顔合わせ
ダンの馬車からは、止まる前から賑やかな声が聞こえてきた。クルト以外のスタッフの子供達も乗っているから当然だろう。
やがて馬車が止まると、小学4年生〜6年生位の子供達が4人降りてきた。
「わぁ、すげぇ」
「広〜い」
子供達は、敷地をぐるりと囲む高い外壁に目を奪われ、キョロキョロと見回している。すぐにクルトが降りてきてこちらに近寄ろうとしたが、マチルダに捕まった。
やがて子供達の目が私たちの方を向き、驚いたように目を見張った。2人の女の子は、慌ててそれぞれの母親の背後に隠れ、そっと顔を覗かせている。
子供達の目はガロンに釘付けだ。事前に母親から聞かされてはいても、やはり実物を前にすると怖いのだろう。
最後に馬車からカミラと、その友人らしい若い女性が降りてきた。
「は〜、やっと着いた〜。お腹ペコペコ。ん?どうして皆固まってるの?」
不思議そうに子供達を見た後、私たちを見た彼女は目を丸くした。
「うわっ、でっかっ!」
「しっ!声が大きい!」
カミラが友人を嗜め、女性もバツが悪そうに口を手で塞ぐ。その様子を見たエミリーが、そっとガロンの手を取りニッコリ笑った。
「ガロン、あなたの小さいお友達を紹介してくれる?」
「うん。クルト!」
ガロンが声をかけると、クルトが子供達をかき分けて嬉しそうに駆けてきた。
「エミリー、この子がクルトだよ。クルト、この人は俺の友達のエミリー。コックス農場のお嬢さんだ」
クルトは緊張からか目をまん丸にして固まったが、エミリーは優しく微笑んで、視線を合わせるよう前屈みになった。
「初めまして、クルト。ガロンの友達のエミリーよ」
「・・・初めまして」
「ガロンと一緒にリンゴ採りをしたんですってね。楽しかった?」
「うん。なんで知ってるの?」
「ガロンが手紙で教えてくれたの」
「手紙ってなぁに?」
初めて聞く言葉に、クルトは不思議そうに首を傾けた。
知らなくて当然だ。識字率が低いので、読み書きできない平民には手紙を書く習慣がないのだから。
「直接会えない人に気持ちや用事を伝える時、紙に文字を書いて他の誰かに届けてもらう事よ」
「エミリーとは滅多に会えないけど、ほぼ毎日手紙をやり取りしてるから、お互いのことをよく知ってるんだ」
「へぇ、すごいねぇ」
クルトは素直に感心したが、後ろにいるスタッフ達は衝撃を受けた様子だった。
貴族の若い娘が、魔物を恐れず親しくしている事。そしてガロンが読み書き出来るという事。この事実は「魔物は知能も理性も乏しい凶暴で悪き存在」という概念を覆すものだ。
人間に近い見た目のエルフやドワーフはともかく、動物の特徴が色濃い獣人に対しては、凶暴で血に飢えた存在だという偏見がある。
爬虫類が苦手な人に限らず、大きな体躯のガロンは恐ろしく見えるだろう。
エミリーは自分がそうだったからこそ、初対面の人がガロンに抱く感情をよく理解できていたんだと思う。だから幼いクルトを巻き込んで、ガロンが見た目に反して穏やかな性格で知性があると知らしめた。これは家族である私達が言うより、何倍も説得力がある。
(エミリーは可愛くて、性格も頭も良くて、本当に素敵な子。どうして恋人がいないのかしら?世の男どもはどこに目を付けてるの?高嶺の花だから?)
