解放
「緊急事態だ。水鹿の大群がこちらに押し寄せてる。ものすごい数だ!見張り全員、東の外壁の守備にあたれ!他にも手のあいてる者がいれば、火矢の準備を頼む!」
部屋の外がバタバタと騒がしくなった。どうやらベルガー達が行動を起こしたらしい。
しばらくすると部屋の外が静かになったので、私はそっとドアを開けて様子をうかがった。長い廊下の先には誰もいなかった。
「使用人や見張りは、外壁に誘導されたみたいです」
「よし、では我々も動こう」
「はい」
まずはキムが持ち歩いている鍵を手に入れなければならない。
シヴァが書いてくれた宿の見取り図は頭に叩き込んでいるから、場所はわかっている。
「すぐに鍵を取ってきます」
私は部屋の反対側に位置するキムの部屋へと急いだ。
途中で誰にも会う事なく、私はすんなりと部屋の前まで到着した。
ドアに手をかけて、ふと手をとめる。
(もしまだ眠ってなかったら・・・?)
いきなりドアを開けたら思いっきり怪しまれる。
私は逸る気持ちを抑え、ドアを控えめにノックした。
「キムさん、お聞きしたい事があるんですが、ちょっとよろしいですか?」
返事はなかった。わたしはそっとドアを開けた。キムは机に突っ伏して眠っていた。
「失礼します」
私は音がしないように注意しながら部屋の中に入った。
キムの部屋は、これでもかと贅を尽くした部屋だった。
床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、棚には美しい絵皿や彫刻が所狭しと置かれていた。壁には金の額縁に入れられた家族の肖像画が飾られ、ピカピカに磨き上げられた机や椅子の縁にまで金が使われている。
一つ一つの家具や調度品の趣味は悪くないのだが、それぞれが自己主張しているため調和しておらず落ち着かない。
自分のためよりも、他人に見せて自慢したいだけの部屋のように見える。
(何ていうか、成金趣味?)
シヴァの部屋は全然違った。
質素だけれども実用的な家具が必要な分だけ揃えられ、ハーブなどの草花に囲まれた部屋は居心地が良く、リラックスできた。もの静かで穏やかな彼らしい部屋だった。
(まあ、人それぞれ好みが違うからね)
私は眠るキムの側に近寄った。
キムは書類を書いていた途中で力つきたらしく、羽ペンを握りしめたまま眠っていた。
軽くトントンと肩を叩いてみたが、全く起きる気配がない。
(良く眠ってる。これならしばらくは大丈夫そうね)
ドキドキしながらそっとキムの着ているベストをめくると、腰に巻いてある太いサッシュに鍵の束が差し込まれていた。
「少しの間お借りしますね」
私は小声でそう言って鍵の束を抜き取り、そっと部屋を後にした。