パーティー〜メリッサ
「「「「乾杯!」」」」
メリッサは同じテーブルに座るラーソン、ダン、ショーン、ベラとカップを交わして、エールをゴクリと飲んだ。
「・・・美味しい!」
「だろ? 俺の自慢のエールだ。今日はどんどん飲んでくれよ」
ラーソンが二カッと良い笑顔でカップを掲げた後、旨そうに喉を鳴らして飲んだ。
(今更だけど、魔物と一緒に仲良くお酒を飲むなんて、ちょっと前は想像もできなかったわね)
国や神殿が魔物は悪ではないと広めているものの、人々の心に根付いた恐怖や恨みがすぐに晴れるはずがない。
ドルチェで働くようになって、メリッサは近所の人から後ろ指を指されるようになった。
特に同じく戦争で夫を亡くしたネリーからは、しつこく絡まれた。
『魔物の下で働くなんて、どうかしてるわ。あなたには人間としてのプライドはないの?』
「こっちは2人も子供抱えてるのよ。プライドなんて何の役にも立たないわ」
『亡くなったご主人に、申し訳ないと思わないの?』
「勿論、思うところがないわけじゃない。魔物を憎むあなたの気持ちもわかるわ。でもそれを私に押し付けないで」
『見損なったわ。メリッサ、あなたは裏切り者よ』
は?
「ギルドで紹介された働き口に応募して採用されたのに、どうして裏切り者呼ばわりされなきゃいけないわけ?
仮に辞めたとして、あなたは責任をもって私達家族の面倒を見てくれるの? それともドルチェより良い条件の働き口を紹介してくれるのかしら?」
少し強めに言うと、ネリーは黙り込み、涙目で睨んできた。
(ああ、やっぱり妬んでるだけか)
戦争遺族を対象とした働き口の中でも、ドルチェは群を抜いて好条件である。そもそも、ドルチェが求人を出している事を教えてくれたのは、ネリーだった。
『すごく良い条件だったけど、経営者が魔物だって。とてもじゃないけど、働く気にならないわ』
勤めているパン屋では、この先の暮らしは苦しい。
(雇ってもらえるかわからないけど、応募してみよう)
運よく採用されたら、今度は周りから白い目で見られるかも知れない。
それでも、子供達が飢えたり、貧しさから盗みなどをするより、遥かにマシである。
そうした覚悟と勇気を持って応募した結果、晴れて採用されたのだ。
「ドルチェで働く? 大丈夫なの? 騙されてるんじゃない?」
メリッサがドルチェに通い出した当初、ネリーは近所の人と共に心配してくれていた。
しかし、土産を持たされたり賄いが出たりと、ドルチェの待遇の良さを見聞きしているうちに、様子が変わってきたのだ。曰く、「私は苦労してるのに、メリッサは金のために魔物に媚を売ってる」と。そして先ほどの発言である。
「ドルチェで働く機会を選ばなかったのは、あなた自身よ。私はあなたの邪魔をした覚えはないし、文句を言われる筋合いないわ。傷の舐め合いがしたいなら他の人とどうぞ!」
それ以来、ネリーは何も言ってこなくなったが、相変わらず近所の人にメリッサの悪口を吹聴しているらしい。
「気にすることないよ。あんたは何も悪いことしてないんだから」
「そうよ。頑張ってね」
そう言ってくれるのは、運よく生きて帰ってきた兵士達の家族だ。
『死んだと思ったのに、気がついたら手厚く介抱してもらって、無事に家族の元に帰れた。魔物は物凄く強くて恐ろしいけど、思っていたような悪き存在じゃなかった。あいつらにも守りたい家族がいるんだと』
そう戦った本人達からしみじみと言われて、魔物に対する考えを改めたらしい。
(そう、悪いのは戦争。もし魔物じゃなくて他の国に負けてたら、もっと酷い事になってたかも知れないし)
敗戦国になったら、領土を割譲されたり軍事力を制限されたりと、色々制裁を受けるので、戦争遺族に補償するなんてまず考えられないそうだ。
「むしろ敗戦国が賠償金を支払うのが普通よ。魔物が女神様を敬ってるって聞いても不思議じゃないわ。こんなに慈悲深いんだから」
実家が広く商売をしている影響で社会情勢に詳しいベラが教えてくれた。
(まあ実際、シヴァやミホは私たちにすごく気を使ってくれてるわよね)
その証拠に、カミラの反抗的な態度をミホは許している。
(増長すると取り返しがつかない事になりそうで、ベラと2人で注意しているけど、当の本人はわかっているのかしら?)
