解放2
魔王様は、子供達が監禁されている地下室のドアの前で私を待っていた。
そのドアは壁と同じ色で塗られている上に大きな観葉植物の鉢で隠されていた。
地下室の存在を知らなければ、うっかり見逃してしまっただろう。
「お待たせしました」
私は鍵を次々に差し込みドアを開けようと試みた。
(違う。これも違う)
ドアは三番目に差し込んだ鍵でようやく開く事が出来た。私はその鍵の形を覚えておく事にした。
「万が一に備えて私はここで見張っておく。お前は子供達のところへ行け」
魔王様に命じられ、私は階段を下りた。階段は狭く薄暗かったけれど、壁にはめ込まれた光る石のおかげで足元を確認する事が出来た。
地下に降りると、むわっとした異臭に包まれた。汗と糞尿と獣臭が混じったような吐き気を催す匂いだ。あまりの刺激臭に生理的な涙が出た。
(何の罪もない子供達を、こんな所にずっと閉じ込めてたっていうの?ひどすぎる!)
種族も年齢も違う八人の子供達は、数人ずつに分けられて檻に閉じ込められていた。
檻は全部で三つあり、隣り合わせの二つに女の子が三人ずつ、残るもう一つに男の子二人。
檻の出入り口は小さく、大人一人が屈んでやっと通れる程しかない。
数人ずつに分けているのも、出入り口が小さいのも、逃げられないよう用心しているのだろう。
子供達はそれぞれの檻の向こう側の壁際に肩を寄せ合って固まり、膝を抱えて座っていた。
私が檻に手をかけても、誰も何も反応しない。みんな息を殺してじっとしている。
「みんな無事?遅くなってごめんね。助けにきたわよ」
声を掛けると、半獣の女の子がピクッと反応して恐る恐る顔を上げた。
(うわっ、可愛い!)
十歳くらいだろうか?
セミロングのさらさらの金髪からのぞく先端の丸い獣耳。こちらを見つめる大きな瞳は琥珀色で、目鼻立ちの整った美少女だった。今はまだあどけないが、将来はかなりの美人になるに違いない。
「・・・なんだ、人間か」
美少女はガッカリしたように呟いて、また顔を膝に埋めてしまった。
「今すぐここから出してあげるからね」
私は檻を開けるために再び鍵と奮闘するハメになった。その間、時々ではあるけども美少女の視線を感じた。
「やった!開いた!みんな早く出て!」
しかし、私を警戒しているのか、檻の扉を開放しても誰も出てこなかった。
うつろな目でじっとこちらを見ているだけだ。
(だめだ、心を閉ざしちゃってる。なんとか自分で出てきてもらわないと・・・)
「私は確かに人間だけど、助けにきたのは本当よ。魔王様もここに来てる。皆を迎えにきたの」
私の言葉に、さっきの美少女が食って掛かった。
「嘘つき。魔王様は封印されてるのよ。そんな事みんな知ってる」
「本当よ。半年くらい前に復活されたの。皆の事を心配しているわ」
(ああ、でも魔王様自ら助けにくるとか、普通あり得ないか・・・到底、信じられないよね)
子供達に信じてもらうにはどうすればいい?魔王様を呼びに行く?
私は自問自答した。
子供達自身が実感できる事、それは・・・
「ねえ、あの赤い髪の男はもういないわ。みんなあの男に支配されてたから抵抗できなかったんでしょう?自分の力が戻っているのを感じない?試してみて」
私の言葉に、数人の子供が反応した。
「あいつがいなくなったって本当?」
「ええ。私がここにいるのは、魔王様達があいつをやっつけて情報を引き出したからよ。みんな、あなた達を心配してるわ」
ウロコの肌を持つ男の子がすぅっと息を吸い込んだ後、口から炎を吐き出した。
「うわっ!」
いきなり目の前で火が踊って、思わず仰け反った拍子に尻餅をついてしまった。
(ビ、ビックリした・・・)
私は檻を掴み、腰をさすりながら体勢を立て直した。
(あ〜、かっこ悪っ・・・)
しかし子供達はそんな私を気にも留めず、興奮した様子でしゃべりだした。
「本当だ。力が戻ってる」
「じゃあ、あいつがいなくなったって本当なんだ!」
「私達、本当に助かるの!?」
「ここから出られる?」
子供達の目に光が戻った。
「そうよ。だから早く出てきて。みんなで家族の所に帰るのよ」
みんな、のろのろと立ち上がった。
私はその姿を見て、再び泣きそうになった。
彼らの足は、長い間狭い檻の中に閉じ込められたせいで筋肉が落ち、すっかり細くなっていた。
「みんな歩ける?階段を上るのがきついかもしれないけど、少しだから頑張って」
私は子供達を励ましながらゆっくりと階段を上った。
地上への扉は開け放たれたままで、柔らかな光が私達を迎えてくれた。