星空市場4
「あっ、ガロンだ! おーい!」
席に戻る途中、前方にガロンの姿を見つけて、蓮は思わず声をかけた。
ガロンは蓮の声に振り返ったが、こちらの姿は人混みに紛れて見えないらしく、キョロキョロと辺りを見渡している。
「ガロン、ここだ」
シヴァが声をかけて、ようやくガロンはこちらに気付き、ニコッと笑った。
「お疲れ。沢山買えたみたいだね」
「うん、お店の人に2本もおまけして貰った」
ガロンは骨付きソーセージが山盛りの皿を両手で持ってご満悦だ。
「すごい。ラッキーだったね」
「うん。お店の人、すごく優しかった。試食もさせて貰った」
ガロンがそう言うと、ラーソンが豪快に笑った。
「食った途端、『これ最高に美味い! 12本下さい!』ってガロンがデカイ声で注文したんだよ。おかげで客が次々と集まってきて、店主がお礼にって、おまけしてくれたのさ」
美味しいと言うガロンの声に、嘘がなかったからこそだろう。
「レンが買ったのも美味しそうだね。いい匂いがする」
「うん。パンの器にジャガイモのピューレ入りのトロトロチーズが入ってるんだ」
「絶対美味しいヤツだ! 温かいうちに食べなきゃ!」
「うん、急ごう」
「父さん、早く早く」
二人でシヴァとラーソンを促して、お母さん達が待つ席へと急ぐ。
(二人とも大丈夫かな。何事もなければいいけど)
幸い、蓮の心配は杞憂に終わった。二人とも無事どころか、オリヴィアを挟んで何やら楽しそうに盛り上がっている。
ホッとしてると、お母さんが気づいて笑顔で手を振ってきた。
「おかえりなさい、お疲れ様」
先生とオリヴィアも、こちらを振り向いて笑顔で手を振る。
「買い出しありがとう。どれも美味しそうですね」
「呼ばれたから来たわよ〜」
三人から温かく迎えられたけれど、オリヴィアを前にして蓮は少し緊張した。
戦争の時に森を派手に焼いてしまったから、彼女の中で蓮の印象は最悪なはず。これ以上、失敗は許されない。
「こんばんは、お久しぶりです」
「こんばんは。元気そうね」
緊張しながら挨拶すると、オリヴィアは笑顔で挨拶を返してくれたので、少しホッとした。どうやら機嫌が良いみたいだ。
「オリヴィア、急な呼び出しに応じてくれて礼を言う」
「いいわよ。その代わりご馳走してもらうから」
「勿論だ。遠慮なく楽しんでくれ。ホットアップルサイダーとレモネード、どっちがいい?」
「ん〜、今の気分はホットアップルサイダー」
シヴァはホットアップルサイダーをカップに注いで、オリヴィアに渡した。リンゴとスパイスの芳醇な香りが辺りに漂う。
「良い香り。幸福感が満たされそう」
オリヴィアのカップに興味津々のお母さん。
「ああ、今の時期は一番人気だそうだ」
そう言いながら、さりげなくレモネードをお母さんに渡すシヴァ。
「ありがとう。・・・あ、ホットレモネードだ。美味しい」
お母さんは一口飲んで、満足そうに笑った。
買ってきた料理をテーブルに並べ、全員のカップを満たして食事を再開。
「切り株チーズ、美味いな」
「中のチーズは勿論だけど、パンも美味しいわね」
「表面に散りばめられたゴマが、味に深みを出してますね」
珍しい料理に会話が弾む。
「これってチーズフォンデュに似てるよね」
「そうね。個人的にはこっちの方が好きかも。今度作ってみようかな。大きめのハードパンを焼いて、厚みを1cm残して・・・ジャガイモは割合はどれくらいかしら」
お母さんが料理を観察しながら、作り方をブツブツと呟いている。
(この調子なら、切り株チーズを家で食べられるかもしれない)
そう思ってるとガロンと目が合った。同じ事を考えているのが分かって、二人でハイタッチする。楽しい。
「この骨付きソーセージ、美味いな。焼き加減も丁度いい」
「大きくて食べ応えがあるわね」
「ああ、味付けもしっかりしてて、エールに合いそうだ」
ガロンの買ってきた料理も大好評で、皿はすぐに空になった。
「まだ皆食えるよな? デザート買ってきたぜ」
そう言ってラーソンがテーブルに乗せたのは、皿を合わせてくっつけたような円盤型の謎の物体。
どう見ても乾燥した土の塊で、俺もお母さんも先生も目が点になった。
「何これ? デザートどころか全然食べ物に見えないんだけど」
お母さんが不審そうに塊をつつく。
