エールで乾杯
キムが食堂の扉を開けると、中にいた冒険者達が一斉に振り向いた。
「おい、あの人この宿の主人じゃないか?」
「ああ、こっちには滅多に顔を出さないのに珍しいな」
「俺はここを何度も利用してるが、主人が食堂に来たのは初めて見たぜ」
ざわつく冒険者を意に介さず、キムは食堂にいる従業員に声をかけた。
「忙しいところ悪いが、席を一つ作ってくれ。椅子は4つだ」
「はい、ただいま」
突然現れた雇い主に慌てた従業員は、手に持っていた皿を近くに座っていた冒険者に押し付けて丸テーブルと椅子を持ってきた。そして部屋の奥の空いているスペースに席を設けた。
「お待たせしました。どうぞ、中へお入りください」
そう言ってキムは扉を押さえ、私達を中へと促した。
魔王様はキムに軽く会釈をし、悠然と食堂に足を踏み入れた。
冒険者達は、宿の主人が丁寧にもてなす青年を興味津々で見ていた。
皆、冒険者でない者が宿の食堂に現れた事にいぶかしんでいたが、魔王様の纏う雰囲気に気圧されたのか、席に着くまで誰も何も言わなかった。ただし、若い女性の冒険者達は、魔王様を見てきゃっきゃっとはしゃいではいたが。
一方、私とラーソンはそう言う訳にいかなかった。
私が扉をくぐると口笛を吹かれ、後から入ってきたラーソンには好奇の目が注がれた。
「え、あいつドワーフじゃないか?」
「いやまさか、ドワーフが冒険者用の宿にノコノコ来るわけないだろ」
「確かに。自ら狩られに来るようなもんだぜ」
ヒソヒソとささやき声が聞こえた。
そんな声を無視して歩いていると、一人の酔っぱらいが私の腕を掴んで強引に酌をさせようとした。
「よう、ねえちゃん、俺の隣に座って酌してくれよ。仲良くしようや」
そう言って、ぐいっと腕を引かれて傾いた私の体を、後ろに続くラーソンが支えてくれた。
「大丈夫か?・・・にいさん、こいつはうちの大事な職人なんだ。手荒な真似は勘弁してくれ」
酔っぱらいはラーソンを見ると、眉をつり上げて声を張り上げた。
「うるせぇ、ドワーフみてぇなツラしやがって。邪魔するな」
「わははははは。ドワーフか、そりゃあ、この自慢の髭と筋肉への褒め言葉と取っておくぜ」
ラーソンは酔っぱらいを全く相手にせず、私の腕から男の手を離すと茶目っ気たっぷりに言った。
「酌が欲しいなら、いくらでも俺がしてやるよ。飲み比べしようや」
そう言って酔っぱらいの席に座ると勝手に酒をゴブレットに注ぎ、「乾杯」と言って一気に飲み干した。
「ああ?何だこの薄めた酢みてぇな味は?こんなんでよく酔えたな?この国ではこんな物をありがたがって飲んでるのか?待ってろ、俺が今、本物のエールってやつを飲ませてやるよ」
ラーソンはそう言って食堂から走って出て行くと、すぐに酒樽を肩に担いで戻ってきた。
「うちの自慢のエールだ。これを飲んだら他のじゃ満足できなくなるぜ」
ラーソンは酔っぱらいにゴブレットを差し出してウィンクした。
調子を崩された酔っぱらいはしばらくラーソンを睨んでいたが、差し出されたゴブレットを奪うように取ると一気にあおった。そして、目を丸くしてラーソンの顔を見返した。
「うめぇ。こんなうまい酒、生まれて初めて飲んだぜ。もう一杯くれ」
「わはははは!そうだろう、そうだろう、いいとも、どんどん飲め」
ラーソンは自分も飲みながら酔っぱらいに酒を勧めた。
「おう、おっさん、俺にも飲ませてくれよ」
「こっちにもわけてくれ」
二人の様子を見ていた冒険者達がわらわらとラーソンを取り囲んだ。
「いいとも。ここで会ったのも何かの縁だ。たっぷり味わってくれ。ただし、この樽空にするまで潰れるんじゃねぇぞ」
ラーソンは陽気に笑って皆に酒を注いで回り、乾杯の音頭をとってあっという間に人気者となってしまった。
(すごいわ、こんなにすぐにお酒を飲ませる流れを作るなんて)
私自身が推薦したとはいえ、こんなにあっさりと事が運ぶとは思いもしなかった。
(さて、次は私の番ね)