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勇者の母ですが、魔王軍の幹部になりました。  作者: 野山 歩


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リンゴ狩りと親子の語らい

 スタッフ全員でコックス農場の馬車を見送り、一度門を閉めた。


「それじゃあ皆は、もう一度事務所に集まってくれ」

「「「「「はい!」」」」」


 事前に話をしていたので、スタッフはすぐに事務所へと移動した。

 

「あれ? ママ達どこに行くの?」

「まだ帰らないの?」


 子供達が不思議そうな顔をする。


「ママ達はお仕事の話があるの。帰るまでの間、リンゴの収穫を手伝ってくれる? お土産に持たせるから、美味しそうなのを選んで採ってね」


 そう言うと、子供達は「ヤッタァ!」と大はしゃぎで歓声を上げた。みんなでハイタッチして、すっかり仲良くなったようだ。

 その一方で、ジャスミンさんが所在なげに1人で立っていたので声をかける。


「ジャスミンさんも一緒にどうですか?」

「え? 良いんですか?」

「ええ、どうぞ。せっかくだから最後まで楽しんで下さい」

「わぁ、嬉しい。ありがとうございます」


 ジャスミンさんは人懐こい笑顔を見せた。

 

「俺、籠持ってこようか?」

「あら、ガロン気が利くわね。お願いしていい?」

「うん」

「僕も一緒に行く!」


 クルトはガロンにくっついて行ってしまった。あの2人は場所がわかっているので、先に皆をリンゴの木に案内する。


「わぁっ! たくさんなってる!」

「俺、リンゴを採るの初めて」


 子供達の目がキラキラだ。この様子なら、多少時間が長引いても大丈夫だろう。

 まずはお手本を見せるために、手頃なリンゴを採ってみせることにした。

 

「こうやってリンゴを持って、上方向に捻ると簡単に取れるわよ。下に無理に引っ張らないでね。今やったようにすれば、力を入れる必要ないから」


 説明していると、ガロンとクルトが籠を持ってやって来た。蓮とショーン、そしてラーソンも籠を持って後ろに続いている。それに気づいたジャスミンが「レンくん!」と嬉しそうに手を振った。


(クルトがやってみせた方が、子供達にはわかりやすいかも)


 私は屈んでクルトに目線を合わせた。


「クルト、リンゴ採るの上手よね。みんなにお手本見せてあげて」

「いいよ!」


 クルトが両手を挙げると、ガロンがそっと持ち上げて支えた。すっかり阿吽の呼吸である。いつもこうしてリンゴ狩りをしているんだろう。


「見ててね。こうやって持って、えいっ! ほら、とれた〜!」


 説明はぐだぐだだけど、手つきはしっかりしている。ガロンがそっと地面に下ろすと、クルトは採ったばかりのリンゴを自慢げに皆に見せた。


「木の上の方に赤いヤツがたくさんあるよ」

「本当だ。赤くて美味しそう」

「すっごくいい香り」


 子供達はじっとリンゴを見ていたが、やがて1人の女の子がガロンをモジモジと見上げた。


「あの・・・私も抱っこしてもらっていい?」


 ガロンは少し驚いた様子だったけれど、すぐに破顔した。


「いいよ」

「ホリー狡いぞ。俺も、俺も!」

「私も」

「僕も!」

「いいよ。順番ね。誰からにする?」


 子供達が順番を巡って言い合いを始め、ガロンが困った様子で私を見た。

 仕方ない、私が場を治めてやるか。


「小さい子から順番ね。クルトの次に小さい子は誰?」

「私!」

 

 ツインテールの女の子、レベッカが前に出た。


「持ち上げるよ? 向こう向いて」

「うん・・・わぁ、高い! 遠くまで見える」


 ガロンに持ち上げられたレベッカは、周りを見渡して嬉しそうにはしゃいだ。


「好きなリンゴ選んで。場所を教えて貰えば移動するから」

「え? ええっと・・・あ、あれがいい。もう少し右」

「これくらい?」

「うん、もう少し前。二歩くらい・・・ここ。うーん、届かない。もう少し上」

「これでどう?」

「とれたぁ!」


 レベッカは両手でリンゴを持ってご満悦だ。籠に入れず、これを持って帰ると言って香りを嗅いでいる。


「次は私! あれにする」


 次は一番最初にガロンに願い出た女の子、ホリーだ。

 指差されたリンゴの下にガロンが移動すると、他の子達もなぜか一緒に移動して見ている。

 

