クルト4
午後の作業はスムーズだった。全員がクルトに笑顔で褒めて欲しくて頑張ったからだ。カミラも私のアドバイスをよく聞いて、いい雰囲気でプリン作りが進んだ。
「プリンは全部冷えたわね。それじゃあ、手分けして食堂に持って行って、審査してもらいましょう」
審査を兼ねたおやつタイムだ。クルトも楽しんでくれるだろう。そう思って食堂に行ったのだけれど、シヴァとクルトの姿が見えない。
「あら? ダンとラーソンだけ?」
私の質問に答えてくれたのはラーソンだった。
「ああ。てっきりクルトが昼寝してると思って、さっきそっと事務所を覗いたんだが、二人共いなかった」
それを聞いてマチルダの顔が不安そうに曇る。ラーソンは慌てて、クルトをシヴァに預けた経緯を説明してくれた。
「そう。シヴァがおやつの時間を忘れるわけないし、畑にでも行ってるのかしら?」
「俺、ちょっと見てこようか?」
そう言ってダンが外に出ようと扉を開けると、クルトが元気よく食堂に飛び込んできた。
「ママ〜! 見て見て、これ僕が採ったんだよ。ママにあげる!」
大人達の心配も知らず、クルトはキラキラした笑顔でマチルダにリンゴを差し出した。
「まあ、ありがとう。でもこれどうしたの? まさか勝手に取ったんじゃないわよね?」
マチルダはリンゴを受け取ると、しゃがんでクルトと視線を合わせながら尋ねた。
「違うよ。お兄ちゃんと一緒におじちゃんのお手伝いをしたの」
「お兄ちゃん?」
「連れてくるから、ちょっと待ってて」
止める間もなく元気よく外に飛び出していくクルトを目で追っていたら、扉の側にいたダンと目があった。
(ガロンが、そこにいるの?)
声に出さず視線で問えば、ダンが頷く。
(ガロンがこの時間帯に来るはずないのに。シヴァが連れてきたのね)
おそらく何らかのトラブルがあったのだろう。でもクルトの様子を見れば、深刻な問題はなく、むしろガロンと仲良くなった事がわかる。
(問題はみんなの反応よね。フォローしなくちゃ)
「どうやら息子が来てるみたい。体が大きくて驚くと思うけど、優しい子だから・・・」
「ほら、お兄ちゃん早く」
「クルト、待って。リンゴが落ちそう」
私が言い終わらないうちに、クルトがガロンを引っ張ってきた。ガロンは右腕にリンゴの入ったカゴを抱え、左手をクルトに握られた状態で、少し前屈みになって食堂に入って来た。後ろから、やはりリンゴを抱えたシヴァが続く。
「「「ひっ!」」」
しゃがんでいたマチルダは、クルトとガロンを見て文字通り腰をぬかした。メリッサはギョッとした様子で目を剥き、ベラは悲鳴を漏らすまいと口を押さえ、ロザリンとカミラは抱き合ってガクガク震えている。
「ク、クルト・・・」
マチルダは座り込んだまま動けないようだ。震えながら手を伸ばし、クルトを呼ぶ。ガロンはマチルダの顔を見て、クルトに手を離すように言った。
「ほら、ママが呼んでるよ」
「お兄ちゃんも一緒に行こう」
「俺、リンゴを置いてくるから、クルトは先にママの所に行っておいで」
「わかった」
トコトコと戻ってきたクルトを、マチルダはぎゅっと抱きしめた。
「皆、落ち着いて。あの子は人を襲ったりしないから」
私がそう言うのと同時に、シヴァがガロンの横に並んだ。
「驚かせてすまない。この子は息子のガロンだ。一緒にリンゴの収穫をしてる内にクルトと仲良くなってな。皆にも紹介しようと思い連れて来た。よろしく頼む」
「ガロンです。よろしく」
「よろしくする〜」
まだショックから立ち直れない皆に変わり、クルトの明るい声がキッチンに響く。プハっとダンが笑いながらガロンの背中を軽く叩いた。
「良かったな、ガロン。クルトが仲良くしてくれるってよ」
「うん。嬉しい」
ガロンが嬉しそうに笑いながら素直に頷くと、ベラとメリッサから肩の力が抜けた。ダンとクルトが気安く接しているのを見て、少し安心できたのだろう。ロザリンは「・・・息子?」と小さく呟き、不思議そうにシヴァとガロンを見比べている。恐怖よりも疑問と興味が勝ったようだ。マチルダとカミラは青い顔でまだ震えている。
