エミリー5
「ただいま、エミリー。元気そうね。また会えて嬉しいわ」
にっこりとミホが笑う。
なんだか以前に比べて雰囲気が柔らかいな、とエミリーは感じた。
(印象が変わったのは髪型のせいかしら?)
ミホは顔周りに後れ毛を少し残した状態で、髪をゆったりと1つでまとめており、前よりも落ち着いた印象になっている。
「ミホさん、髪型変えたのね。よく似合ってるわ」
「ありがとう。失くしたと思ってた髪飾りが手元に戻ってきたの」
ミホはそう言いながら後ろを向いて髪飾りを見せてくれた。淡いピンクと白の大小の真珠が編み込まれた美しい髪飾りが、豊かな黒髪の中で柔らかく繊細な輝きを放っている。
「わあ! 素敵!」
エミリーは思わず感嘆の声をあげた。
(希少な真珠をいくつも使った見た事のないデザインだわ。キーナ国のものかしら?)
「そう言ってもらえると嬉しいわ。私も気に入ってるの」
幸せそうにミホが微笑む。こんな高価そうな品はシヴァからの贈り物に違いない、とエミリーは直感した。
「本当に綺麗。シヴァさんからのプレゼント?」
「いいえ。これは息子からのプレゼントなの。紹介するわね。蓮、ちょっといらっしゃい」
「えっ!?」
振り返るとダミアンがシヴァと話している。手持ち無沙汰になったレンが「何?」と言いながらやって来て、ミホの隣に並んだ。
「紹介するわね。エミリー、息子の蓮よ。蓮、こちらコックス農場のお嬢さんのエミリー。とてもお世話になったの」
「あ、そうなんだ。ありがとうございます。改めてよろしく」
エミリーは驚きのあまりポカンと口を開けて、2人を見比べた。
「う、うん。よろしく。…どうりで誰かに似てると思った。こうして見るとそっくり!」
思わず溢れた感想に、ミホとレンが微妙な顔で互いの顔を見る。
「そんなに似てるかしら?」
「この間、ダンさんにも言われた。他人から見たら似てるのかもね」
私達の会話が聞こえたのであろう、ダミアンが驚いた顔でレンの肩を掴む。
「お前、初めて会った時に孤児だって言ってたよな? あれ嘘だったのか?」
「嘘じゃないよ。あの頃、俺はお母さんが死んだって聞かされて、それを信じてたんだ」
レンがムッとした顔で言い返し、ミホも神妙な顔で頷いた。
「ええ、卑怯な人間のせいで、私達は2年間生き別れ状態だったのよ。つい最近、ようやく再会出来たの」
「そうだったんですか。レン、疑って悪かったな」
「いいよ。知らなかったんだし、そう思うのは当然だから」
レンが「気にするな」と言ってダミアンに笑いかけ、2人はすぐに仲直りした。それを見てミホもホッとした顔になる。
「久しぶりね、ダミアン。蓮と知り合いだったの?」
「はい。といっても友達のエルマーを介して一度会っただけですが…」
「ああ、そうなのね。これからも蓮をよろしくね」
「はい、勿論です」
ダミアンが笑顔で頷くと、レンも嬉しそうな顔をしている。それを見てエミリーは羨ましくなった。
エミリーは同性の友人が少ない。もしも母が存命だったら、忙しい父親の代わりに貴族同士の付き合いをしていただろう。お茶会等の交流でエミリーも友人を作る機会があったかもしれない。
残念ながら母が早世したため、その機会は失われた。ただエミリー自身、父親の手伝いが好きだったから、その事を不満に思った事はない。それに周りの大人達から可愛がられて育ったので、さほど寂しさは感じなかった。
ただこうしてダミアンが同世代の友人と楽しそうに話をしているのを見ると、自分には一緒に買い物に行ってお洒落を楽しんだり、恋の悩みを相談したりする友達がいない事が、とても淋しく思える。
首都の店のスタッフはエミリーと同世代で、関係は良好だ。皆で和気あいあいと話す事もあるが、対等な立場の友人関係とは言い難い。彼女達を雇用している立場上、仕方ない事ではあるのだが。
「2人とも中に入って。すぐにお茶を用意するから」
ミホの声でエミリーはハッと我に返った。
「ありがとうございます。でも配達のついでにお酒を買いにきただけなので、今日は失礼します」
「ああ、そうなの。残念だわ」
「私もミホさんともっと話をしたいけど、ダミアンと2人で仕事に穴を開けるわけにもいかないし…」
「そうよね。またの機会にしましょう」
ちょっと位いいじゃない、なんて引き止めようとしないミホに、エミリーは改めて好感を持った。
エミリーの仕事に対して理解してくれている証拠だ。
「2人とも待たせたな。馬車に乗せていいか?」
タイミングよく、ラーソンがエールの樽を担いできた。
「ありがとう、ラーソンさん。ダミアン、手伝ってあげて」
「わかった」
ダミアンがラーソンの手伝いに走って行くのと入れ替わりに、シヴァがエミリーの元にやってきた。
「エミリー、また取引をお願いしたいんだが」
「はい。私を含め、みんなドルチェのお菓子を恋しがっていますよ。これからもどうぞ御贔屓に」
「ああ、勿論だ。ただミホの体調の関係で、以前と同じような商売は難しいと思う」
「えっ!? ミホさん、どこかお加減が悪いんですか?」
「いいえ、病気じゃないから心配しないで。実は妊娠したの」
「赤ちゃん! わぁっ! おめでとうございます!!」
驚きと興奮のあまり、エミリーは思わずミホの両手を持ってブンブンと上下に振った。突然の行動にミホは目を丸くしたけれど、エミリーが心から祝っているのが伝わったのだろう。「ありがとう」と、はにかむような笑顔を見せてくれた。
(よかった。ミホさん、幸せそう)
エミリーの興奮が落ち着いたところで、シヴァが話を続けた。
「本来ならこちらから挨拶に行くのが筋だろうが、まだミホの体調が安定してなくてな。今後の契約以外にも、色々と話もあるし…。失礼でなければジェフを夕食に招待したいのだが、どうだろう? 勿論エミリーとダミアンも一緒に来て欲しい。日程はそちらの都合に合わせる」
「分かりました。帰ったら早速父に聞いてみます。返事は明日でいいですか?」
「ああ、勿論だ」
「それじゃあ、ついでに配達をお願いしようかしら。少しで申し訳ないけれど」
少しと言いつつも、ミホが注文したミルクと卵の量は一般家庭の倍以上ある。
(家族が増えたとはいえ、こんなに沢山、消費出来るのかしら?)
