面接6
食堂に戻ると、それぞれの席に見慣れぬ物を載せた白い皿と小さなスプーンが置かれていた。
それは薄いクリーム色をした円筒型の固まりで、上から茶色いソースがかけられている。
「これ、何かしら?」
「さあ? 初めて見るわ。何だか可愛いわね」
ロザリンとマチルダの会話を聞いて、ミホがニッコリ笑った。
「皆さん、これはプリンです。どうぞ召し上がって下さい」
「これがプリン…」
カミラはスプーンを手に取り、恐る恐るプリンを掬ってみた。思いのほか柔らかかったけれど、程よい弾力があるらしく、スプーンの上でフルフルと揺れている。
口に含む前にふと前を見ると、対面に座る男性陣が美味しそうにプリンを食べていた。
さっきまで一切表情を崩す事の無かったシヴァまでも、幸せそうに食べている。
(凄く美味しそうに食べるのね。どんな味なのかしら?)
期待に胸を膨らませながらプリンを一口食べたカミラは、思わずカッと目を見開いた。
(っ!! 何これ!? すっごく美味しい!!)
滑らかでつるんとした食感を感じたと思ったら、あっという間に溶けてなくなってしまった。なのに口の中には優しい甘さが余韻を残している。
チラッと横を見ると、ベラは口元を上品に押さえながらキラキラと瞳を輝かせてプリンを凝視しており、メリッサは片方の頬に手を添えて、ほうっとため息を吐いていた。
「うわっ! 美味しい!!」
「凄い! 口の中で蕩けた」
「すっごい好きな味だわ」
「私も。子供に食べさせてあげたい」
ロザリンとマチルダは面接中だという事も忘れて、感想を語り合っている。
「驚いた。プリンって焼き菓子じゃなかったのね。ただ甘いだけじゃなくて…優しい味」
感心したようなメリッサの呟きに、ベラも賛同した。
「本当ね。これは間違いなく流行るわ。味も食感も新しいもの。この作り方を私達に教えていただけるんですか!?」
実家が商売をしているベラは売れると確信したのか、興奮冷めやらぬ様子でミホに質問した。
「ええ。プリンは少ない材料で作れるシンプルなスイーツだけど、滑らかな食感や適度な固さにするにはコツがいるの。採用したら何度かここに通ってもらって、プリンの作り方は勿論、盛りつけや接客も特訓してもらうわ。うちの男性陣の合格が出なければ、お店に出すわけにはいかないから」
それを聞いたラーソンが、空になった皿を名残惜しそうに見つめているシヴァに笑いかける。
「良かったな、シヴァ。しばらくたっぷりプリンが食えるぞ」
「…そうだな」
シヴァが顔を上げて、カミラ達採用者一人一人と目を合わせながら言った。
「さっき君たちが席を外している時に話し合って、5人全員を採用する事にした。我々が魔王軍幹部と知って尚、ドルチェで働きたいという意欲に応えたいと思う」
「本当ですか!?」
「良かった。夢見たい!」
「嬉しい!本当にドルチェで働けるなんて」
「ありがとうございます!」
カミラ以外の4人が興奮しながら口々に感謝の言葉を述べるのを、シヴァは静かに手で制して続けた。
「食べてみてわかったと思うが、プリンはまず間違いなく人気が出るだろう。金になるとわかれば、他にもプリンを売ろうという奴も出て来る。まあ自力でプリンの製造方法を開発して売るならば文句はないが、恐らくうちから従業員を引き抜こうとするだろうな。もしくはレシピを高値で買おうと持ちかけるか…」
「否定出来ませんね」
ベラが頷く。
「採用すると決めたが、君たちを信用した訳ではない。失礼を承知で言わせてもらうが、君たちと会うのは初めてだし、我々は恨まれても仕方ない立場だからな」
なんだか自分に向けて言われているようで、カミラは少し気まずい思いで目を伏せた。
「さっきも説明した通り、この事業は戦争遺族者支援の一環だ。店以外にも専用の型や食器を作ったり、材料の生産に携わったりと、間接的ではあるが多くの戦争遺族者に仕事を与えている。今は応募者がいないが、人気が出れば他のエリアでも店を構える事になるだろう。だから誰かが裏切って店が潰れると、うちと取引している仕事にも影響が出るんだ。ここまでは理解出来るか?」
シヴァの問いかけに、皆が神妙な顔で頷く。
「なのでプリンの作り方を教える条件として、忘却魔法をかけることを了承してもらいたい」
「「「「「忘却魔法!?」」」」」
(こいつ、とんでもない事言い出した! やっぱり魔物なんて信用出来ない!!)
