将来の目標
「ガロンって今日帰ってくるんだよね?」
朝食の時に確認すると、シヴァが嬉しそうに頷いた。
「ああ。ベルガーへの挨拶も兼ねて、夕方迎えにいってくる。ミホ、今夜はガロンの好物を用意してくれるか?」
「勿論そのつもり。ごちそう作って待ってるわ」
「それじゃあ俺は、この間仕込んだリンゴ酒をだそう」
お母さんとラーソンもニコニコと上機嫌だ。明るい雰囲気に蓮とショーンもにこやかに顔を見合わせた。
「ごちそうだって。楽しみだね」
「ああ。自分はリンゴ酒も楽しみだ。レンの分まで飲んでやるからな」
「いいよ。俺はその分、デザートを貰うから」
こっちでは16歳が成人と認められるが、蓮はまだ15歳だからお酒は飲めない。
そして恐らく来年になっても「お酒は20歳になってから」とお母さんに止められる気がする。
今のところ特にお酒に興味はないから、別に良いけど。
子供の頃、お父さんがあまりにも美味しそうにビールを飲むものだから、どんな味なんだろうと好奇心に負けて、ちょっと味見したことがある。想像した味と全然違い、凄く苦くて不味かったし、味見がバレてガッツリ怒られて散々な思いをした。
その際、成長途中でアルコール摂取する事の危険性をこんこんと聞かされて怖い思いをしたので、お酒を飲みたいという気にならないのだ。
(でも、お父さんは俺とお酒を飲みたかったって言ってたな)
「あのさ、先生は俺と一緒にお酒飲みたいと思う?」
「そうだね。いつか一緒に飲めたら嬉しいよ」
「ふ〜ん。何で?」
「何でって改めて聞かれると困るけど…。あんなに小さかったレンが大人になったんだなぁって感慨深くなると思うな」
「小さいって……俺、先生と会った時は13だよ。十分大きかっただろ!?」
「いやいや、年齢より幼く見えたよ。それにレンは童顔だから、多分来年成人しても、お酒は売ってもらえないんじゃないかな」
「俺ってそんなに子供っぽく見える?」
「見える」
きっぱりと言い切られてちょっと凹んでると、頭を軽くポンポンと叩かれた。
「揶揄った訳じゃない。レンは勇者になる為に貴重な子供時代を2年も奪われた。だから子供らしく甘えたり遊んだりしても良いと思う。無理して大人になろうと焦る事なんてないんだ。ゆっくりとなりたい自分になればいい」
(なりたい自分…か)
こっちの世界に来てから、有無を言わさず役割を背負わされた所為で、自分がどうなりたいかなんて考えた事なかった。
勇者だと言われた時は、お母さんの仇を打つという目的があったけど、女神代行としてこの世界の管理者になった今、正直何をどうすれば良いのか分らない。
『私と一緒にこのくだらない世界を滅ぼさないか?』
もう1人の女神代行である魔王は、争いのないより良い世界にする為に人間を滅ぼそうと考えてる。勿論、そんな事をさせるつもりはないけれど、だからと言って戦う事は出来ない。女神代行2人が争えば天災級になるはずだ。それこそ世界は形を大きく変えて滅びてしまうだろう。
(戦わずして魔王を止める方法ってあるだろうか?)
