこの宿を利用して金を落としてたってのに、この仕打ちはねぇよな」
「ドルトのご主人様は、ならず者のはした金には用はねぇってよ」
どうやらキムは、取り調べに抗議した冒険者達に暴言を吐いたらしい。
大事な顧客に対してそんな態度を取るとは、呆れた経営者だ。
冒険者達の話を聞いて、見張りのリーダー格の男が頭を抱えた。
「まさか、そんなことを言うとは・・・気でも狂ったのか!?
みんな、うちの旦那が不快にさせてしまって、本当にすまない」
頭を下げる男に、冒険者達が冷ややかに言った。
「ダン、あんたには世話になったから忠告するけどよ、あの様子じゃ相当ヤバい事をやってたんじゃないかって皆で噂してたところだ。早いとこ次の職場を見つけた方がいいぜ」
「ああ、どっちみちドルトを利用する冒険者はいなくなるからな。俺たちのネットワークを舐めんな」
「そんな・・・」
ダンと呼ばれた男は、がっくりと肩を落とした。
「お前さん達はこれからどこに行くんだ?」
ラーソンが冒険者達に声をかけた。
「俺たちは予定通りダンジョンへ行く。恐らく他の奴らもそうだろう。手ぶらでは帰れねぇからな」
「そうか、気をつけてな!縁があったらまた俺の酒を飲ませてやるから、それまで死ぬんじゃないぞ」
「はははっ、ありがとうよ、おっさん。おかげで少し気分が晴れたぜ」
「参ったな、おっさんのせいでドワーフと戦えなくなりそうだ。責任とって次は果実酒も飲ませてくれよ」
冒険者達は片手を上げて、ダンジョンの方角へと去って行った。
見張りの男達は当惑した様子で顔を見合わせた。
「ダン、どうする?」
「・・・とりあえず中に入ろう。この人達を調べない事には旦那は納得しないだろう。俺たちの事はその後だ」
そうして私達は再びドルトの中へと足を踏み入れた。