「ミホ、リンゴどこに置けばいい?」
「キッチンの作業台に置いてくれる?」
「わかった。父さんのも一緒に置いてくるね」
ガロンがキッチンに行って、ようやくマチルダの震えが止まった。
「ママ、これ赤くて綺麗でしょ!? 木のてっぺんにあったんだよ。お兄ちゃんに抱っこしてもらって採ったんだ」
「そう。怪我しなかった?」
「うん」
クルトは元気一杯に答えたが、マチルダは心配そうに、その小さな体をチェックし始めた。
(ガロンは力加減が出来るもの。多分クルトの服にも傷一つ付けてないと思うけどな)
そう思いながら見ていると、マチルダがほうっと息を吐いた。自分の目で確かめて、ようやく安心出来たらしい。ふらつきながらも立ち上がると、気丈に微笑んだ。
「皆さん、クルトの面倒を見てくださって、ありがとうございます。お仕事の邪魔じゃなかったですか?」
「全然。むしろもっといて貰いたかった」
ラーソンの言葉にダンも頷く。
「ああ、楽しかったよ。馬の餌やりの様子を皆にも見せたかったなぁ。餌箱に入れるより、落とした藁の量の方が多くて、馬から文句言われてた。あはは」
「も〜、内緒にしてって言ったのに!」
ダンに自分の失敗をバラされて、クルトはほっぺを膨らませる。
「クルト、たくさんお手伝いして偉いな」
怒って拗ねていたクルトは、キッチンから戻ってきたガロンに褒められてすぐに機嫌を直した。
「うん。今からプリンの味見もするよ。お兄ちゃんも一緒にやろう」
クルトに誘われたガロンが、キラキラと期待に満ちた目で私を見る。
「ミホ、俺もプリンの試食していい?」
「ええ、勿論よ」
「やったぁ!」
パァッとガロンの表情が輝く。
「お兄ちゃん、隣に座って一緒に食べよう」
クルトの誘いにガロンは残念そうに首を振った。
「俺、尻尾があるから、端の方じゃないと」
「え〜、つまんない」
「クルト、我儘言わないの。それともママの隣は嫌?」
「嫌じゃない」
「そうだな。ガロンはここに座りなさい。隣に私が座ろう」
クルト以外のスタッフはまだガロンを怖がっているから、シヴァはさり気なく距離を持たせようとしているのだろう。
「それじゃあ、私はガロンの前に座ろうっと」
私がそう言うと、ガロンはサッと移動して椅子を引いてくれた。ガロンは元々優しかったけれど、妊娠してから更に気を遣ってくれる。
「ありがとう」
「どう致しまして」
それを見て、ベラが目を丸くしながら呟いた。
「まあ、紳士なのね」
「ええ、優しくて本当にいい子なの」
「えへへ」
ガロンが照れながら嬉しそうに笑う。ガロンもスタッフの緊張が伝わっているだろうけれど、それに気にせず普段通りに振る舞ってる。
「それじゃあ、試食を始めましょう」
全員に5個ずつ作ってもらったので、2人で1個をシェアして食べた。因みにクルトは沢山食べれないので、全員から一口ずつ貰うことになった。
ガロンに動揺しているスタッフ達は我先にとクルトを囲み、順番にあ〜んして癒しをもらっている。クルトはご機嫌でプリンを食べさせてもらいながら、ガロンに話しかけた。
「お兄ちゃん、ママの作ったプリン美味しい?」
「うん、美味い。他のも全部美味い。皆すごいな」
ガロンが尊敬の眼差しでスタッフを見ながら素直に褒めると、シヴァも頷いた。
「うん、どれもよく出来てる。これなら安心して店に出せる」
「ええ。皆とても優秀なの。基本のプリンは問題ないわね」
私の言葉にガロンが首を傾げる。
「それって、他の味もあるって事?」
「そうよ。季節の果物や野菜を使ったプリンがあるの」
「へぇ、どんな味なんだろう?」
「違う味のプリンがあるなんて初耳だぞ」
シヴァが私達の会話に入ってきた。気づけば全員が、興味津々と言った様子でこちらを見ている。
「そうね。せっかくだから、明日はリンゴを使ったプリンを食べさせてあげる」