いくら考えてもまだ答えは出ない。
(先生の言う通り俺はまだ子供で、知識も経験も覚悟も、何もかもが足りない。まずはどうしたいか、目標をたてよう)
*****
「わぁ! 凄いね」
「本当に豪華ですね。どれも食べるのが勿体ない位に綺麗だ」
夕食の時間に食堂を訪れた蓮とショーンは、テーブルの上に所狭しと置かれた料理の数々に目を輝かせた。
まず目を引くのは山盛りの唐揚げだ。その隣の大皿には半分にカットされたゆで卵が放射状に盛られていて、側にお洒落なディップソースが2種類添えられている。他にも具沢山のピザや色鮮やかなサラダ、ローストビーフに香しいシチュー等、どれも美味しそうだ。
(ガロンの食の好みって俺と似てるかも)
親近感が湧いて嬉しくなったけれど、肝心のガロンとシヴァの姿がない。
「ガロンはまだ帰ってないの?」
「うん。シヴァが迎えにいって結構経つから、もうすぐ帰ってくると思うんだけど」
お母さんがそう言った時、扉が開いてシヴァとガロンが食堂に入ってきた。
「ああ、皆揃ってるな。遅くなってすまない。待たせてしまったか?」
「いいえ。丁度いいタイミングよ。ガロン、お帰りなさい」
「ただいま。…といってもこっちにあまり来た事ないから、変な感じ」
ガロンはキョロキョロと食堂を見渡しながら言った。
「でも広いし天井も高くていいね。気に入った。俺、どこに座ればいい?」
「ここがガロンの席だ」
シヴァが椅子を引き、自分とお母さんの間にガロンを座らせた。因に俺の席の斜め前である。
「今夜はガロンの好きな物ばかり用意したから、沢山食べてね」
「うん。ありがとう」
ガロンは嬉しそうにニコニコとテーブルを見渡し、その内俺と目が合った。
「ガロン、久しぶり。元気だった?」
「うん。レンも元気そうだな」
「まあね。気のせいかな? ガロン前より大きく見える」
「ああ、ちょっと背が伸びたかも」
「いいなぁ。何か秘訣あるの?」
「う〜ん? 好き嫌いせず、沢山食べる事かな?」
ガロンが首を傾げながら言うと、ラーソンがコップを持って立ち上がった。
「わっはっはっ! その通りだ! 今夜はガロンが帰ってきた祝いの宴だ! ガンガン食べて飲もうじゃないか! 乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」
ラーソンの音頭で賑やかな食事が始まった。ガロンは本当に食いっぷりがよくて見てて気持ちがいい。
「おかわりあるから、2人とも沢山食べなさい」
「うん。熱っ」
お母さんが皿に乗せてくれた焼きたてのピザに齧り付くと、チーズが予想以上にビヨーンと伸びた。ふと目を上に向けると、同じ状態のガロンと目が合い、何だかおかしくなって2人で笑ってしまった。
おいしい料理を一緒に食べると、楽しい気分になって会話も進む。話題の中心はガロンだった。
「ガロン君は確か小隊長だったよね。戦争が終わってからも、ずっと訓練を続けてたのかい?」
先生の問いかけにガロンは素直に頷いた。
「うん。俺の隊は実戦経験がない若者ばかりだから」
「もう役職付きなのか。ガロンは凄いんだな。でも戦争は終わったから、実戦する機会はあまりないんじゃないか?」
俺がそう言うと、ガロンは複雑な顔でシヴァをチラッと見た。
「願わくばそうであって欲しい。だが、いくらクリフォード元首が我々との条約を守ろうとしても、必ず違反者は出るだろう。欲に溺れて、高品質の魔石を手に入れようとする輩は少なくないはずだ」
「残念ながら否めませんね。いくら警備を強化しても、これだけ広域な森全てに目を光らすのは不可能だ。警備の目をかいくぐる密猟者もいるでしょう」
シヴァと先生の言葉に、ガロンが重々しく頷いた。
「俺や戦争に参加した戦士は、ミホみたいな良い人間もいるって知ってる。でも住民の多くは魔石狙いの危険な人間しか知らない。ベルガー様が戦士を育てているのは、そんな危険な人間から住民を守る為だ。強い者が弱い者を守る義務があるからって。俺ももっと強くなって、ベルガー様やじいちゃん…じゃなかった、父さんみたいに、森の住民を守るんだ」
しっかりとした将来の目標があるガロンが眩しく見える。シヴァも隣で誇らしそうだ。
「森の住民達を守りたいっていう気持ちは素敵ね。いい力の使い方だと思う。でも親としてはやっぱり心配だわ」
お母さんの呟きに、先生が頷いた。
「これからの未来を担う子供達に、これ以上お互いの悪い印象は持たせたくないですからね。我々も密猟者が森に入らないよう何か対策を練りましょう」
「う〜ん、でも密猟者を水際で阻止するのって現実的に難しいよね。せめて住民がいるエリアに行かせないように出来ないかな?」
そう口に出して、ふと戦争の時の事が頭をよぎった。
「あ、ほら! ヒルだらけの沼とか、触るとかぶれたり死ぬ程痒くなる草とか、心をバッキバキに折ってくるあのエグいトラップ! あれを仕掛ければいいよ。大抵の人は二度と森に近づかないと思う」
「ああ、屈強な兵士達が何人も泣かされましたね。進軍するどころか怪我人ばかりが増えて、あの時は参りました。死人は出ませんでしたが、金銭的にも大打撃を受けました」
トラップがいかにヤバかったか熱く語る俺と、しみじみと苦労を語る先生を前に、お母さんは何とも言えない複雑な顔をしていた。




