ドルトの主人
見張りの男が報告にやってきた時、キムは来月分の来客スケジュールを組んでいた。
それぞれの客が来店した時に、好みの酒や食事を用意する為である。
時には楽師をよんでみたり、季節の草花を飾ったり、香を焚いたりと、手を替え品を替えして常に客を楽しませていた。
このように主人自ら細やかな気配りで持てなしてくれるので、相場よりも高い料金であっても顧客の満足度は高く、足が遠のく事はなかったのである。
スケジュール調整は顧客の予定や要望を反映させねばならない為、なかなか骨の折れる仕事だったが、キムは人を喜ばす事が好きな性質で、この作業をむしろ楽しんでいた。
しかし今、その作業を中断されてキムは少々機嫌が悪くなった。
「キーナ人の商人が挨拶したいって?辺境国の若造相手にわざわざ私が出向く事もないだろう。
泊めるのは構わんが、私は今見ての通り忙しい。挨拶は無用だ。悪いが断ってくれ」
「ですが、只者ではないようでして。連れの女に若様と呼ばれていました。とてもそこらの商人には見えません」
「ほう。女連れか。どんな女だ?」
「なかなかの美人で、菓子職人だと言っていました。雇い主がグラードに店を出すので、腕を見込まれて出稼ぎに出てきたと。一般的なキーナ人の恰好でしたが、言葉遣いも丁寧で品がありました」
「キーナから出てきてグラードに店を出すのか。そこそこ金は持ってると見える」
ふむ、と思案していると、今度は受付の男がやってきた。
「旦那、いま受付にいるキーナ人ですが、かなり羽振りがいいようです。
料金前払いで三人別々の部屋を用意しろと言われました」
「何?女連れとはいえ普通は一部屋ですませるだろうに」
「ええ、俺もそう言ったんですが、若様を自分たちと一緒に寝かせる訳にいかないと。
空きがなければ自分たちは荷台でもいいから、若様用に一部屋用意して欲しいと言われました。
普通の商人じゃないかもしれません。離れの部屋に案内してもいいですかい?」
(見張りと受付がわざわざ進言しにくるとはな。よほどの人物と見える)
キムはキーナ人の商人に興味を持った。
「そうだな。グラードに店を出すぐらいなら結構な金持ちだろう。今のうちにお近づきになっておいて損はないかもしれん。よし、私自ら案内しよう」
(もしかしたら新しい顧客になるかもしれん。金蔓は多いにこした事はないからな)
キムは書きかけの来客スケジュールを机の引き出しにしまって鍵をかけ、珍客を迎えるべく部屋を後にした。




