手紙6
蓮の正直な気持ちがストレートに綴れた手紙に、私は完全にノックアウトされた。あまりにも泣きすぎて、しばらく放心状態になったほどだ。
こんな複雑な思いを抱えたまま、今日まで何も言わずにいたなんて、どれだけ苦しかったろう。
・・・いや、正確には再会した時に直接言われたわね。
でも再会と妊娠の二重の喜びに浮かれた私は、あの子と真摯に向き合わなかったんだ。
蓮は自分の気持ちを言った後、一緒に暮らさないという態度でSOSサインを出してたのに、気づかずにいた自分が情けない。
それどころか、新しい家族の存在に驚くのも、急に受け入れられないのも当然だから仕方ない、時間をかけてお互いを知れば分かってくれるはずと、能天気に考えてた。
今にして思うと、蓮の私への信頼が無くなってることから、無意識に目を背けてたんだろう。
手紙に書かれてあるのは全て正論で、ぐうの音も出ない。
蓮から、俺ができ婚してたらどう思う?って問いかけられて、想像しただけで頭を殴られたようなショックを受けた。
軽蔑されても仕方ない。蓮が怒るのも当然だ。
私は蓮の気持ちを蔑ろにして、自分の気持ちを優先したのだから。
でも・・・確かに1年経たずに再婚はしたけれど、事実上の夫婦になったのは、結婚して1年以上経ってからだ。
蓮に相談もなく再婚した負い目もあったし、私自身も心の整理が必要だったから、シヴァと相談して待ってもらっていたのに。
本当に、どうして再会するまで待てなかったのかしら?
ーダッテ、ソレダト、マニアワクナルカラ。
間に合わなくなる? 何が?
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・ああ、そうか。
私も来年は40才。高齢出産は母子ともにリスクがあるから、それで・・・。
シヴァの優しさに報いたくて、そして何より未来の彼が孤独にならないように、私は「蓮の母親」より「シヴァの妻」という立場を優先させたんだ。
だからといって、蓮よりシヴァを愛してるというわけではない。愛情のベクトルが違うから、比べられるものではないと思う。
でも・・・どんなに言い訳しても、母親として息子の信頼を裏切ったのには変わりない。悲しいけど、気持ち悪いと思われても当然よね。
こんなに傷つけられても蓮が私を見捨てなかったのは、あの子の生来の優しさもあるだろうけど、やっぱり父親と死別した経験が大きいと思う。
こんな身勝手で情けない母親でも、いないよりマシだと思えたのは、独りぼっちになって寂しく不安な日々を過ごしたからだろう。
そう思ったら、胸がキュッと締め付けられる。
蓮は、私はもちろん再会を喜ぶ周囲の雰囲気に水を差したくなくて、自分の感情を殺して新しい家族と仲良くしてくれた。
もしも蓮が感情のままに私に反発して、頑なな態度をとっていたら、(もちろんそれは蓮の権利ではあるし誰も非難できないけれど)きっと今みたいに全員で和やかに食卓を囲む幸せな時間は訪れなかっただろう。
家族の平和は、あの子の犠牲の上で成り立っていた。
唯一の救いは、今の距離感が丁度いいと蓮が感じてくれる事。
同じ歳ということもあり、ガロンとは早いうちから打ち解けていたけれど、最近ではシヴァともよく話している。その表情を見る限り無理している様子はない。複雑な思いはあるけれど、嫌悪感は持っていないようだ。
私に対しても、普通に接してくれている・・・そう思ってた。
でも悲しい事に、蓮は母親に期待することをやめてしまったみたい。
私にして欲しいことより、して欲しくないことの方がすぐに思い浮かんだのがその証拠だ。
これ以上傷つきたくないから、蓮は静かに線を引いて物理的な距離を取ったんだと思う。
そしてそれは今だけじゃなく、これから先ずっと続く。
どれだけ後悔しても、泣いて謝っても、私達親子は元には戻れない。
自業自得よね。せめてこれからは、もっと蓮の気持ちを尊重しなくちゃ。
涙を拭って、手紙の最後の方に再び目を向ける。
「俺と一緒に暮らせるって思ってる無神経さにもイライラする」
そりゃね、確かに蓮からすれば、母親がこれだけやらかしながら一緒に暮らすつもりでいたことにムカつくのもわかる。
デリカシーがない事、配慮が足りなかった事は認めるけど、保護者が未成年の子供と一緒に暮らすのは当然では?
