家族の一員
「そろそろ時間だな。ちょっと様子を見てくる」
ラーソンがそう言って塀の上に登り、すぐに降りて来た。
「コックス農場の馬車がそこまで来てる。ダンの馬車も見えた」
「じゃあ皆でお迎えしましょうか」
門の前に集まると、タイミングよく来客を告げる鐘がなった。
「よく来たな。待ってたぜ!」
ラーソンが門を開くと、コックス農場の馬車がゆっくりと入って来た。御者台に座っているダミアンに、蓮が満面の笑みで手を振ると、それに気づいたダミアンも嬉しそうな顔で軽く手を振った後、私達に頭を下げた。
「こんにちは。今日はご馳走になります!」
「ああ。すぐうちの従業員も来るから、向こうに移動してもらえるか?馬は厩舎で休ませるといい」
「はい」
「俺、手伝ってくるね」
蓮がそう言って、ダミアンが馬車を移動させるより早く厩舎の方に駆け出した。その様子を見てショーンが微笑む。
「レンが珍しくはしゃいでますね」
「ええ。ダミアンと久しぶりに会えて嬉しそう」
「エルマー君とも相変わらず仲は良いですが、前に比べると一緒に過ごす時間が減りましたからね」
「そうね。仕事だから仕方ないけれど、寂しいわよね」
蓮はまだ15歳。本来なら学校に通い、勉強や部活動、学校行事と掛け替えのない時間を送っていたはずだ。勿論、楽しい事ばかりでなく悩みも多いだろうけど、大人になると、毎日のように友達と過ごせていた学生時代がいかに貴重だったか身に染みる。
馬の装具を外しながらダミアンと話す蓮の表情は明るい。あの年頃は、親より友達と過ごす方が楽しいだろう。
「同世代の子と接する機会が、もっとあれば良いんだけど」
「そうですね。どうにかしてあげたいけれど、残念ながら自分には伝手がないんです。家族も友人もいないもので・・・」
なんか、すごい悲しい事を言われた。
「あのね、私達はショーンさんの事、家族の一員だと思ってるからね」
「あはは、ありがとうございます」
気を遣われたと思ったのか、ショーンが苦笑する。
「慰めとかじゃないのよ。ちょっと前に蓮から相談されたの。もし先生が独身のままだったら、老後の面倒を見ようと思うって。ねぇ?」
「ああ、まだ先の話だがな」
ショーンは目が点になった。
「・・・どうしてレンがそんな相談をしたのか、お聞きしても?」
「元々は、そろそろ一緒に暮らさないかって話だったんだけど・・・」
「レンが心配してたぞ。ショーンを1人にすると寝食忘れて何かに没頭してるから、誰かが側にいないと、いつか倒れるって」
蓮は時々エルマーの家に泊まりがけで遊びに行くのだが、そうするとショーンは必ず寝過ごす。外食も面倒だと夕飯まで何も食べずにいて、夕方、蓮に呆れ怒られながらやって来たのは、一度や二度ではない。
自分でも心当たりがあるのか、その事についてショーンは否定せず、決まり悪そうに頭を掻いた。
「気持ちは嬉しいですが、家族でもない自分が、そこまでしてもらう訳には・・・」
ショーンは誰にでも優しくて他人を尊重するのに、自分自身の事はあまり大事にしない。自覚があるかどうかは分からないが、家族が居ないから、いつどうなってもいい、という思いが根底にあるようだ。蓮はそれが歯痒くて仕方ないらしい。
『先生は俺が家族と幸せに暮らすことを望んでるけど、俺は先生をほっとけないよ。1人にしたら1週間後にはきっと干からびて倒れてるもん。それに先生、結婚する気もないどころか、自分の将来について何も考えてないと思う』
蓮に真面目な顔で言われて私達も本気で心配になり、今度ショーンを交えて話し合おう、という事になったのだけど。
(皆がショーンさんを大好きで大切だと思ってるって、どうすれば分かってもらえるかな?)
