作戦準備
魔王様とラーソンの顔合わせ以来、私とシヴァは側近達との打ち合わせの為に、ほぼ毎日のように魔王城の会議室に赴いた。
日替わりで各役割担当から進捗状況の報告を受けたり、作戦の微調整する必要があったのだ。
打ち合わせは短時間で終わるときもあれば、半日ほどかかる事もあった。
この日は、キーナ人の服が出来たという事で試着に訪れた。
出迎えてくれたのは、幹部の一人に服作りを命じられたという四人のグノーム達だった。
「こちらになります」
そういって手渡されたのは、テラコッタカラーのチュニックと生成り色のボトムスだった。
さらりとした肌触りの良い布で出来ており、キーネックで脱ぎ着しやすい。袖は肘までの五分袖で、着丈はふくらはぎまであったが、両脇に深いスリットが入っているため動きやすかった。
「キーナ人の女性は、普段もう少し短めの丈のチュニックにロングスカートを着ているようですが、旅には男女共通でこのような服を着るみたいです。一応、普段着もご用意しました」
用意された普段着は白いチュニックで、襟元と袖周りに小さな葉っぱの刺繍が施されていた。
ベージュ色のロングスカートは、ウエストラインから裾にかけてボリュームたっぷりに広がる巻きスカートだった。
「素敵。サイズもピッタリだし、着心地もとてもいいわ。どうもありがとうございます」
私は素直にお礼を言った。こちらの世界に来て以来、ずっと手持ちのTシャツとジーンズで過ごしてきたので、新しい服に袖を通すのが物凄く嬉しかった。
「どちらもなかなか似合うじゃないか。なんだか新鮮だな」
シヴァも褒めてくれた。イケメンに褒められて悪い気はしない。
「あの、お茶を用意してますので、よろしければ皆さんで召し上がって下さい」
私はそう言って、グノーム達をテーブルに招いた。
グノーム達はテーブルに用意されたお茶とマドレーヌを見て歓声を上げた。
ラーソンが魔王様との打ち合わせに酒樽を持ち込んだ事は、すぐに皆に知れ渡った。
その打ち合わせで私がつまみを作ったのも当然知られていたので、今日は何もないのかと冗談半分に言われる始末。
幹部達は、打ち合わせに酒を持ち込む事はさすがに憚られるけれど、お茶を飲む位はいいだろうと考えたようだ。
おかげで私は打ち合わせ毎に差し入れをするはめになったのである。
モリスとニルスに、私の要望通りのお菓子用の金型をいくつか作ってもらったので、焼き菓子のレパートリーはぐんと増えた。
クッキー、マフィン、パウンドケーキ、スコーン、シフォンケーキ・・・
もはや菓子職人と言ってもいいくらい、日替わりでいろんな菓子を焼いていた。
「出稼ぎの理由は、首都グラードで菓子屋を開く為、っていうのはどうだ?」
マドレーヌを食べ終えたグノームの一人が言った。
「珍しくて美味い菓子なら人気が出るし、金になるだろう。職人なら女が出稼ぎに出てもおかしくない」
「そうですね。その案、採用させていただきます。お菓子の事なら話を振られても大丈夫だし」
「それなら初めから眠り薬を菓子に混ぜて食べさせる事も出来るな。わざわざ料理に入れる手間が省ける」
シヴァの意見に私も賛成した。
「そうね。こちらの人間の舌に合うか試食をしてもらう、ていうことなら不自然じゃないわね」
こんな風にいい意見が出る事もあったので、会議中にお茶をする事は好意的に受け入れられた。
救出準備は着々と進み、とうとう宿屋へ潜入する日がやってきた。
ラーソンは幌のついた荷馬車に酒樽を積み込むと、御者台に座って手綱をとった。
「準備できた。いつでも出発できるぞ」
人間に化けた魔王様は幹部の皆を集めて言った。
「計画通り、これより子供達の救出作戦を行う。皆、各自の持ち場に行って備えよ。
では、行ってくる」
私は魔王様とともに荷馬車に乗り込んだ。
(みんな待っててね、絶対に助けてみせるから)
私は荷馬車に揺られながら、まだ見ぬ子供達に思いを馳せた。