エミリーは領主の一人娘だから婿を取って家を継ぐ事になっている。だから家業に理解のある人がいいと言っていた。
普段は全く貴族らしくないけれど、自分の気持ちより家を優先させるところに、多くの民を抱える領主としての覚悟と器を感じる。
(エミリーには絶対幸せになって欲しいな。伴侶にするなら、優しくて、誠実で、家業に理解があって支えてくれる器の大きな人がいいわね)
そこまで考えて、ふと我に返る。
(私ったら、つい真剣に考えちゃったわ。でもきっと、クリフォードご夫妻も同じように考えてるわよね。エミリーが変な男に引っかからないよう、周りが目を光らせてるのが一番の原因かも・・・)
***
「皆、家族とコックス農場の方を紹介するから集まってくれ」
シヴァの呼びかけに、スタッフ達は子供の背中を軽く押してやってきて並んだ。子供達はクルトがガロンと仲良く話しているのを、目を丸くしたまま見つめている。
「クルト、おいで」
マチルダに呼ばれ、クルトは素直に母親の元に駆けて行った。隣の男の子から「お前すごいな」と言われ、きょとんとしている。スタッフ側にいたダンは、シヴァの指示でラーソンの横に並んだ。
スタッフとコックス農場の面々は、私たち家族を挟んで向き合った。
ジェラルドとトーニオは綺麗な未亡人達にテンションが上がったらしく、照れ笑いを浮かべながら肘で突きあっている。その反応にスタッフ達も満更ではないらしく、隣同士でチラッと視線を交わして微笑んでいた。
参加者が揃ったので、シヴァが挨拶を始めた。
「皆、休日に集まってくれてありがとう。コックス農場の協力とスタッフの努力のお陰で、つつがなくプリン専門店がオープンできそうだ。今日のパーティーは私達からの感謝の印だ。楽しんでいってくれ」
パチパチと双方から拍手が上がる。
「まずは自己紹介しよう。ドルチェ統括責任者のシヴァだ」
「菓子担当のミホです」
「ラーソンだ。酒の製造を担当している」
「え〜、もう皆知ってると思うけど、販売担当のダンだ」
ダンの言葉に笑いが起きる。
「次に家族を紹介しよう。息子のガロンとレン。それからショーンだ」
「ガロンです。15歳です。よろしく」
「初めまして。蓮です。同じく15歳です」
「ショーンです」
私と蓮の顔を見比べたロザリンが、隣にいるマチルダに「似てるね」と囁くのが聞こえた。他の皆も、どこか納得したような顔をしながら、興味津々といった様子で蓮を見ている。
「次にプリン専門店のスタッフを紹介します。メリッサ、君から順に自己紹介をしてくれ」
一番手前にいたメリッサにシヴァが指示すると、彼女は小さく頷いた。
「メリッサです。こちらが息子のトビーと娘のホリーです」
「初めまして。トビーです」
「ホリーです。よろしく」
メリッサはブロンドだが、子供達は2人とも茶色の髪だった。父親に似たのだろう。トビーは短いローポニーテール、ホリーはポンパドールにしており、明るい茶色の瞳は活発な印象だ。
「ベラです。この子は息子のリオです」
「リオです。今日はお招きありがとうございます」
リオはベラに雰囲気が似ていた。天パのダークブラウンの髪をマッシュにしており、落ち着いた印象だ。
「マチルダです。この子は息子のクルトです(クルト、ご挨拶して)」
「こんにちは、クルトです。5歳です!」
一番小さなクルトの元気な挨拶に、思わず笑みが溢れる。
「ロザリンです。この子は娘のレベッカです」
レベッカは、ロザリン譲りの淡い金髪をツインテールにしてリボンで結んでいた。そばかすと水色の瞳がチャーミングだ。
「初めまして、レベッカです。ドルチェのお菓子が大好きです!」
ロザリン曰く、おませで口が達者と言う事だったけれど、成程、自己アピールが上手い。
「カミラです。よろしく」
「カミラの友人のジャスミンです。部外者ですが、特別にパーティーに参加させてもらいました。どうぞよろしく」
ジャスミンはアッシュブロンドのカーリーヘアをスカーフでラフに結び、オフショルダーのブラウスを着ていた。眠たそうな眼差しと後毛が、セクシーな雰囲気を醸し出してる。
トーニオがピュウッと口笛を吹き、ジェラルドから背中を叩かれていた。
「初めまして。エミリー・コックスです。本日は父の代理として参加しました。ドルチェの皆さんとは以前からのお付き合いですが、これからも良い関係を続けていきたいと思います。どうぞよろしく」
成人したと言ってもエミリーは弱冠16歳。しかしコックス農場の顔の役目をしっかりと務めている。その堂々とした態度に、スタッフの皆も背筋を伸ばした。
「エミリーの従兄弟のダミアンです。主にバター作りとドルチェの配達を担当してます。よろしく」
「配達担当のジェラルドだ。よろしく」
「同じく配達担当のトーニオだ。恋人募集中です」
トーニオは明らかにカミラとジャスミンを意識しており、ジェラルドから再び背中を叩かれていた。
誤字報告や感想ありがとうございます。
なかなか返信できずすみません。




