アンジェリカ2
そんな風に思っていたけれど、1週間も経たずして私は塔の外に出た。
当たり前だけど、私が幽閉されている間にも世の中はめまぐるしく変化し、アビラス王国は滅びに近づいていたのだ。
あの運命の日、眠りにつこうとしていた私は、暗闇の中で飛び起きた。聞き慣れない力強い足音が複数聞こえてきて、ただ事ではないと感じたからだ。
でも当然逃げる場所はない。ベッドに座ってじっと前を見ていると、やがて松明を持った2人の屈強な兵士が見張り番を伴ってやってきた。
こんな夜更けに3人の男がやってきた事に私は恐怖を覚えたけれど、己を奮い立たせて立ち上がると同時に一喝した。
「こんな時間に何用です!?」
私が起きているとは思わなかったのか、それとも一喝された事に驚いたのか、兵士達は少し目を見張った後、軽く頭を下げた。
「レディー、夜分に突然おしかけてしまい申し訳ありません。クリフォード将軍の命によりお迎えに上がりました」
「え? クリフォード将軍はご無事なのですか?」
「はい。我々は本日、王城に帰還致しました」
将軍の無事を聞き、緊張が解けた私は大きく息を吐いた。
「良かった。生きておられたのですね。女神様、感謝します」
私は思わず手を組み、目を閉じて女神様に短い祈りを捧げた後、改めて兵士達にも声をかけた。
「あなた方も無事で何よりです。お怪我はありませんか?」
「…はい。お気遣いありがとうございます」
「おい、早く鍵を開けろ」
「は、はい!」
兵士に促され、門番が焦って鍵を開ける。
(こんなに早く出られるとは思わなかったわ)
扉を潜りながら、そんな事を思う。
「ご案内致します。足元にお気をつけ下さい」
「ええ」
紳士的な態度に少し安堵し、彼等に続いて階段を下りる。だけどだんだんと冷静になり、この状況に不安を覚えた。
(何故こんな時間に出されたの? 何かおかしいわ)
階段を下りきったところで、私は兵士に話しかけた。
「何か緊急の事態ですか? 詳しい話を聞いても?」
「…我々アビラス軍は魔王軍との戦いに敗れ、全滅しました」
「全…滅」
更に多くの犠牲が出たことに心が痛む。
「ではアビラス王国は魔物の支配下に置かれるの?」
「いいえ。信じられない事に、魔物はこれ以上の戦いを望んでおらず、いくつか終戦条件を提示してきのです。クリフォード将軍は終戦条件を受け入れました。戦争を終わらせる為に、これから我々は国王を討ちます。最後にご家族と過ごす時間を、という将軍のご配慮でお迎えに上がった次第です」
「そう…」
魔物との戦力の差は歴然としていたから、敗戦しても仕方が無い。
「わかりました。でもクリフォード将軍が降伏したなんて意外です」
「ええ。実際かなり苦渋の決断だったようです。我々も将軍がクーデターを起こすとは思いませんでした」
「クーデター!? 王国に忠義を尽くしてくれた将軍が…!?」
「だからこそです。陛下は君主にあるまじき行為で国を危険に曝しました」
「魔物と戦争を起こした事ですか?」
「それもありますが、聖騎士を冤罪で捕えた事です」
「まさか…そんな…」
目眩がして、ぐらりと身体が傾く。
「危ない!」
後ろにいた兵士がとっさに私の身体を支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「…ええ、ありがとう」
本当は全然大丈夫じゃなかった。全身から血の気が引いて、吐き気がする。
(私のせいだ。聖騎士たちは私の罪を知っている。私を庇う為にお父様は…)
その後はどんな風に歩いたか覚えていない。気がついたら謁見の間の前で、兵士達が開けた扉の向こうに、お父様とお母様、そしてお姉様がいらした。お父様はお姉様を抱きしめて、2人とも悲痛な顔をしている。
「お父様! お母様! お姉様!」
私は思わず3人の元へと駆け出していた。
「アンジェリカ!」
お父様は私を左腕で抱きとめてくれた。
「お父様! ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいですね」
「いいや、そなたのせいではない。全ては私が悪いのだ」
お父様はそう言って、泣きじゃくる私を宥めるように頭にそっとキスしてくれた。
「…そうだろう? クリフォード将軍」
私は涙に濡れた目で、近づいてくる将軍を見つめた。
「王妃様、グレース王女様、アンジェリカ王女様。申し訳ありません。我々アビラス軍は魔物との戦争に大敗しました。こちらが魔王軍からの終戦条件になります」
差し出された羊皮紙を、お姉様が受け取って読み上げる。その内容に怒りをあらわにするお母様を、お姉様が静かに諭す。
(お姉様も覚悟を決めていらっしゃるのだわ。私と違っていつだってご立派で、何一つ悪い事等していないというのに。ごめんなさい、お姉様)
再び涙が溢れ落ちる。
「しばらくの間、席を外しますので、ご家族だけで最後の時間をお過ごしください。外に見張りをたてるのはお許し願います」
クリフォード将軍がそう言って部屋を出て行き、私達家族4人だけが残った。
「すまない。私が愚かだった為にこのような事になってしまった。アビラス王国は終わりだ。本当にすまない」
頭を下げるお父様を、私はもう1度改めて抱きしめた。
「いいえ、お父様だけの所為ではありません。私が愚かだったのです。私が戦争に参加した所為で、こんな事に…お父様一人に罪を被せることは致しません。私も一緒に責を受けます。」