そう不思議に思いつつも、エミリーは頷いた。
「ありがとうございます。この量なら毎日でも配達出来ますよ」
「あら、助かるわ。じゃあ明日からお願いするわね」
「はい。それじゃあ、失礼します」
「レン、またな〜」
ミホ、シヴァ、レンに見送られて、エミリーとダミアンは帰途についた。
「ミホさん、赤ちゃんが出来たって! お祝い何がいいかしら?」
「そうか! 目出たいな。花束とかどうだ?」
「それもいいけど、何か実用的な物も贈りたいな。あ、そうだ、シヴァさんが契約の話を兼ねて私達を夕食に招待したいって。帰ったらお父さんに話すから、明日配達の時に返事してくれる?」
「ああ、分かった。ところで夕食には俺も招待されてるのか?」
「ええ」
「やったぁ!」
思いがけない再会にエミリーもダミアンも浮かれていた。
何の問題もなく、これまで通りの付き合いが出来ると思っていたのだけれど。
エミリーの話を聞いた父親の反応は予想と違った。喜ぶかと思いきや、難しい顔で何か考え込んでいる。
「お父さん、どうしたの? 夕食に招かれたのが気に入らない?」
「いいや、ミホさんの料理を食べられる機会はそうないから、嬉しいよ」
「じゃあ、何が問題なの?」
「…彼等はいつ帰ってきたんだ?」
「そういえば、詳しくは聞かなかったわ」
「戦争が終わって一ヶ月。当然アビラス王国が滅びた事も伝わってるだろうが…。帰ってくるのが早すぎないか? キーナは海の向こうの大陸の端にある国だぞ?」
言われてみれば、その通りだ。
「短期間であれだけの設備投資したんだ。ドルチェのオーナーは只者じゃないとは思っていたが…」
「何? どういう事?」
「商売は表向きで、スパイかもしれない」
「まさか! ミホさん達の人柄はお父さんだって知ってるでしょう!?」
「ああ。私だって彼等の事は好きだよ。だが忘れるな。彼等は他国人だ。お前がミホさんに憧れているのも知っているが、信用しすぎるな」
「そんな…。どうして今更そんな事を言うの!?」
「前とは状況が変わったんだ。今この国は非常に不安定で弱っている。再び他国と戦争をする余力はない」
「…ミホさん達が私達を騙してるなんて、そんな事あるわけないわ! ミホさん達がいなかったら、私は成人の儀で笑い者になってた。首都の店の売上げが伸びたのはレアチーズケーキのお陰だってお父さんも認めてたじゃない。他国人だからって、あんなに良くしてくれた人達を疑うなんて…」
悔しさと悲しさでエミリーの目に涙が浮かぶ。それを見てジェフは慌てた。
「すまん。国が不安定なせいで、つい疑心暗鬼になってしまった。頭から疑うのは良くないな」
「そうよ。せめてちゃんと話し合って、その上で判断すべきだわ」
「そうだな。分かった、彼等の招待を受けよう。五日後の花の日はどうだ?」
エミリーは涙を拭うと、コクリと頷いた。
「明後日、お店に行くついでにお祝いの品を買ってくるわ」
「ああ、何にするかはお前に任せるよ」
「…じゃあ、仕事に戻るわね」
(もう! お父さんったら! あんないい人達をスパイ扱いするなんて!)
プリプリと怒りながら乳搾りを始めたエミリーだったが、あれこれ考えているうちに、色々とおかしな点がある事に気付き始めた。
(そう言えば、子供を知人に預けていて休みの度に会いに行ってるって話だったけど、あれってレンの事じゃないわよね。名前は確かガロンだったはず。レンとは卑怯な人達のせいで生き別れになったって言ってたし、私達に言えない事情があったんだろうけど、そもそもどうしてそんな状況になったのかしら?)
レンは健康そうで、誘拐や人身売買などの犯罪に巻き込まれた様には見えなかった。
(2人とも嘘をついてたわけじゃないようだし、本当に不思議。今度会った時に教えてくれるかな?
ああ、それよりお祝いの品は何がいいかしら?)
お祝いの品を一緒に考えてくれる女友達が欲しいな、とエミリーは思った。