「何だ、知らないのか? ふふん、まあ見てなって」
ラーソンは得意げに言うと、徐にその辺の石を拾い、円盤の端を軽く叩いた。円盤はどうやら粘土で出来ていたようで、簡単にヒビが入る。
「じゃ〜ん、お宝のお出ましだ!」
そう言って上部を取ると、中には新鮮な葡萄が3房入っていた。
「わぁ、葡萄じゃない! もう旬を過ぎたから、来年まで食べられないと思ってたのに」
葡萄が好きなお母さんが、目をキラキラさせて手を伸ばす。
「ん〜、果汁たっぷりで美味しい! ラーソン、ありがとう」
先生も葡萄に手を伸ばして一粒取り、マジマジと観察している。
「見た目は似てますが、品種が違うんでしょうか?」
「いいや同じだぜ。多分2ヶ月位前に収穫したやつだろうな」
ラーソンが葡萄をもぐもぐ食べながら、なんて事ないように言った。
「ええっ!? 嘘でしょ? なんでこんなに新鮮なの?」
「時間を止める魔法ですか?」
お母さんと先生の言葉に、シヴァとラーソンが顔を見合わせる。
「いや、魔法じゃない。昔から伝わる葡萄の保存方法だ。粘土と藁で器を作り、傷のない葡萄を入れて密閉すれば、半年は持つ」
「半年も? すごい!」
「どんな原理で? 誰が考えたのですか?」
先生の質問にラーソンが首を傾げる。
「大昔、女神様が教えてくれた方法だって話だが・・・。ショーンが知らないってことは、人間は忘れたのか、それとも教えてもらえなかったとか?」
先生はそれを聞いて、悲しそうな顔をした。
「女神様は平等に知恵を授けられたと思います。廃れた原因はいくつか考えられますね。一握りの人が情報を独占した為か、あるいは文献が紛失したか。そもそも文字を書ける人が少ないし、紙も今よりずっと貴重でしたから、文献自体が存在しなかった可能性もありますが」
この知恵が広まっていれば、冬の貴重な栄養源になれたのにと、先生は少し落ち込んでいるようだった。
「気候が合わなかったとか、粘土の質が悪かったかもしれないよ」
「そうそう。条件が合わなくて保存に失敗したのが廃れた原因かも」
俺とお母さんのフォローに、先生がハッとした顔になる。
「その可能性もありますね」
「そうそう。何なら来年から実験して、成功したら広めれば良いじゃない。失敗したらしたで、こっちから輸入すれば?」
お母さんの何気ない発言に、大人達全員が固まる。
「・・・我々と人間の間で交易が可能だと思うか?」
「一応和解したとはいえ、多くの人間を森に入れたくはないわね。荒らされたくないもの」
「そうですよね。個人的には賛成ですが、お互いの民の心情を考えると・・・」
否定的な意見に、お母さんは首を傾げる。
「ん〜、別に森に人間を入れなくても、外に貿易や交流拠点を作ればいいんじゃない? というか、ツナ缶工場を作る予定の港町が自然にそうなると思うけど」
「どうしてそうなるんだ?」
ラーソンの問いに、お母さんは自信満々に答えた。
「ツナ缶は食文化に新風を巻き起こす商品だもの。絶対に売れるわ。港町は商人や、缶詰の技術を学びたい人が集まるでしょう。多分、数年後にはかなり大きな街になるんじゃないかしら」
「その可能性は高いですね。長期保存が可能で旅の携帯食にもなる便利な品ですから。何より味も良い。商人は我先に買い付けに来るはずです」
先生が頷く。
「買い占めて荒稼ぎしようとする不届者も出てくるだろうから、今のうちに売買に関する決まりを作っておいた方がいいかもね。森の民にも販売する予定だし」
「そうですね。トラブルを未然に防ぐ為にも、公平な取引を行えるよう調整しないと」
先生はそう言うと、腕組みして宙をぼんやりと見始めた。
(あ、やばい。ゾーンに入り始めてる)
一緒に暮らすようになって知った、先生の厄介な癖。
この状態で目を閉じて顔が上になると、自分の考えに没頭してしばらく周りの声が聞こえなくなる。
「あのさ、使ってるお金が違うけど、それはどうするの?」
全員の視線が俺に集まる。
「確かに、どちらの通貨でも使えるようにする必要があるな」
「そうね。それに両替所も必要ね」
「通貨の価値について、すり合わせが必要ですね」
シヴァも話に加わって、色々意見を出し始めた。