皆が驚いて口をポカンと開ける中、カミラだけはギッとシヴァを睨んだ。
「危険な物じゃなく、一種の契約みたいなものだ。プリン作りが出来るのは店の厨房とドルチェだけ。それ以外の場所では、プリン作りに関する事だけを忘れる。覚えていなければ作る事も、レシピを売る事も出来ないからな」
「…でも魔法をかけられるのは怖いわ。他の記憶が無事だって保証はないし」
一部の記憶を条件付きで忘れさせるなんて、とても高度な魔法だ。それなら勝手に記憶を消したり改ざんする事も可能だろう。
カミラの言葉にシヴァは頷いた。
「そうだな。君たちもまた我々の事を信用出来ないだろう。ただ我々は、この件で命までかけなくても良いと思っただけで、代わりに女神様の誓いでも構わない」
「……」
(つまり裏切り者は許さないって訳ね)
部屋がしんと静まり返り、ミホは困ったように笑った。
「まあ急にこんなことを言われても困るわよね。私としては是非うちで働いて欲しいけど、この条件を飲んでくれる人じゃないと雇えないの。それに魔物に対する偏見は未だに多いから、従業員に嫌がらせする人もいるかもしれない。勿論、その時は全力で守るけど。
良い面と悪い面、それぞれを良く考えた上で、うちで働くかどうか答えを決めて頂戴。明後日の夕方までに商業ギルドに答えを伝えてくれればいいわ。うちで働く人には、ギルドを通して次の予定を伝える事にするから」
最終な決定を自分達に委ねられた採用者達は、戸惑いながら顔を見合わせた。
「何か質問がある?」
その言葉に、マチルダがおずおずと発言した。
「はい。あの…もし次に来る時、息子の預け先が見つからなかったら、ここに連れてきてもいいでしょうか? 私の作ったプリンを息子に食べさせたいんです」
どうやらマチルダは、ここで働く事に前向きなようだ。
それはミホにも伝わったようで、彼女は満面の笑みで「もちろん、遠慮せずにどうぞ」と答えた。
「他に質問は? なければ面接を終わります。皆さん、お疲れさまでした」
ミホ達は見送りのため、一緒に外に出た。そして馬車に乗る前に、一人一人に果物がいっぱい詰まった袋を手渡してくれた。
「うちの畑で採れたリンゴとオレンジよ。今日は来てくれて本当にありがとう」
「まあ、こんなに沢山。いいんですか? ありがとうございます」
「嬉しい。助かります。大事に食べますね」
「子供達が喜ぶわ。遠慮なく頂きます」
「どれも新鮮で美味しそう。ありがとうございます」
「…ありがとうございます」
皆嬉しそうに袋を受け取って、にこやかにミホにお礼を述べていたが、カミラはお礼を言うのがやっとだった。
まさか面接に来てお土産を渡されるなんて想像もしてなかったので、戸惑ってしまったのだ。
「またな。皆でエールを飲むのを楽しみにしてる」
「気をつけて帰ってくれ。ダン、彼女達の事を宜しく頼む」
ドワーフは陽気に手を振っているし、エルフはダンにカミラ達を安全に帰すよう言い含めている。
(何なの、こいつら!? 魔物のくせに…魔物の…くせに)
お久しぶりです。
次でカミラの回は終わる予定です。