私が考え込んでいる横で、シヴァがあっさり口を開いた。
「家族なら問題ないのか?それなら私の弟になるか?ショーンさえ良ければ、両親に養子縁組を頼んでみるが」
「「・・・は?」」
シヴァの言葉に、ショーンだけでなく私も固まった。
「・・・ちょっと待って。シヴァのご両親ってご存命なの?」
「ああ、何十年も会ってないが、多分元気にやってるだろう」
「やだ、一度もご挨拶してない・・・。というか、そもそも私と結婚した事、言ってあるの?」
「そう言えば、色々と忙しくてしばらく手紙を書いてなかったな。まあ、大丈夫だろう。ガロンを養子にした時も反対されなかったし」
(そんな訳あるか〜っ!!!)
確かに結婚してからずっと、シヴァは忙しかった。いきなりドルチェの統括責任者を任され、慣れない仕事に四苦八苦していたし、その後も色々問題が起きて大変だったのは認める。すぐに決着がついたとは言え、戦争もしたし。
だけど手紙を書く時間はあったでしょうに!
まあ私も子供達の了承を得る前にプロポーズを受けたから、あまり強くは言えないけど、今更、結婚の報告をされるご両親の気持ちを考えると居た堪れない。
何十年も会ってないと言ってたし、親子の縁が希薄なのかしら?
「もし断られたら、私の養子になればいい」
「え?ほ、本気ですか?流石に無理があるのでは?」
ショーンがオロオロと私を見た。
「要は遠慮はいらないって事よ。勿論、ショーンさんが嫌じゃなければだけど」
「・・・少し考えさせて下さい」
ショーンは動揺して俯いたが、少なくとも嫌がってはいないようだ。その証拠に耳まで真っ赤になり、緩んだ顔を隠すように片手で口元を覆ってる。
そんな話をしていると、エミリー達がこちらにやってきた。
「皆さん、こんにちは。今日はお招きありがとうございます」
エミリーはスクエアネックの若草色の長袖ワンピースに黒いコルセット、ローポニーテールに三つ編みにした両サイドの髪を巻き付けており、いつもより落ち着いた雰囲気だ。
「いらっしゃい。エミリー、ますます綺麗になったわね」
「え?本当ですか?」
「うん。髪型もワンピースも凄く似合ってる」
ガロンがさらりと褒めた。お世辞ではない素直な感想に、エミリーが破顔する。
「ありがとう、嬉しい。ガロン、今日は隣に座っていい?」
「勿論!」
ガロンと仲良く話すエミリーの後ろでは、従業員らしき2人が少し緊張した様子で佇んでいた。その少し後ろで、蓮とダミアンが談笑している。
「あ、紹介しますね。こちらが配達を担当するジェラルドとトーニオです。こちらがドルチェの責任者のシヴァさん」
ジェラルドは金髪をオールバックにして高い位置でラフにまとめている、所謂マンバンヘア。トーニオはダークブラウンのショートヘア。
20代後半か30代前半と言ったところか。服を着ててもマッチョなのが分かる。日頃から農作業で鍛えられてるのだろう。
「「初めまして、よろしくお願いします!」」
「ドルチェの責任者のシヴァだ。よろしく頼む」
2人とは初対面だが、エミリーやダミアンから私達の事を聞いていたのだろう、ガロンを見ても怯える様子はない。
「菓子担当のミホです。いつも美味しいバターやチーズをありがとう。今日は楽しんでね」
「酒担当のラーソンだ。今日は俺の作ったエールを浴びるほど飲んでくれ」
私達が挨拶すると、2人は嬉しそうに笑った。
「蓮、こっちにいらっしゃい」
紹介するために呼ぶと、蓮はガロンとショーンの間に入った。
「うちの家族を紹介しよう。息子のガロンとレン、それからショーンだ」
「初めまして、ガロンです」
「蓮です。よろしく」
「・・・ショーンです、よろしくお願いします」
ショーンは耳を真っ赤に染めながら、嬉しそうに笑顔で挨拶した。