「持ち上げるよ。準備はいい?」

「いつでもどうぞ」


 ホリーもレベッカ同様、初めは高さに驚いたものの、すぐに楽しげな声を上げた。


「わぁ、いい眺め。リンゴのいい香りがする」

「ホリー、早くしろよ!」

「ちょっと待って。えっと、実を持って上にひねる・・・本当だ。簡単にとれた!」


 下に降りたホリーは、嬉しそうにリンゴを持ってレベッカと一緒に飛び跳ねた。

 男の子達も後に続く。全員の順番が終わると、クルトが両手を挙げて2周目が始まった。

 もう子供達の目にガロンに対する恐怖心はない。きゃっきゃとはしゃぎながら尻尾を触ったりしていて、ガロンはすっかり人気者だ。


「ああ、いい光景ですね」


 ショーンが子供達の様子を見て目を細めた。


「こんな風に、少しずつ共存の輪が広がるといいですね」

「そうね。あの子達が大人になった時、再び争わないよう頑張らなきゃ」


 蓮にもガロンにも、二度と戦争を経験してほしくない。

 特に蓮は、これまで傷ついた分、平和な世界で自由に生きてほしい。

 その土台を作るのは、私たち大人の役目だ。


 蓮の方を見ると、ジャスミンさんと楽しそうにリンゴを採っていた。


(さっきも親しげに蓮の名前を呼んでたし、いつの間に仲良くなったのかしら?)

 

 と思いながら見ていると、蓮と目があった。声を出さずにパクパクと口を動かしてる。


(た? 、す?、け?、て?・・・あらら)


 ちょうどラーソンが籠一杯にリンゴを持ってきたので、それを理由に蓮を呼ぶ。


「蓮、こっちで選別するのを手伝ってくれる?」

「うん。すみません、母に呼ばれたので失礼します」


 蓮がそそくさとこちらに移動して私の隣に座ると、入れ替わるようにラーソンがジャスミンさんの側へ行った。林檎酒の話で興味をひいてくれている。

 怪しまれないよう、リンゴの選別をしながらヒソヒソ話す。


「良かった、気づいてくれて」

「どうしたの?」

「なんか、グイグイこられて困ってた」


 トーニオが聞いたら泣いて羨ましがる事を、蓮はさらっと呟いた。


「何を言われたか聞いてもいい?」

「どういう女の人がタイプ?とか、成人したらお祝いにお酒奢るから一緒に飲もうね、とか、その程度なんだけど、意味ありげな視線で言われて、なんか疲れた。ああいうの、どうやって躱せばいいか分からない」


 と、ぐったりした表情をみせた。


「あら、年上のお姉さんに随分気に入られちゃったのね」

「悪い人じゃないんだけど、俺、ああいう話題苦手。なんで女の人ってすぐ恋愛の話に持ってくのかなぁ?」

「友達と気になる女の子の話とかしなかったの?」

「う〜ん、俺の周りではあんまり。女子は誰と誰が付き合ってるとか、そう言う噂話してたけど」


 まあ確かに、中学校低学年の男の子は、女の子に比べて子供っぽい感じがする。蓮も掃除の時間に友達とふざけてたら、女子に怒られたって言ってたっけ。

 当時を思い出したのか、蓮が顔を顰めた。


「夏休み前にさ、女子が固まってこっちチラチラ見ながらこそこそ話してたから、何か用?って聞いたら、きゃ〜って笑われて、その中の1人からは自意識過剰!って言われて。めっちゃ感じ悪かった」


 なんとなく、その光景が目に浮かぶ。


「そうね。感じ悪いわよね。でも多分、蓮のことが気になって、夏休みの予定とか聞きたかったんじゃないかな。思いがけず蓮から話しかけられたから気が動転して、そんな風に言ったんじゃないかしら?」

「何それ? 意味わかんない」

「片思いの時ってね、目が合ったとか、話しかけられたとか、ちょっとした事でドキドキして舞い上がるものよ。でもまあ、思わぬ人から思われても困っちゃうよね」


 そう言うと蓮は首を傾げた。


「それ、お母さんの体験談?」

「うん。中学2年生の時、サッカー部の先輩に憧れてた。一生懸命部活に打ち込む姿が格好良くて、友達と試合を応援しに行ったりしたわね。我ながら、話した事もない相手によく夢中になれたもんだわ」