「アンジェリカ!!」
お母様が悲痛な声を出して涙を流す。
「いいや、死ぬのは私一人でいい。クリフォード将軍もそなた達の命は取らないと約束してくれた。どうか、私の分まで生きてくれ。アンジェリカ、そなたはまだ若い。まだまだやり直せる。今のそなたならきっと大丈夫だ。これは王としてではなく、父としての願いだ」
「お父様…愚かで我が儘な娘でごめんなさい」
「ふふ、小さい頃から、そなたの我が儘には手を焼かされた。なあ、サラ」
「ええ、本当に。素直なのはいい事だけれど、小さい頃は癇癪を起こして泣いてばかりで、教育係を泣かせていたわね。グレースは全然手がかからなかったのに」
お母様の言葉通りなので、私は恥ずかしくなった。
「今だから言うけど、私は自分の気持ちを素直に言葉に出すアンジェリカの事が羨ましかったわ。期待される王女であり続ける為に、自分の感情に蓋をする事に慣れてしまった私には、アンジェリカはとても眩しかった。…もちろん呆れる事も多かったけれど」
「お姉様…」
いつだって完璧なお姉様が、そんな風に思ってるなんて想像もしてなかった。
「…聖騎士の事をリアム神官に知らせたのは私です。私が意見してもお父様が聞き入れて下さらないだろうと、勝手な事をした事をお許しください」
そう言ってお父様に頭を下げるお姉様の肩が、小さく震えている。
「私も一度くらい、泣いてお父様に頼みを聞いてもらえば良かった。そしたら、こんな事には…」
「いや、そなたの言う通りだ。恐らく私はそなたの進言を退けていただろう。グレース、私の自慢の娘よ。そなたの信頼を失う事になったのも、私の自業自得だ。愚かな父を許して欲しい。そしてこれからも母と妹を支えてやってくれ」
「…かしこまりました。お父様。ずっとお祖父様と比べられて、お辛かったでしょう? たとえ賢王ではなくとも、私達はお父様の事が大好きでしたのよ。頑固で人の話を聞かなくて、困った事も多いけど、それでも愛してました。もっと前にお伝えしていれば良かった」
「グレース…」
「これ以上は辛いので、御前を失礼します。どうか民の為に、アビラス国王としてご立派な最後を」
「ああ。そなた達に恥じぬ最後を遂げると約束しよう」
お姉様は涙を流しながらお父様の額にそっとキスをして、美しいカーテシーを披露すると、真っ直ぐに背を伸ばして部屋を出て行った。
こんな時にも王女としての品格を失わないお姉様を心から尊敬する。
「…お父様、私もお姉様のように立派になれば、少しは安心出来ますか?」
「アンジェリカ?」
「幽閉されている間、ずっと考えていたのです。どうすれば罪を償えるか。ただ祈るばかりで許されるのかと。私は今まで自分の事ばかりで、他人を思いやる事に欠けていました。王女としての義務を果たす事無く、恵まれた環境を当然と思い、我が儘ばかりで、本当に恥ずかしい」
「…戦争は辛い経験だったが、そなたを大きく成長させたのだな」
お父様がそう言って、しみじみと私の顔を見つめた。
「ええ。でもその代償はあまりにも大きすぎます。私はずっと戦死者の為に祈っていました。でも先程、終戦条件を聞いて彼等にも残された家族がいるのだと気付かされました。私、視野が狭くて、そんな当たり前の事にも気付なかった。お父様を失う事になった今、ようやく彼等の気持ちがわかります。どれだけ辛くて悲しいか…。もしも許されるなら、私は戦争遺族者を支えたいと思います」
「アンジェリカ、そなたは素直で優しい娘だ。自分の至らなさに気付き、他人を思いやる心を持ったそなたは、きっとグレースのように立派なレディーになれるだろう。愛している」
「私も愛しています。お父様。今までありがとうございました」
ぎゅっと抱きしめて、そっと離れた。お母様も最後のお別れをしたいだろうから。
「サラ。我々は政略結婚であったが、そなたが妻で良かった。長きに渡り、私を支えてくれた事、そして2人の素晴らしい娘を授けてくれた事、改めて礼を言う。こんな事になって本当にすまない」
「謝らないで下さい。私はあなたの妻になって幸せでした。側室を持つ事も無く、大事にして下さいましたもの。ありがとうございました。そしてお疲れ様。愛しています」
「私も愛している。どうか私の分まで長生きして幸せな余生を送ってくれ」
お父様とお母様の抱擁を側で眺めているうちに、将来こんな風に愛する人と幸せな夫婦になりたいと憧れていた事を思い出した。
今でこそ太ってしまわれたけど、若い頃のお父様は格好良くて、美人のお母様と仲睦まじく並んで微笑んでいる様子は、一枚の絵のようで。
(そういえばシヴァ様に出会うまで、私の理想はお父様と同じ金髪碧眼だったわ)
すっかり忘れていたけれど、以前の自分の理想はお父様だったのかと驚くと同時に、時の流れの残酷さに、しばし言葉を失う。
だけど歳をとって、かつての美貌が失われても、お父様もお母様もお互いを尊重し大事にしていた。それはとても尊い事だと思う。
(他人の幸せを壊してしまった私には、もう誰かに愛される資格は無いわね)
私はクリフォード将軍が帰ってくるまで、幼い頃に憧れた理想の夫婦の姿を目に焼き付けた。
更新しようとした時、地震が起きてビックリしました。
大きな被害が出ていないといいのですが。