向こうのテーブルのカミラにジトっとした目を向けていると、ショーンが話しかけてきた。
「初めまして。ショーンです。ええっと、メリッサさんとベラさん・・・であってますか?」
「ええ。よろしく」
「一回で名前を覚えてくれたんですか?」
ベラが目を丸くして質問すると、ショーンは柔らかく微笑んだ。
「はい、ミホさんからスタッフさんの話はよく聞いてたので。お二人の事をとても褒めていましたよ」
「あら、嬉しい」
隣に座るダンと比べると、ショーンはひょろっとした体付きで少々頼りなさげだが、穏やかで柔らかい物腰は好感が持てる。
(さっきシヴァから家族として紹介されてたけど、どんな関係なんだろう? ミホとは似てないから血縁関係ではなさそう。もしかして前夫の弟とか?)
興味はあるけど、いきなり不躾な事は聞けない。メリッサは周りからサバサバしていると思われているが、結構気を使う性分なのだ。
とりあえず、目の前の美味しそうな料理を楽しむことにする。
(それにしても、これほど沢山の種類の料理を用意してもらえるとは思わなかったわ)
いつもの賄いにソーセージとかチーズがつくくらいだと思ってたのに、食べた事のない料理がずらりと並んでる。彩も鮮やかで、見てるだけでも楽しい。
子供達のテーブルに目をやれば、どの子もほっぺがパンパンに膨らんで、実に幸せそうだ。
「これ、食べた? すごく美味しいわよ」
「どれどれ? ん、ホントだ。これだけの料理を用意するなんて大変だったでしょうね」
メリッサの言葉にショーンが頷いた。
「ええ。我々も朝から手伝いました」
「まあ、普段から料理をされるの?」
「いえ、自分は全然です。手伝ったのはパンに具材を挟んだり、ソーセージを茹でたり、ごく簡単なものばかりですよ」
美味しい料理とお酒の力で少し打ち解けたところで、当たり障りのない質問をしてみる。
「ショーンさんは、どんなお仕事をされてるんですか?」
「一応、宮廷魔法使いですが、今は政務の手伝いをしてます。何せ人手不足なもので」
ダンやラーソンとも気が置けない間柄のようだから、てっきりドルチェに関わりある仕事をしてるのだろう、と思っていたのだけれど、意外な答えに口に運ぼうとしていたカップの手が止まった。
「宮廷魔法使い!? すごいエリートじゃないですか!」
「本当に。でも、それならドルチェの面々と、どういう関係なんですか?」
ベラもすごく気になってたのだろう。心底不思議そうに質問している。
「今だから言えますが、アビラス王国の滅亡は神託で予言されていました。それに抗う為、国王は魔物との戦争準備を進めていたのです」
ショーンは少し言いづらそうに、訥々と話し始めた。
「ある日、ギフトを持った孤児を教育するよう任命されました。会ってみたら、13歳とは思えないほど小さくてあどけない少年で・・・それがレンです」
ミホの息子の名前に、思わず右斜前のテーブルに目を向ける。
「・・・ミホによく似てるわね」
「ええ、優しくて賢い子です。2人が無事に再会できて本当によかった」
ショーンがしみじみと言った言葉に、そう言えばミホが息子と生き別れになったと言ってたっけ、と思い出す。
「ねぇ、ラーソンさん。私達が正式にスタッフになったら、ミホの武勇伝を聞かせてくれるって話だったわよね?」
「あ? そんなこと言ったか?」
「私も覚えてるわよ。酒を飲みながら教えてやるって自分で言ったんじゃない」
ベラも興味津々で身を乗り出すと、ラーソンが頬を掻いた。
「ああ、そうだったな。・・・じゃあ、ミホが幹部になった経緯を教えてやる」
そこから先の話は、信じられない話の連続だった。
魔王軍幹部でも1、2を争う強者を調味料で撃退した、と聞かされた時は大笑いした。
「嘘でしょう!? だったら私達でも幹部に勝てるってこと?」
「ミホってば、やるじゃない」
強者を打ち負かしたミホの活躍を聞いて、私たちはスカッとしたけれど、ショーンとダンの反応は少し違った。
「調味料が武器になるとは知りませんでした」
「そりゃそうだ。聞いた事ねぇよ」
「頭の固いお偉方には、ミホさんの柔軟な発想力を見習って欲しいですね」
ショーンはそう言って、エールを一口飲んだ。その一言に、色々苦労しているのが滲み出ている。
次に語られたのは、ミホが魔物と人間の混血児に誘拐された話。
攫われた時の様子の生々しさを顔を顰めながら聞いていたベラは、我慢できずにラーソンを叱った。
「側にいたのにみすみす攫われるなんて、何やってたのよ!」
「いや、面目ない」
そんな絶望的な状況で諦めず、犯人諸共船に火を付けたなんて凄すぎる。
