接客研修
「はい、お待ちどおさま。当店自慢のプリンだよ。ゆっくり楽しんでね」
食堂で働いていただけあって、メリッサは接客が上手い。セリフはアレンジしまくりだけど、気さくな人柄が滲み出てて親しみが持てる。合格。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
ベラは何と言っても品がある。所作も問題なし。合格。
「お待たせしました〜。ごゆっくりどうぞ〜」
ロザリンは元気が良い。明るい笑顔も好印象。もう少し落ち着きが欲しいけど、ひとまず合格。
「お、お待たせ、し、しました。ご、ごゆっくり・・・どうぞ」
皆に注目されてるので、マチルダはちょっと緊張しているみたい。声も小さいし、笑顔もぎこちない。もう少し練習が必要。不合格。
「お待たせしました。ご注文のプリンです。ごゆっくりどうぞ」
カミラはミスしないよう集中しているからか、それとも練習相手が私だからかは分からないけれど、愛想がない。不合格。
「ご苦労様。メリッサ、ベラ、ロザリンは合格。その調子で頑張って。マチルダとカミラはもう少し練習しましょう」
私がそう言うと、予想通りカミラはムッとした顔になった。
「何でよ!? 私、ミスしなかったでしょう!?」
私は直接答えず、合格した3人に意見を求めることにした。その方がカミラは納得するからだ。
「カミラの接客を見てどう思った?」
「そうねぇ。セリフは完璧だったけど、感情がこもってない感じ」
「ええ。お客の顔を見てなかったもの」
「カミラ、笑顔、笑顔」
仲間からの容赦ない指摘に、カミラは悔しそうに下唇を噛む。負けず嫌いだから、きっと次は上手くやるだろう。
問題はマチルダだ。失敗した自覚のある彼女は、しょんぼりと凹んでいた。
「私、たくさんの人に注目されると緊張しちゃって、どもっちゃうの」
「初めてなんだから、上手く出来なくて当然よ。その為の研修なんだから」
そうマチルダを慰めたものの、顔見知りのスタッフ同士でも緊張するとは、先が思いやられる。
(人には向き不向きがあるし、接客がストレスになるようなら、厨房担当にすれば良いけど・・・)
ただ経営側としては、誰か一人を特別扱いせず、公平に仕事を割り振りたい。調理・接客・洗い場を時間を決めて交代でやるのが理想だ。最終的には現場のスタッフ同士で係を決めてもらって良いけれど、どちらにしろ休憩や休みの際は、誰かがカバーしなければならない。その為には、全員が同レベルで仕事を出来るようになってもらう必要がある。
(シヴァとダンにも協力してもらった方がいいわね)
昼食をとりながら皆に私の考えを言うと、シヴァが頷いた。
「確かにミホの言う通りだ。少人数で無理なく仕事できるよう考えないとな」
「俺は? 客役と接客どっちをやればいい?」
「ダンも私達と一緒に客役をやって。ちょっと困ったお客の演技とかできる?」
「ああ」
ダンはすぐに私の意を汲んでくれて頷いた。
「僕もお客さんする!」
ご飯を食べ終わったクルトが椅子の上に立ち上がって宣言する。
「ダメよ、ママ達はお仕事なの。それから、お行儀よくしなさい」
「やだ、やりたい!」
「クルト! 我儘言わないの!」
マチルダに叱られ、クルトは顔が泣きそうに歪む。大きく息を吸い込んで大泣きする大惨事を救ったのは、意外にもラーソンだった。
「おいおいクルト。この後は俺と遊ぶ約束したじゃないか。忘れちゃったのか?」
その言葉にクルトは目を開けて、情けない顔でラーソンを見た。
「クルトと遊ぼうと思って、家が作れるくらい沢山の積み木を作ったのになぁ。悲しいなぁ」
そう言ってわざとらしく泣き真似をすると、クルトは椅子から飛び降りてラーソンの所に駆け寄った。
「おじちゃん、泣かないで。一緒に遊ぼう」
「そうか。遊んでくれるか。早速行くぞ。凄いの作ってママ達をびっくりさせてやろう」
