ドルトからの脱出2
夜が明け、私と若様は離れを後にした。
思った通りラーソンはこちらに来なかったので荷馬車に行くと、彼はそこにいなかった。
もしかしたら、と思い食堂に行ってみると、ラーソンは空っぽの酒樽を抱えて床に転がっていた。
彼の周りには冒険者達が同じように床に転がっており、高いびきをかいて気持ち良さそうに眠っていた。
私は冒険者達を起こしてしまわないよう、そっと歩いてラーソンに近づき、彼を揺り起こした。
「ラーソン、起きて。夜が明けたわ。出発するわよ」
「んあ?もう朝か。ついつい飲み過ぎちまった」
若様は寝ぼけ眼のラーソンを見て笑った。
「呆れたやつだ。本当に空っぽになるまで飲んでた挙げ句ここで寝たのか。さっさと起きて準備しろ。出発するぞ」
荷馬車に荷物を積んだり馬をつないだりしていると、見張り台から疲れ果てた様子の男が降りてきた。昨日私達を受け入れてくれた男だった。
「・・・ああ、もう出発するのか。ちょっと待ってくれ、今、扉を開けてやるから」
「おはようございます。どうもお世話になりました。・・・なんだかすごく疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、どういう訳か水鹿の大群が押し寄せてきたんだ。魔獣の群れにでも追いかけられたんだろう。
一晩中、火矢を使って追い払ってた。あんたたち、運が良かったな」
「ええっ!?それじゃあ、あのまま野宿してたら踏みつぶされてたかも・・・本当にありがとうございます!」
「いいってことよ。じゃあ、道中気をつけてな」
「はい。本当にありがとうございました」
扉が開くと同時にラーソンが御者台で馬に鞭をふるった。
男は扉の外に出て見送ってくれたので、私は荷台の後ろに移動して手を振った。
外壁の周りは、無数の獣の足跡と矢の残骸が残されていた。
「こいつはすげぇ。見張りの奴ら、骨が折れただろうな」
「本当ね。すごい騒ぎだったと思うけど、ラーソンは気づかなかったの?」
「全然だ。中庭を挟んでる上に、俺自身歌ったり踊ったりして大騒ぎしてたからなぁ」
「随分楽しそうだったわね」
「ああ、一緒に飲んだ奴が言ってたんだがな、冒険者ってのは手っ取り早く金を手に入れられるけど、毎日命懸けだ。今日は大丈夫でも明日は死ぬかもしれねぇ。だから毎晩、生きている事に感謝しながら飲むんだそうだ。昨夜は俺のおごりで旨いエールを飲めて、最高だって言ってくれたぜ」
「そっか・・・」
冒険者達は常に死を感じているからこそ、そんな何気ない事が生きている事への喜びに繋がっているのだろう。
金の為に魔物を狩るという行為に抵抗はあるけれども、少なくとも彼らは自分たちの命も危険に曝している。
多少、言動が荒っぽかろうが、誰かを踏みつけてふんぞり返っている奴よりも、よっぽど好感が持てる。
「一緒に飲んで楽しかったよ。俺はあいつらの事、嫌いじゃないね。できれば二度と会いたくないもんだ」
私とラーソンの会話を魔王様は黙って聞いていた。
「ところで、本当にこの方角であってるのか?」
道無き道を進んでいるので不安になったんだろう。私は地図を広げた。
「ええと、宿から北に進んでるのよね?だったら問題ないわ」
「そうか?俺の記憶が間違ってたのか?」
ラーソンは首をひねった。その仕草が何だかガロンに似てて思わず笑ってしまった。
「ごめんごめん、言うの忘れてた。目的地は首都グラードに変更になったの。魔王様の許可も頂いてるわ」
「はあ!?なんだってわざわざ遠回りするんだよ?」
「もちろんグラードで菓子店を開くためよ。目指すは国一番の人気店よ」
びしっと空に向って人差し指を突き上げた私を、ラーソンは口をポカンと開けて見ていた。
「そうだ。同時に酒蔵を造って、再来年には首都で売り出す予定だ。お前の作るエールや果実酒は本当に旨いから飛ぶように売れるだろう。期待してるぞ、ラーソン」
「へ?」
魔王様の言葉にラーソンは間抜けな声を出した。
「ゆくゆくは、ちょっとした料理も楽しめるバルをだせたら最高だな。打ち合わせの時に食べたつまみはなかなか旨かったぞ。あれは定番料理に決定だ」
「いいですね。私としては女の人も気軽に入れる店にしたいです。お酒に合うお菓子を開発するのも面白いかもしれません」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。さっきから一体何の話をしてるんだ?」
「言った通りよ。私達は首都でがっつり稼ぐの!将来の構想は今からはっきりさせといた方がいいわ」
「ラーソン、お前も希望があったら何でも言ってみろ。遠慮はいらんぞ」
魔王様の言葉にラーソンはしばし考え込んだ。
「俺は賑やかなのが好きなんで、飲みながら音楽が聴ける店にしたいです」
ラーソンの言葉に、まだ歌い足りないのか?と魔王様はからかった。
そんな話をしながら進んでいくと、遠くにグラードの城壁が見えてきた。
「おお!見えたぞ!ここまで来ればもう少しだ!」
ラーソンが馬に鞭を入れようとした時、荷馬車のすぐ横に矢が掠め飛んできた。
「うわっ、危ねぇ!!一体誰だ!?」
後ろを見ると、馬に乗った四人の男達がこちらに向っていた。
そのうちの一人は矢を番えてこちらに構えており、残りの三人は剣を抜いていた。
「止まれ!抵抗したり逃げようとすれば遠慮なく撃つ!」
「はあ!?追いはぎか?返り討ちにしてやる!」
憤慨するラーソンを魔王様がいさめた。
「落ち着け。とりあえず今は彼らの言う通りに大人しくしよう」
私達の荷馬車はあっという間に囲まれてしまった。
両手を上げて降参のポーズをとっていると、一人の男が剣を携えたまま近づいてきた。
その顔に見覚えのあった私は、あっと言って声を上げた。
「あなた、ドルトの人ですよね?何でこんな真似を!?」
私の言葉に男は微妙な表情をした。
「その様子だと、追われるとは思っても見なかったようだな。
うちの旦那があんた達に大事な物を盗まれたと騒いでる。悪いが一緒にドルトに戻ってくれ。
こちらとしても怪我はさせたくないから、抵抗しないでくれると助かる」
男の言葉に私は真っ青になった。