だけどラーソン達が助けに来た時には、ミホは既にボロボロの状態で冷たい水の中に浸かったまま気を失っており、シヴァとガロンが一晩中介抱したと聞かされた時は、思わずウルッとした。
でもせっかく回復したのに、行方不明の子供達の居場所を知るために、再び命の危機に陥ったなんて。
逃げても仕方ない状況なのに、ミホは攫われた子供達を助けるために、文字通り自分の命を賭けたらしい。
(もう、なんて無茶するのよ!ハラハラドキドキする)
気がついたら、身を乗り出して夢中で話に聞き入っていた。
「兄貴の話では、ガロンはミホの為に怒って、あっという間に混血児をボコボコにしたらしい。しかし奴は女神様の誓いをしたにも関わらず、見苦しくゴネまくったそうだ。その結果、一番敵に回しちゃいけない奴を怒らせた」
「それって、まさか・・・?」
ミホの隣で談笑しているシヴァをチラッと見ると、ラーソンが頷いた。
「そう、シヴァだ。あいつは普段は穏やかだから信じられんかもしれんが、かつてはその冷酷さと凄まじい魔力量で、幹部仲間からも敬遠されてた。
混血児はシヴァから無理矢理記憶を引き摺り出され、精神的にも肉体的にも苦しみ悶えながら、悲惨な最後を迎えたらしい。まあ、自業自得だから同情はしないがね」
ラーソンはそこで区切ると、エールをグビッと飲み干して立ち上がった。
「酒注いでくる」
「あ、私も行く。ベラは? エールでいい?」
「ええ、ありがとう」
立ち上がったついでに子供達の様子を見ると、野菜嫌いのトビーがニンジンのマリネを食べている。他の子が美味しそうに食べているのを見て、自分も食べる気になったらしい。
(家でもあれくらい食べてくれると良いんだけど)
どこのテーブルからも楽し気な笑い声が聞こえる。
お金を気にせずに美味しい料理とお酒を楽しめる機会なんてないから、当たり前か。
ゆっくりと中央のドリンクコーナーに向かうと、先についたラーソンがカップを受け取ってくれた。
「何にする?」
「エールを2つ」
「果実酒もおすすめだぜ。チーズによく合う」
「じゃあ私は果実酒にするわ」
「そう来なくっちゃ。シードルとワインどっちがいい?」
「じゃあ、ワインで」
ラーソンは嬉しそうにエールとワインを注いでくれた。芳醇な香りと綺麗なワインレッドに、思わずため息をつく。
「どうした?」
「なんか、こうして皆とお酒を飲んでるのが不思議だなって」
ラーソンの片眉が器用に上がったのを見て、慌てて言い訳する。
「あ、誤解しないでね。別に嫌って訳じゃないのよ。ただ、偏見持ってる人からしたら、信じられないだろうな〜って思っただけ」
「ふ〜ん」
ラーソンは酒を注ぎ終わると、並んで歩き始めた。
「なあ、一つ面白い事教えてやろうか」
「何?」
「ここは以前、ドルトっていう冒険者専用の宿だったんだが」
「うん」
「俺は冒険者達と一緒に、楽しく酒飲んで雑魚寝した」
「はぁっ!?」
何でそうなった?
「おいおい、いくら俺がいい男だからって、そんなに見つめるなよ。照れるだろ」
「呆れた。どうしてそんな状況になったのよ?」
「誘拐された子供達を救出するためさ」
「・・・? 全然意味がわからない」
「まあ、そうだろうな。今から詳しく話してやるよ」
ラーソンはそう言ったけれど、ドルトに潜入してすぐ冒険者と酒盛りした為、何が起こったのか、詳しく話してくれたのはダンだった。
「当時俺はドルトで働いていたんだが、ミホ達と出会った一晩で、運命が大きく変わっちまった」
なんとミホは、子供を秘密裏に救出しただけじゃなく、宿の主人を手玉に取って、土地家屋をまんまと手に入れたらしい。
「子供達の救出に命をかけた事、そしてこの土地を手に入れた功績が認められて、異例ながらミホは幹部へと昇格したってわけさ。すげぇだろう?」
ラーソンがドヤ顔で言う。
「いや、何でラーソンが偉そうなのよ」
「だいたいお前、飲んで騒いで寝てただけじゃねぇか」
「分かってねぇな。宿の主人や冒険者に、怪しまれずに酒を飲ませるのが作戦の鍵だったんだぜ」
ワイワイと言い合ってると、ベラが頭を抱えながら言った。
「ちょっと待って、さっき話の中にちょこちょこ魔王様って単語が出て来たけど、つまり魔王・・・様が、ここに来たって事?」
「おう、その通りだ」
「魔王様って森から出られるの?」
「ああ。政務でお忙しいから大抵は城にいるが、その気になれば、神殿でも何処でも行けると思うぞ」
「・・・と言うことは、その気になれば、いつでも首都を攻撃出来たってことよね。そうしなかったのは、戦う気がなかったから?」
ベラの独り言に、ショーンが重々しく頷いた。
「そうです。アビラス王国の滅亡は、言うなれば自業自得です。ソルーナ共和国が魔物との共存を掲げているのは、これが最後のチャンスだからです」