ラーソンはニコニコと笑いながら、クルトと手を繋いで食堂を出て行くと、マチルダは申し訳なさそうに謝ってきた。
「ご迷惑をかけてすみません」
「誰も迷惑だなんて思ってないぜ。あいつ、本当にクルトに積み木を用意して待ってたからな。だから気にすんなって。さあ、俺達も頑張ろう」
ダンの言葉に皆が笑顔になる。マチルダは嬉しそうな顔で頷いた。
*****
「おい、まだかよ? いつまで待たせんだ?」
ダンがイライラとした様子でテーブルを叩くと、数人のスタッフがビクッと肩を揺らした。演技とわかっているが、普段と違うガラの悪さにスタッフの顔が引き攣る。
そんな中、食堂で働いていたメリッサだけは笑顔を絶やさずにいた。
「は〜い。順番に運んでるから、もう少し待ってね」
私とシヴァのテーブルにカップ(プリンの代わり)を置いた後で、「はい、お待たせしました」と笑顔でダンを接客する。そしてくるっとスタッフの方に向き直ると、
「こういう困った客は怯えるとつけ上がるから、堂々とした方がいいのよ」
とウィンクした。頼もしすぎる。ダンも苦笑しながら頷いた。
「実際にケチつけてくる奴は俺が相手するけど、お行儀のいい客ばかりじゃないと思ってくれ。もっと酷い奴もいるから」
「そうそう。さっきの何て可愛いもんよ」
カラカラと笑うメリッサとダンに、スタッフ達は顔を見合わせて戸惑ってる。シヴァは眉間に皺を寄せた。
「そんな迷惑な客がいるのか?」
「まあな。人が多くて待つのは仕方ないけど、店の段取りが悪いと文句言う奴も出てくると思うぜ」
その言葉にマチルダがビクッと反応する。
(そういうお客に当たっちゃったら、マチルダは益々緊張しちゃうだろうし、カミラは喧嘩しそう。何かいい方法はないかしら?)
目を瞑っていい方法はないかと考えていた私は、ふと閃いた。
「そうだ。セルフサービスにすればいいんだわ」
これならスタッフの負担は少ない。
「何だ? それ」
「お客に自分で取りに来てもらうのよ。実際に私がやってみせるわ」
私は場所を移動し、スタッフに指示を出す。
「このキッチンカウンターで支払いと品物の受け渡しをするの。カップは、ひとまず後ろの作業台に置いて。ベラ、接客係をやってくれる?」
「は、はい」
ベラとカウンターを挟んで向き合う。
「いらっしゃいませ」
「プリンを1つ下さい」
「5ギニーになります」
因みに1ギニーは銅貨1枚で日本円で100円位。
(プリン1個で500円は高いと思うけど、こっちは砂糖が高いから仕方ないのよね)
私は銅貨を5枚支払い、プリンに見立てたカップを受け取る。
「どこに座ればいいかしら? そこのテーブルでもいい?」
「はい。お好きな席にどうぞ」
私は頷いて近くの席に座ると、一呼吸置いてからカップを戻しにカウンターへ戻る。
「食べた食器は置き場所を決めて、こんな風にお客に戻してもらう。これなら接客の負担は少ないわよね?」
「ええ。このやり方は断然楽ね。食い逃げされる心配も無いし。プリンが準備されてる状態なら、1人でも対応できそう」
ベラが感心しなが感想を言うと、メリッサとロザリンが目を剥いた。
「ええ? 給仕をしないでいいの?」
「どんなに安い店でも、店員が持ってくるのが普通よ」
だがダンは大笑いした。
「あはは。いいんじゃねぇか。屋根とテーブルとキッチンがある屋台だと思えば」
「あはははは」
ダンの言葉に、皆も大笑いした。
「うん。最初は戸惑うかもしれないけど、すぐに慣れると思うわ。ダンにはフロア係になってもらおうかしら」
「フロア係って何すりゃいいんだ」
「お客様のサポートね。来店時に店のシステムを説明したり、空いてる席に案内したり。マナーの悪いお客も、ダンなら上手くあしらえるでしょう?」
「まあな」
私達のやりとりを見ていたシヴァが、成程、と頷いた。