幸いショーンさんは全然迷惑と思っていないようだけど、いつまでもご好意に甘えるわけにもいかないし。
でも新しい環境や家族をすぐに受け入れられない気持ちもわかるから、しばらく様子を見ていたのだけれど。
「だからきっと、お母さんと一緒に暮らす事はないと思う」
はっきりと宣言されてしまった。・・・悲しい。
でもきっと私達が一緒にいると、いつまで経っても蓮の心の傷は塞がらないんだわ。
認めるのは辛いけど、蓮はもう親離れをしたみたいだ。
蓮の正直な気持ちを知った今、これ以上、私のわがままを押し付けるわけにはいかない。
寂しいけど、子供が成長して親元から巣立つのは自然なことだもの。
でもせめて18才位までは、一緒に暮らしたかったな。
あのまま日本で暮らしていたら、蓮が大学進学や就職で家を出るまでは、一緒に暮らせていたのに。
「将来、世界中を旅して、お父さんみたいに人々の力になりたい」
いい夢ね。尚紀さんが聞いたら、きっと喜んだはず。私だって全力で応援するわ。
「でもこの先、離れて暮らす事になっても、俺とお母さんが親子である事に変わりないよ」
うん。たとえ嫌われても、喧嘩しても、親子の愛情がなくなるわけじゃない。どこにいても、変わらずにあなたの幸せを祈っているからね。
***
夕食の時間は、プリン専門店のプレオープンについて盛り上がった。
ダンの報告によれば、大成功だったらしい。
初めのうちは動きの固かったスタッフ達も、お客の反応が良い事で自信をつけ、明日の準備も万端だそうだ。
店を警戒していた人たちも、ニコニコと笑顔で帰っていく客の顔を見て、興味深そうに話を聞いてたらしい。
まだまだ油断はできないし、課題もあるけれど、まずは順調な滑り出しができて何よりだ。
そんな明るい話題の中、蓮はどこかソワソワして落ち着かない様子だった。
きっと手紙を読んだ私の反応が気になったんだと思う。
だから食器を下げに来た時、声をかけた。
「蓮、悪いけど食器洗うの手伝ってくれる?」
「うん、いいよ」
時々、シヴァやガロンにも手伝いを頼むので、今日は蓮の番かと誰も不審に思う事なく、私達はキッチンで2人きりになれた。
(改めて謝りたいけれど、手紙に謝るなと書かれてたからなぁ)
「手紙ありがとう。あんなに早く返事がもらえるとは思わなかった」
私がそう言うと、蓮はちょっとビクッとして「うん」と頷いた。
「寝不足だったんじゃない? 大丈夫だった?」
「うん。暇な時間にちょっと仮眠とったから。お母さんの方こそ大丈夫?」
蓮はちらっと私を見た。
「うん。蓮の気持ち、全然わかってなくて、情けないのと申し訳なさで号泣しちゃった。もっと早くに話すべきだったわ。蓮もずっと辛かったよね」
「・・・まあね。でも話し合いでも、お母さんは泣いたと思うし、そうしたら俺は結局自分の気持ちを全部言えないままだったと思う。手紙で色々ぶっちゃけて、すっきりした」
「そう。それなら良かった。家族のために今まで我慢してくれたんだよね。ありがとう」
「・・・うん。でもお母さんが思うほど辛いわけじゃないよ。今の生活は割と気に入ってるし」
「本当? 無理してない?」
「全然。お母さんこそ、怒ってない?」
「怒ってないよ。むしろ謝んなきゃって思ってるし、これからは蓮の気持ちを尊重するつもり」
「じゃあ、俺が一緒に暮らさなくてもいいんだ?」
「うん。・・・正直言うと、18才までは一緒にいたいけどね」
「あ、それなら安心して。18才までは今の生活を続けるつもりだから」
「本当!?」
「うん。あと3年は勉強する予定なんだ。その間に旅の準備もするから、お母さんも協力してくれる?」
「うん。キャンプ用品持っていく? テントとか」
「そうだね。野宿する時に便利かも」
「他には何かある?」
「うん。料理のレパートリー増やしたいから、これからも色々教えてほしい」
「勿論よ。異国には珍しい食材があるかもね。果物とか香辛料とか」
「香辛料があれば、カレー作れる?」
「うん。流石に市販のカレールーの味は再現できないけどね」
「じゃあ、香辛料を見つけたら、お土産に持って帰るよ」
何気ない言葉だった。不確かな未来の約束。
だけどそこに込められてる意味は、私がまだ蓮の帰る場所だということ。
胸がじ〜んと熱くなり、嬉しくて泣きそうになる。
「そしたら2人でまたカレーを作ろうか。キャンプの時みたいに」
そう言うと、蓮は嬉しそうに笑った。