「本当? やったぁ! じゃあ俺、またリンゴいっぱい採ってくる」
「キッチンにあるので十分よ」
「あれはスタッフの人達のお土産だよ」
ガロンの言葉に、スタッフは「えっ!?」と目を丸くしている。
「そうなの。じゃあカゴいっぱい採ってきてもらっていい?」
「うん、任せて。皆さん、プリンごちそうさまでした」
ガロンは挨拶をすると、いそいそと外に出て行った。同時に、それまで少し緊張していたスタッフの気が緩む。
「僕も行く」
「ダメよ、もうすぐ帰る時間だから」
「やだ、まだここにいる。お兄ちゃんともっと遊ぶ」
駄々を捏ねるクルトをマチルダが抱いてあやす。しばらく愚図っていたクルトは、ポンポンと背中を優しく叩かれているうちに、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「クルトは随分ガロンに懐いたなぁ」
ダンが感心したように言うと、マチルダが困ったように笑った。
「この子、小さい頃から大きな動物が大好きで・・・」
「ああ、どおりで。馬が顔を寄せても全然怖がらなかったし、肝が据わってんな。将来大物になるぞ」
「そうだと良いんですけど」
緊張が解けた安心感からか、ロザリンが思わず本音を漏らした。
「あ〜、怖かった〜。まだ心臓がドキドキしてる」
「事前に知らせず、いきなり連れてきて悪かった。だが息子は人を襲ったりしない。君たちの安全は約束する」
シヴァの言葉に、ロザリンは焦った様子で言葉を続けた。
「すみません。トカゲが苦手なもので思わず。・・・彼、随分大きかったけれど、幾つですか?」
「15歳だ。あの子が3才の時に養子にした。素直で優しい子に育ってくれたよ。私に似なくてよかった」
シヴァがしみじみと言って、私もそれに続く。
「ガロンは本当に優しい子でね。傷つけられて、帰らずの森に捨てられた私を助けてくれたの。それがきっかけで、今こうして家族になったのよ。あの子がいなかったら、私はとっくの昔に死んでたわ」
私の言葉に皆がざわめいた。
「え? 何その状況? あなた犯罪に巻き込まれたの?」
ベラが心配そうに私に質問した。
「ええ、そんな所。詳しい話は、また今度ね。トカゲや蛇が苦手な人もいるでしょうから、あの子と無理に仲良くしてとは言わない。でも決して危険な存在じゃないわ。私やシヴァの言葉が信じられないなら、自分の目で確かめて。外見や噂に惑わされず、あの子の言動を見て判断して頂戴」
スタッフ達は、複雑な表情で顔を見合わせた。
「そうね、見た目と違って、凶暴じゃないのはわかったわ」とミランダが言えば、
「ええ。話し方も穏やかだったし」とベラが頷く。
「クルトも懐いてるし、きっと優しい性格なんでしょう」とマチルダが自分に言い聞かせるように呟き。
「外見はあれだけど、性格はうちの娘より素直かも」とロザリンが苦笑する。
恐怖を感じたものの、ガロンの良い所は分かってくれたようだ。そう思いきや、
「無理、もうヤダ。巨大なトカゲがいるとか聞いてない。普通のトカゲでさえ怖いのに、あの大きさは反則よ。泣き叫んで逃げなかっただけでも褒めてもらいたいわ」
とカミラが涙目で言った。彼女はブレない。良くも悪くも正直だ。
「うん、私も虫は苦手だから、その気持ちはわかるわ。さっきも言ったけど、無理して仲良くしなくていいから。苦手な物は仕方ないし」
「ああ、あの子が怖いなら近づかなければいい。ガロンにも関わらないよう言っておく」
私とシヴァの言葉にホッとした様子のカミラは、次の言葉を聞いてポカンと口を開けた。
「事前に相談もせず、ガロンを連れてきて悪かった。心の準備が出来てなかったんだから、驚くのも怖がるのも無理はない。だが、何もしてないのに怖がられたガロンだって傷ついている」
それは、彼女達にとって思いもよらなかったのだろう。カミラが納得いかない様子で顔を顰めている。
ここ数日接してわかったが、彼女は他の人と比べて想像力が乏しいようだ。だから私は例え話をした。