「カウンター越しで接客するのは良いアイデアだな。妙な客からスタッフを守る為にも、物理的な距離がある方がいい。ラーソンに頼んでカウンターを作ってもらおう」
「それならいっその事、完全にフロアと仕切った方がいいと思います」
ベラの言葉に皆が「どうして?」と首を傾げる。
「プリンは絶対に流行るわ。儲けに敏感な商売人は、客を装って調理法を探ろうとするはずよ。なりふり構わない人は、間違ったふりして厨房に入ったりするかも。でもカウンターがあったら、乗り越えなきゃ無理でしょう?」
拳を握って熱弁するベラに、皆がぽかんとする。
「そこまでする?」
「する。儲けの為に平気で犯罪を犯す商人もいるわ」
その言葉を聞いて、私はオーティスの顔を思い浮かべた。シヴァとダンも苦虫を噛み潰したような顔をしているから、きっと私と同じ思いだろう。
「ベラの言う通りね。調理法を漏らさないようスタッフは魔法がかけられてる事を公言しましょう。皆が個人的に狙われて危ない目にあったら嫌だもの」
「わかった。ドルチェを魔王軍幹部が経営してるって言うのも含めて、俺が上手く広めるよ」
ダンに任せれば大丈夫だろう。
「でもそうすると、お客さんが怖がって来てくれないかも」
ロザリンが心配そうに言う。
「そうね。でも皆の安全が第一だもの。魔王軍と関わりがあると知れば、危ない橋を渡ろうとする人も減るでしょうし」
「ああ。初めは客足が伸びないかもしれないが、心配ない。その対策を取るのは私の仕事だ」
私とシヴァの言葉に、皆がほっとした顔になった。
「それじゃあカウンター越しの接客練習を始めましょう。カウンターは特注で作るから、皆いいアイデアや希望があったら遠慮なく言ってね」
そう言うと、皆はより積極的になった。
「カウンターの内側に棚があると便利よね」
「片端に潜る扉をつけるのはどう? 内側に鍵があればいいし」
「厨房から直接商品の受け渡しができると楽だけど。壁に穴を開けることって可能かしら?」
シヴァは皆の言葉を紙に書き、少し考えて言った。
「皆の要望は叶えられると思う。店も買い取ったから、壁に穴を開けるのも問題ない。穴の高さに合わせて、壁の両側に食器棚を設置すれば、物を置くにも安定するだろう」
「そんなに食器棚が必要なのか?」
ダンが不思議そうに言うと、シヴァは頷いた。
「ああ。プリンのカップだけで200個あるからな」
「「「「「200!?」」」」」
「1人当たり1日40個作れば良いのよ。交代しながら8個ずつ5回作れば負担もないでしょう?」
「確かにそうだけど。そんなに売れるかしら?」
余ったら勿体無い、とマチルダが言う。
「普通の食堂よりお客の滞在時間は短いし、噂が広まれば直ぐに足りなくなると思う。でも作るのは1日200個。売り切れたら店仕舞い。余った時間で掃除と翌日のプリン作り。こうすれば皆の負担は少ないと思うんだけど」
私の言葉にメリッサが笑い出した。
「こんな風に研修したり、スタッフの要望を聞いてくれたりする店なんて、都中探してもないよ。店がオープンするのが楽しみだわ。自分が働いてるのを想像すると、なんだかワクワクしちゃう。カミラもそう思わない?」
突然話を振られたカミラは驚いて目を丸くしたけれど、
「まあ、悪くないかもね」
と、ボソボソと呟いた。色々と思うところはあるようだけど、仕事は決して嫌いじゃないみたい。
こんな風に皆が少しずつ変化を受け入れられたら、人と魔物が平和に交流出来る日が来るかもしれない。
(いつか、家族みんなで都に遊びに行けるといいな)
体調不良が続いてなかなか更新できず、すみません。
皆様も風邪やインフルエンザにお気をつけ下さい。
1月29日に徳間書店様よりコミックス3巻が発売されました。
巻末SSにて、シヴァが料理下手な理由を書いています。




