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焦りと疑惑

「旦那!大変です!ガキ共がいません!」


 離れの見張りを担当しているピートが、ノックもせずにキムの部屋に飛び込んできた。

 その声と内容に驚いたキムはガバリと飛び起き、反動で机の上の書類が散らばった。


「何だと!?どういう事だ!?ピート、お前が見張ってるんじゃなかったのか?」


「それが、昨夜は緊急事態でして。水鹿の大群が押し寄せて来たんで、離れの奴ら総出で東の外壁の守備にあたってたんです」


「何?私は何も聞いてないぞ」


「一応、持ち場を離れる時に声はかけたんですが、もうお休み中だったみたいで・・・

 とにかく人手が足りなかったもんで、返事を待たずに外壁の応援に行ったんです。

 朝、いつもの時間に飯を届けに降りたら、もぬけの殻でした」


「鍵はどうした!?置いていったのか!?」


「いえ、俺の鍵はここにあります。ずっと身に付けてました。こっちに戻った時に確認した時は地下室のドアは閉まっていて、異常ありませんでした。飯を持っていって初めてガキ共がいないのに気づいたんです。檻の扉は開けられてました」


 キムは自分の右腰に手を当てた。サッシュにはいつも通り鍵束が挟まっている。


(恐らく見張りのいない隙に子供達を連れ出したに違いない。しかし、一体誰が、どうやって?)


 魔物の子供達を使って商売していた事が(おおやけ)になれば、自分は間違いなく牢に入れられるだろう。当然、捜査の手は客にも伸びる。それだけは避けねばならない。


(今まで上手くいっていたのに、なぜこんな事になった?)


 自分が危ない橋を渡っていた自覚はあるので、情報管理も客選びも慎重にやってきた。

 客を一日一人にしたのも、お互いの存在を知らせない為でもあったのだ。

 情報漏洩を防ぐ為に、宿で働く従業員にも子供達の事は知らせていない。

 この事を知るのは、離れで見張りと子供達の世話をしているピートとタイラーの兄弟だけだ。

 二人とも(すね)に傷持つ身で、行き場のないところを拾ってやったのでキムに忠誠を誓っている。

 この二人が裏切ったとは思えない。


「とにかく宿内をくまなく探せ!あれだけの人数を誰の目にも触れさせずに移動させるのは不可能だ。どこかに隠れているに違いない。さっさと連れ戻せ!」


 ピートが慌ただしく部屋から出ると、キムはどさりと椅子に腰掛け拳で激しく机を叩いた。


「くそっ!この私を陥れようとは!相手が誰でも見つけたら野良犬の(えさ)にしてやる!」


 キムは額に手をやって考え込んだ。


(緊急事態に気づかない程、眠っていたとは、我ながら何たる失態だ!しかし、眠った記憶がない。

 確か部屋に戻ってすぐ、来月の顧客スケジュール調整の続きをしていたはずだが。・・・ああ、書類を集めねば)


 キムは床に膝をついて、散らばった書類を集めた。

 しかしスケジュールを書き込んだ紙だけが見つからなかった。

 机の引き出しはもちろん、ソファやベッドの下まで探してみたけれど、どこにもない。

 キムは顔面蒼白になった。


(まずい!あれにはあの方の名前も書いてある。子供達に逃げられた上、あの方の名前が漏れるような事があれば、私の命はない)


 キムは居ても立ってもいられず、部屋を飛び出て宿の方に向いながら大声で叫んだ。


「おい、私がいいというまで誰もこの宿から出すんじゃない!冒険者達もだ!全員の荷物を調べろ!」


 いつもは穏やかなキムの取り乱しように、従業員達はビックリした。


「旦那様、どうかしたんですか?」


「私の部屋から大事な書類が盗まれたんだ!離れに置いていた大事な商品もなくなった」


「ええ!?泥棒に入られたんですか!?」


「そうだ。夜の間、扉は閉まっていたんだろう?だったらまだ中に居るはずだ!書類を持ってる奴が犯人だ」


 従業員達は顔を見合わせた。


「冒険者達なら、大半が食堂に転がって寝てますけど・・・起こしますか?」


「ああ、今すぐ全員叩き起こせ。書類を身につけているかもしれん。身体検査もしろ!私も行く!」


 食堂に向っていたキムの目に、大きく開いた扉が映った。


「おい!なぜこんな時間に扉が開いてるんだ!?開けたのは誰だ!?」


 騒ぎを聞きつけたダンが駆けつけた。


「キーナ人の一行が夜が明けてすぐに出発したので扉を開けましたが・・・それ以外は誰も出ていません」


「何だと!・・・そうだ、考えてみればあいつらが怪しい。離れに泊まっていたのはあいつらだけだ」


「え、でもその中の一人は確か冒険者達と一緒に食堂で寝てたようですよ」


 一旦、荷馬車に行った二人が食堂に迎えに行くのを壁の上から見ていた者がいた。


「うるさい!まだ二人残ってるだろう。考えてみれば辻褄が合う。あいつらが盗んだに違いない!誰か、あのキーナ人共を捕まえてこい。多少傷つけても構わん!!」


 キムは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「俺が行きます。あと体力が残ってる見張りの奴を三人程連れて行きます。残りは宿の中を調べてみて下さい」


 狼狽える従業員達を見かねてダンが名乗りを上げた。


(旦那は完全に冷静さを失ってるな。キーナ人達が盗人だと決めつけてる。冤罪だったらどうするんだ?ここは俺が動いておいた方が良さそうだ)


 ダンは使えそうな若者を三人指名すると、武器庫に走った。


「矢はせいぜい一人分しか残ってないな。ジミー、弓はお前が持て。後の者は剣を持ってついてこい」


 馬にまたがり、土埃を上げて外に駆け出したダン達の背中に向って、キムが叫んだ。


「いいか、絶対に逃がすんじゃないぞ。奴らにグラードの地を踏ませるな!()()ってでもここに連れて帰れ!」

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