「カミラ、貴方の赤い髪はとても綺麗よね。魅力的で羨ましいわ」
「どうも」
脈略なく突然褒められたカミラは、戸惑った様子で私を見た。
「でも、その赤い髪のせいで差別されたらどう思う? 癇癪持ちに違いないとか、病気を持ってるに違いないとか、訳の分からない偏見で貴方を判断して、話も聞いてくれなかったら? 何もしていないのに、知らない人から不吉だと指さされて煙たがられたら、どんな気持ちになる?」
「・・・何それ、酷い」
カミラは傷ついた顔で呟いた。
「そうよね。自分で真実かどうか確かめもせず、噂話や思い込みで他人を判断するなんて、とても酷いし愚かだと思うでしょう?」
カミラが面白くなさそうに頷く。他のスタッフも神妙な顔で聞いている。
「勿論、個人の感情は自由だわ。でもね、魔物にだって心はあるの。種族や本人の努力でどうしようも無い外見で、あの子の存在を否定したり非難したりしないで。お願いよ」
先ほど思わず本音を漏らしたロザリンは、気まずそうな顔をした。シヴァが私の言葉に続く。
「長年、我々を悪き存在だと恐れていたのだから、異形の姿を怖がっても無理もない。戦争で家族を失った君達が、魔物を恨むのも当然だ。だが何度も言うが、戦争を仕掛けてきたのはアビラス王国だ。我々だって自分達の命や家族を守る権利はある」
誰も何も言わない。メリンダとベラは目を伏せ、マチルダはクルトを抱きしめた。ロザリンは目を潤ませ、カミラは両手でスカートをぎゅっと握りしめている。
「あんな悲劇は2度と繰り返してはならない。長年憎しみあってきたのだ。すぐには難しいかもしれないが、お互いに協力して歩み寄り、理解を深めて平和に暮らす事が、戦争で犠牲になった命に報いることだと私は思う」
静まり返る食堂に、誰かが鼻を啜る音が響く。
シヴァは眠っているクルトを優しい眼差しで見つめた。
「クルトは何の偏見も持たず、ガロンを恐れる事なく接していた。2人が仲良くしている姿を見て、未来に希望が持てたよ。尊くて奇跡の様な光景だった」
皆の視線が、あどけないクルトの寝顔に集まる。
「悲しみを抱えながらも、新しい未来に向かう勇気と行動力がある君達も、尊敬に値する。だからお願いだ。クルトに魔物に対する偏見を吹き込まないでくれ。勿論、危機管理を教えることは大事だし、父親が戦争の犠牲になった事を隠す事はない。どう判断するかはクルトの自由だ」
マチルダが何か言いたそうにシヴァを見たが、何も言わずにクルトを抱きしめ直す。
「子供達には戦争のない、平和な未来を生きてもらいたい。それが私達の願いだ」
それは、この場にいる皆の願いでもある。
それなのに、どうしてこの世から争いはなくならないのだろう?
この世界も元の世界も。人間のいる所に争いは絶えない。
戦争がどれだけ愚かな行為か、歴史が証明しているにも関わらず、今日もどこかで誰かが犠牲になっている。
人の生活圏で、果たして、血や涙に汚されていない土地はあるのだろうか?
(武器を作ったりばら撒いたりする奴らって、きっと人の痛みや悲しみが想像できないんだわ。私に魔法が使えれば、地雷を埋めるよう命令した奴と実行した奴、そして地雷を作った奴らの家の庭に、丁重に埋めて返してやるのにって何度思った事か)
地雷の犠牲になり、手足を失った罪のない人々の姿をテレビで見る度に、そう憤慨したものだ。
戦争は何十年も前に終わったのに、その残骸に今でも多くの人々が苦しめられている。
平和を訴える人々の声は各地で絶えないけど、特別な行事がない限りニュースにもならない。
一方で人を殺す悍ましい武器は作り続けられ、進化していく。
(沢山の命を犠牲にして得られるものって、一体何なのかしら?)
せめて自分が生きている間は、戦争が起きないよう頑張ろう。
(元の世界からも、いつの日か戦争がなくなればいいな)
誰もが安心して眠れ、子供達が笑いながら駆け回る。
そんな普通の日々を、世界中の人が送れますように。