「そう言えば七海も、バスケ部の先輩が大人っぽくてカッコいいって他の女子と騒いでた。海斗が背が高いだけじゃんって憎まれ口叩いて、喧嘩になってたな」


 そう言って、面白くなさそうに口を尖らせる。

 七海ちゃんは、蓮が唯一気を許している幼馴染の女の子だ。小学生の頃は、双子の兄の海斗君と一緒に、よく我が家に遊びに来てくれた。

 蓮も海斗くんも、平均よりちょっと身長が低いのがコンプレックスで、仲良く競うように牛乳飲んでたっけ。


「七海ちゃんが今の蓮を見たら、きっと格好良いって思うはずだよ。背も伸びたし、外見だけじゃなく、中身も大人っぽくなったもん」

「そうかな?」


 蓮はちょっと照れたように笑って、ガロンと子供達に目を向けた。


「すっかり打ち解けたみたいだね。皆、楽しそう」

「そうね。蓮も昔、あんな風にお父さんに抱っこしてもらって、梨を取ったことがあるわよ。覚えてる?」

「ええ? 覚えてない。いつの話?」

「年中さんの時」

「・・・ダメだ、思い出せないや。写真あったっけ?」

「ごめん、あの時はお父さんもお母さんも梨狩りに夢中になって、写真撮るの忘れてた。帰りの車で気がついて、2人で反省したわ」


 あの時は、失敗も含めていい思い出になったねと2人で話したけど、蓮は幼すぎて覚えてなかった。今更ながら、写真を撮ってなかったのが悔やまれる。


「ふ〜ん。そっか。俺もあんな風にお父さんにやってもらったのか」


 反省している私の横で、蓮は嬉しそうにガロン達を見た。


「俺もあの子達みたいに楽しんでた?」

「うん。大きい梨をとって、すっごく喜んでた。帰る途中で疲れて眠っちゃったけど、ずっと梨を離さなかったわ」

「マジで? 全然覚えてないや」

「小さい頃って毎日いろんな体験をして、世界がどんどん広がっていく時期だから、覚えてなくても仕方ないわよ。・・・本当に、あっという間に大きくなって」


 しみじみと呟くと、蓮がイタズラっぽく笑った。

 

「来年16歳で成人したら、お酒を飲んでいい?」

「う〜ん・・・。お祝いの席とか、どうしても断れない時、ほんのちょっと口をつける程度にしなさい。体の事を考えると、お酒は20歳になってからの方がいいと思うから」

「は〜い」


 反抗されるかなと思ったけれど、意外にも蓮は素直に頷いた。


「あら、お酒を飲んでみたかったんじゃないの?」

「だって俺、もっと身長伸ばしたいもん。ラーソンさんのお酒がどんな味が興味はあるけど、20歳になるまで我慢する」

「それがいいわね」


 毎日顔を合わせているけれど、こんな風に2人きりでゆっくりと話すのは久しぶりだ。


「あのさ、時々でいいから、こんな風にお父さんの思い出話をしない?」


 そう言うと、蓮は少し驚いた顔で私を見た。


「お墓参りできない代わりに、折に触れてお父さんの事を思い出して話そうよ。

来年の蓮とガロンの成人のお祝いは、今日よりもっと盛大なパーティーを開くつもりよ。きっと、お父さんも蓮を祝いたかったと思う。だからお父さんの席も用意してさ、みんなにどれだけ素敵な人だったか自慢しよう」

「・・・・・・」 


 透明な涙の膜が蓮の瞳に浮かんだ。

 きっと蓮は泣いてるところを見られたくないだろうから、私はリンゴを手にとって気付かぬふりをする。

 蓮は涙が溢れないように少し上を向き、一度鼻を啜って一呼吸をおくと、顔を元に戻してニヤッと笑った。


「いいね。でも、シヴァさんは面白くないんじゃない?」

「シヴァは蓮がお父さんを尊敬してるのはよく知ってるし、ガロンも負けじとシヴァの自慢をするだろうから大丈夫よ」


 その様子を想像したのか、蓮はふっと吹き出した。


「ああ、なんか分かる。シヴァさん喜びそう」

「そうでしょう? 蓮が色々気を遣ってくれてるのは私達もわかってる。でも遠慮しなくていいんだからね。やりたい事とか不満があったら、全部話して」


 そう言うと、蓮はう〜んと唸った。


「正直なところ、俺は今の距離感が丁度いいんだよね」

「私達とじゃなく、このままショーンさんと暮らしたいって事?」

「うん。お母さんは俺の世話を焼きたいかもしれないけど、俺はあまり干渉されたくない。俺もガロンもさ、反抗期なのわかってる?」

「・・・一応。2人ともいい子で助かってます」


 蓮はジトっとした目を向けてきた。


「そうだよ。俺とガロンが感情のままに暴れたら大変なことになるからね? ガロンは2人が結婚した事を喜んでるけど、相談されなかった事には傷ついてるんだから。俺だって一歩間違えてたら闇堕ちしてたよ」