「実際に販売できるのは、早くても二年後だろう。それまでに売買や技術提供に関する法律を作らなければ。ショーン、草案作りに協力してくれ」
「勿論です。ついでに街道の整備についても提案してみますね」
先生とシヴァが議論すると、色々な意見がサクサク出できて、そのスピード感に驚く。数年先を見据えた多角的な物の考え方は、すごく勉強になるけれど。
(ツナマヨが食べたいだけだったのに、随分大ごとになっちゃったな)
缶詰作りが国家事業になった時点で、十分大ごとではあるけれど、こんなに多方面に影響が出るなんて思わなかった。
「仮に港町が交易拠点になったとしても、そこに行くにはソルーナ共和国を通らなきゃいけないわ。安全性に問題があるわよ」
オリヴィアの言葉に、先生が難しい顔をする。
「確かに野盗に襲われる可能性もありますね」
「下手すれば国際問題に発展するな」
「ソルーナ共和国に取り締まりを強化してもらうにしても、完全に防ぐのは不可能ですし」
「護衛をつければいいんじゃないか?」
「しかし我々が武装していると、人間側も警戒するだろう」
また新しい議論が始まる。
「じゃあ、森に運河を作ったら? それなら目的地まで人間と接する事もないし」
お母さんが何か思いついたらしく、明るく言った。
「船なら荷物も沢山運べるし、海の民も森に行き来できるようになる。我ながら良いアイデアだと思うけど、どう?」
皆が呆気に取られてるのに気づかず、お母さんは話を続ける。
「あ、もう一つ思いついた。運河を作る時に掘った土で、海に人工島を作って、森の民専用の観光地にしたらどうかな。人数限定の日帰りツアーを組んで、綺麗な景色や海の幸を満喫してもらうの」
「面白そう。俺行ってみたい」
「確かに・・・楽しそうね」
ガロンとオリヴィアの同意を得られた事で、お母さんは調子づいた。
「でしょう? そして森の方にも、海の民専用の食事処やお土産屋さんを作るの。季節の花とか果物とか、すごく喜ばれると思うのよね」
お母さんの頭の中には未来の光景が広がっているのか、目を瞑って満足そうに頷いている。
(ここら辺で暴走を止めないと)
「お母さん、思い付きで好き勝手言うのやめなよ。缶詰工場だけでも大変なのに」
「いや、なかなか面白い構想だ。魔王様に進言してみる価値がある」
「そうね。ディランも興味を持つと思うわ」
まさかシヴァとオリヴィアが味方につくとは。
「森と海の交流が実現すれば、民の生活はより豊かになるだろう」
「民の生活エリアって大体決まってるから、観光なんて殆ど誰もした事ないものね」
「うん。昼の時代で苦労した分、報われて欲しい。美味しい物を食べたり旅行したりして、思い切り楽しんで欲しいな。私、観光地用の特別メニューの開発する」
まだ稟議に回してもいないのに、お母さんはすっかりその気だ。
こんな風に周りを巻き込んで前に進むパワーは、どこから来るんだろう?
「話し込んでたら、すっかり遅くなってしまったな」
「オリヴィア、来てくれてありがとう」
「良いのよ。おかげで楽しかったわ。また呼んでね」
「さようなら」
オリヴィアを見送ってふと見れば、周りの客がソワソワした様子でこちらを見ている。話しかけたいけど遠慮している、そんな雰囲気だ。獣人は耳が良いから、話が聞こえたのかも知れない。
「なんかメチャクチャ期待されてるっぽいよ」
「あら、じゃあご期待に添えるよう、頑張って企画を通さないと。蓮もなんか良いアイデアがあったら出して」
「う〜ん、急にそんなこと言われても・・・」
「三日月班を海に連れて行くとしたら?」
「サングラス用意しなきゃ。あとアロハシャツと帽子も!」
「あはははは」
なぜか大爆笑された。絶対可愛いのに。
その後の帰り道は、お母さんと二人でカイルに似合う帽子のデザインについて、シヴァ達から呆れられるくらい熱く語り合った。最初から耳を出す穴を開けておくべきだとか、やっぱり天然素材がいいとか。最高にくだらなくて、だからこそ楽しくて。
いつもの延長線上の、ちょっと特別なこの日の事を、俺はきっと何度も思い出すだろう。
シヴァと並んで買った切り株チーズの重さ。
初めて飲んだホットアップルサイダーの味と香り。
柔らかな明かりに照らされた、お母さんの笑顔。
(お父さん、俺の心の支えになる幸せな思い出が、また増えたよ)