「ううっ、ごめんなさい。それについては猛省してます。順番が逆になって、本当にごめんなさい。でも貴方達の事を忘れて恋愛にかまけてたわけじゃないからね。突然結婚することになって驚いたのは、私達もなのよ。シヴァもこんなはずじゃなかったって、後からすごく反省してたし。まあ今となっては何の言い訳にもならないんだけど・・・」


 親の身勝手な行動で傷つけてしまった子供達の心の傷を、どうやったら癒せるだろう?

 蓮の為に善かれと思って行動しても、本人が望んでないなら単なる自己満足だ。


「お母さん、どうしたらいい? 何をすれば蓮の気は晴れる?」


 率直に聞くと、蓮はリンゴを手に取ってじっと見つめたまま少し考え込み、やがて静かに私を見た。


「結婚については、今更だから別にいいよ。ただこの先、俺がやりたい事ができた時は好きにさせてもらう」


 キッパリと宣言されてしまったので、頷くしかない。


「分かった。でも危ない事だったら、心配して口出しするかも」

「言っとくけど、俺、魔王様と同じくらい強いからね?」

「・・・ジャスミンさんから逃げてきたくせに」


 そう言うと、蓮はむうっと口を尖らせた。


「冗談よ。でもいくら強いって言っても、痛みを感じないわけじゃないでしょう? なるべく、辛い思いをして欲しくないわ」

「うん。でも俺は心配されるよりも、応援してもらう方が嬉しい。ちゃんとその時の俺を見て、信じてほしいな」


(ああ、この子はもう、やりたい事を見つけているんだ)


 蓮がやりたい事は、きっと私が反対する事。

 だから、私が知らされるのは、一番最後だろう。

 その時、私がどれだけ反対しようとも、きっと蓮は意志を曲げるつもりはないんだ。


 何となく、蓮の人生から弾きだされた気がして、胸にポッカリと穴が開くような寂しさを感じる。


(蓮はずっと、こんな気持ちで・・・ううん、もっともっと複雑な思いと胸の痛みを抱えてたのね)


 再会してからずっと、言葉と態度で愛情を示してきたつもりだ。

 一緒に過ごすうちに、心の穴が少しずつ塞がっていっただろう事は、現在の柔らかい表情と態度を見ればわかる。

 だけど、完全に元に戻る事はないし、私が傷つけた事実は消えない。


 今のままの距離感が丁度いい、と蓮は言った。

 きっと私が一歩踏み込んでも、蓮は一歩引くだろう。

 蓮を取り戻すことは出来たけど、後先考えずに行動したせいで、心の距離を置かれてしまった。

 この先、蓮から歩み寄ってくれない限り、この距離が縮まる事はないだろう。

 

 自業自得だ。それを悲しいなんて嘆く資格なんて、私にはない。

 蓮はもっともっと傷ついて、悩んで、複雑な思いを抱えている。

 それでもこうして私の隣に座ってくれるんだから・・・。

 私はその優しさと強さに、甘えたままじゃいけないんだ。



 どうして蓮が勇者に選ばれたんだろう?って、ずっと疑問に思ってた。

 何の変哲もない、普通の子なのにって。

 魔王様から、私達親子のご先祖様にあたるソレイユの因果が原因だと教えてもらい、ひとまず納得したけれど、きっとそれだけじゃない。


 逆境にあっても挫けない心の強さ。

 傷ついて尚、他人を思いやれる優しさ。

 こんなダメな母親を許してくれる心の広さ。

 

 蓮にはちゃんと勇者の素質があったんだ。

 私が知らなかっただけ。


 瞼を閉じれば、海斗君とヒーローごっこをしていた幼い蓮の姿が思い浮かぶ。

 悪者からお母さんを守るって言ってくれた小さなヒーローは、異世界で本物の勇者になった。

 魔王様に匹敵するパワーと、生来の優しさで、この世界を守るのだろう。


「本当に、大きくなったねぇ」 


 この子が自分の決めた未来に進む時、笑顔で応援できるように、私も強くならなくちゃ。


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